第2話 記憶



軍服の男から捕らえられた経緯を聞いていると次第に記憶がハッキリと蘇ってくる。

そもそもここへやって来たのは、ようやく掴んだ情報筋からのネタで魔札マナカードは魔術師のお膝元である帝国王家に大量に貯蔵されていると聞いたからだ。


遠路遥々、グランヴァリエ帝国まで訪れたが予想通り門番に門前払いされるばかりだから、今度は諦めて城下町で情報収集をした。


有力な情報を得るまでに時間は掛かったものの、信頼性の高い情報にありつけた。

その能力発現に必須な魔札マナカードが、今では魔術師の人材不足によってまるで市場に出回らなくなっていると知らされる。


どうにも魔札マナカードは能力の発現の有無に関わらず使用は一度きりで、役目を終えれば札は塵芥となる。ともすれば魔術師が減ればその絶対数は明らかに減少する。


その現実を知り軽く絶望していた俺は、途方に暮れて生気を無くし宛も無く町をぶらついていた。

事件が起きたのはその時だった。たまたま曲がり角で城下町へ視察に来ていた王家の姫君とぶつかってしまったって訳だ。


あまつさえ、それがグランヴァリエのお姫様とも知らず、後を付いていた近衛兵に取り押さえられると断片的に見た出来事を切り取られてしまい言い訳も虚しく、取り押さえられてしまった。


姫様の方も俺に悪気は無いのだと、自分にも非があるのだと説いてくれたが、その説得が通ることはなかった。

ぶつかって転けた際に姫の肩に出来た擦り傷がなによりもの動かぬ証拠となってしまっているからだ。


その後、近衛兵に一方的に殴りかかられたのは覚えているが…。

どうやら殴られて気絶している間に運ばれていたようだ。



「…どうだ? もう覚悟は出来てるんだろうな?」


男はバシッと机に札を突き付ける。そしてナイフを取り出し俺に手渡した。


「元より俺の望んだものだ。手に入るならなんだっていい!」


自分でもびっくりするぐらい堂々と自信まんまんにナイフを突き刺した。

ブシャアと飛散した血液と、その後を追うようにしてドクドクと滴る鮮血で魔札マナカードが赤く染め上がる。


「さあ・・・!!」


ただ黙って見守る軍服の男。期待に膨らむ俺の心臓のうねりは、この沈黙の中では一層際立って聞こえてくる。


「…き、来た!」


うっすらと、じわりじわりと魔札マナカードに黒い紋様が浮かび上がってくる。


「まさか…そんな……」

「どうやら賭けは俺の勝ちだったな」


ナイフを持っていた右の手のひらをピタリと魔札マナカードへ付着させる。

その瞬間、稲妻に貫かれたように心臓にズキュンと衝撃が走った。


「ハァ…ハァ……!」


しばらく呼吸が乱れ軽く眩暈を起こしたが、深呼吸と共に次第に落ち着きを取り戻す。

晴れて勇者と成れ喜ぶのも束の間、完全に鎖を外されたその代わりに新たに首枷を付けられた。


「お、おい! なんだこれは! 」

「じっとしていろ。これは発信器の役割を果たしている。お前が謀反を起こそうものなら……」


想像に容易いのでよもや言うまでもない。爆発し首ごと吹き飛ぶというのだろう。シャバに出られたとは言え所詮は繋がれの身だ。


だが、元より俺の目的は違えない。こんなものあっても無いようなものに等しい。


「さあ、着替えたらとっとと行け。せいぜいゴブリークに殺されないようにするんだな」

「だが待てよ? いざ能力に目覚めても、俺の能力は一体なんなんだ?」

「なんだ、知らないのか。能力を知りたければこの魔札マナカードを法師に見せろ。法師なら詳細を知ることができる」


どうにも法師と呼ばれる人たちは、魔源マナが込められたこの札に刻まれる、見えざる文字を読み解くことができるらしい。


グランヴァリエ王家の一族に伝わる魔力を先天的に扱える者を魔術師とするなら、法師は後天的にその力を〝覚醒〟させた者と言うべき存在だ。


「くれぐれも忘れるなよ、6番。お前は飽くまで我々の駒であることを」


男は、立てた親指を嫌味ったらしく首元で横切らせそう吐き捨てた。


「6番じゃねェ……俺はデインだ」


ついに手に入れた勇者としての力。これで一歩前進だ。

まずは目標だった勇者になったという充実感とほんの少しの現実感の無さが入り交じっているが、思えばここまで長かった。





─俺の住む田舎でもゴブリークは暴れまわっていて、その度に勇者アバタールが駆け付けては事態を終息させてくれていた。

そんな姿を子供の頃から見ていたから、勇者アバタールにとって憧れもあった。


十年ほど前のとある日に、俺の村にもただ一人だけ勇者がいた。その勇者の名はクラウン。眼帯をしている隻眼の勇者だ。

ある日に村に引っ越してきたクラウンは、妻を喪い娘と共に二人だけで暮らしていると語っていた。


最初は村民も排他的な部分を見せていたが、クラウンが献身的に村のために尽くしていたところを見てすぐに村の全員と打ち解けていた。


それどころか、村唯一の勇者アバタールと言うことで、気付けば村の中では英雄に近いような存在にまでなっていた。

子供が少ない田舎の村だっただけに、クラウンの娘の遊び相手は同年代の俺くらいしかいなかった。


その子の名前はルティーユ。綺麗な黒髪と心まで吸い込まれそうな鮮やかな瞳が特徴的な美少女で、よそ者たちからルティーユを守ることに村が一丸となっていた。


ルティーユとは毎日のように遊んでいて本当に仲良くなった。家族のいなかった俺にとっては本当の家族のように感じていた。

もちろんクラウンとも仲良くなり、剣の扱い方や体術など色々と教えてもらっていたが…それらはあまり身には付かなかった。


それから数年して、クラウンは急に村を出て旅を再開すると言い出した。当然だが娘のルティーユもそれについてゆくことに。

俺はクラウンに着いていくことを懇願したのだが、結界に守られている村を一歩出れば、そこからは命のやり取りが付きまとう。

そうなるとさすがのクラウンも娘一人を守ってやるのが精一杯ということで、力不足を理由に断られてしまった。


村を出る別れ際に、ルティーユから話があると言われ、二人してよく遊んでいた思い出の川沿いに連れられる。


「それで、話ってなんだよ?」

「私はもうこの村を離れるけど、いつかまた会ってくれる?」

「なんだ…そんなことか? もちろんだ。約束する」

「ほんと?」

「当たり前だろう」


話があると言われた時には少し構えていたが、蓋を開けてみれば再開の約束だなんて、俺にとっては当たり前なことだったから存外肩透かしを食らった気分だ。

だが、そう思っていたのはほんの僅か数秒だけのことで、本題はまったく別で、再開の約束なんて言うのはいわば前置きに過ぎなかった。


「私には使命があるの。今は叶わないけど…デインがもし勇者アバタールになれる力が眠っているなら、またきっと会える…その時は……私を必ず助けて」

「おい、どういうことだよ…? 意味が分からねぇぞ! 使命ってなんだ?!」

「そこに居たのか。もう時間だ…いくぞルティ!」


クラウンがルティーユとの会話を遮るように現れる。もう本来の出発の時間は過ぎていた。


「ごめん……じゃあ行くね…必ずだよ!」


最後に見たルティーユの表情はどこか悲哀に満ちているようにも感じたが、真相は分からなかった。

なにより突然言い出して初めて聞かされた使の意味を、答えも出ないのに何度も考え尽くしたあの日を昨日の事の様に覚えている。


だが、勇者アバタールになればまた会えると、その言葉だけを信じて勇者アバタールになるべく情報集めをしていたが、ガセネタを掴まされるばかりでしばらくこれと言った情報は得られていなかった。


だが、最近になって魔術師が魔札を生成しているのだと知り、その魔術師のお膝元と言える帝国へ向かえばという浅はかな考えだけで村を出たのだ。


のちに知ることとなったのが、ルティーユはいま世間では「絶世の美女」と囁かれちょっとした有名人になっているかもしれないと言うこと。


しれない…と言うのも、厳密に言えば情報としては隻眼の勇者アバタールを引き連れた黒髪の美女と言う触れ込みだ。これは思い浮かぶ限りにルティーユとクラウンだと容易に考えが及ぶ。

その姿をとらえたとされる映し絵は後ろ姿ではあったが、ルティーユとそっくりだった。


早くルティーユと会ってあの時に聞けなかったことを聞くためにも、この大願を成就させるためにも…。


まずは法師とやらに会いに行くとしよう。

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