第3話 聖剣
王宮の麓にある帝国領の城下町にて約半日かけて得た情報によると、法師はここを出て東の山に篭っていると聞き、すぐさま山を抜けて法師の元へ向かった。
荒れた山道を進んでいると、明らかに台風に曝されたような、あるいは大きな熊が暴れたような、木々の至るところにはそんな傷跡がまみれていた。
この痕跡から考えうるのはやはりゴブリークの仕業と言ったところだろうか。
けれど驚くほど静かで逆にそれが恐怖心を誘う。ゴブリークの奇襲を警戒しつつも、なんとか無事に目的地へと辿り着いた。
情報通り、無数の剣を柵代わりにしている古びた山小屋が見つかった。間違いなくここだろう。
建物内に入るとまず目に入ったのは、あちらこちらで乱雑に山積みにされた書物の数々。
その書物の山が天井近くまで積まれているのだから、それはもう壁と言っても過言ではない。それが故に人がいるのかさえも分からなかった。
「すいませーん」
人の気配を感じないが声はかけてみる。しかし応答は無い。声量が小さいのだろうか、今度はボリュームアップしてもう一度声をかける。
「法師ぃーー!!」
また反応がない。と、思ったその瞬間、目の前にあった本が勢いよく音を立てて崩れ落ちた。するとそこから10歳程度の子供と同じくらいの背丈をした老人が現れた。
「そんな大きな声出さんでも聞こえておる」
「あなたが法師か?」
「いかにも。ワシの名はトットじゃ。して、お前さん…名は?」
「俺はデインと言う者だ」
「デインか…」
そう言うと、法師はおもむろに携帯していた手帳につらつらと名前を書き記していた。
チラッと見る限り、他にも名前がズラリと並んでおり、恐らく自分が担当した者が誰かを把握するためのものだろう。
「ふむ、では奥へ来たまえ」
案内された部屋は小さなランタンだけが唯一の光源という薄暗い部屋だった。
部屋の中央に鎮座する巨大な石盤が目を引く。これは儀式に使うものだろうか。
指示された通りに石板のまえに腰を下ろすと、法師はすっと手を取った。
「ほぅ、黒の紋章…。これはまた物珍しいものを…魔札はあるんじゃろうな?」
「えぇ、一応」
魔札を法師に預けると、法師は淡々と能力について解説してくれた。その説明によると紋章の色による序列は黒、紫、赤、青の順に決まっているそうで、黒に近ければ近いほど「恐ろしい力」を宿すとされている。
法師は眼鏡を取り出して預けた魔札をジロジロと凝視し、一通り読み終えたあとになぜか腹を抱えて大笑いをした。
「ガハハハハ!! 能力の発現には無作為性があるとは常々言うが…よもやこんなおかしな能力があるとはの!!」
「…おう?」
「そうじゃのゥ、お主の能力は一言でいうなら…〝魅了〟じゃ」
法師から更なる具体的な説明を聞いた。それは実になんともバカげた能力だ。
俺の『〝
「ふふふ…そうじゃのぅ、名付けるなら能力はまさに〝
あまりにもバカげた能力に法師もふざけている様子だが、冷静に考えれば恐ろしい能力だ。
「気に入った…シャレの効いた名前だよ法師」
「そうじゃろうそうじゃろう。名付け料50万じゃ」
「んな金ねェーーーよ!!」
「へにゃ?」
しかしこの力に弱点があるとするなら、女性にしか効果がないことと、アレを見せなければならないということ。このあたりだろうか。
一定の弱点は存在するが、条件下では無敵の力と言っても過言じゃない。この力があれば名のある女戦士を味方にしてしまえばイイだけだ。
だが俺のイチモツはお世辞にもご立派とは言えないものだが…こんなもので魅了というのもお笑い草だ。
そう思い、ふと気になって手を添えてみると覚えのない重量感がそこにはあった。
「ま、まさか…!」
着衣の下を覗いてみると、自慢できるものとは言いがたいかつての一本松からは明らかに見違えたご立派なものが。
まさか、魅了の名に恥じぬよう巨大化させてくれているとは、なんて粋な副産物なのだろうか。
気を取り直し、法師と少し話をして、ゴブリークに関する情報が集まる
俺が首を突っ込もうとしている争いは、言わば勇者たちによる王座争奪戦と言っても過言ではない。
なら、生きた情報は死活問題に関わってくる。まずは
「法師、ありがとう。それじゃあ俺はこれで」
「…あぁ、ちと待ちな」
「今度はなんだ?アンタのシャレは高くつくからもういいぞ」
「そう邪険にしなさんな。お前さんの能力は気の毒な事にゴブリーク相手には全く役に立たん能力だ。帰り道にゴブリークに襲われて死なれても寝覚めが悪い。ナマクラだが…これを持ってけ」
そう言うと法師は壁に立て掛けてあった古びた
確かに法師の言うことにも一理ある。
これからゴブリークと戦い続けるというのに、なんとも使い勝手の悪い能力を掴まされたものだと改めて残念に思う。
もっとこう、雷や炎を操れるだとか、空間を自由に行き来できるだとか、時を止めるだとか、そういうブッ飛んだものを期待していたのだが。
まあある意味この力もブッ飛んではいるのだが。
「デインよ、そのなまくらは役には立たんがお前さんの切り
「あぁ、わかったわかった。じゃあな法師」
世界の貿易の中心とも言われているくらいの街で、ランバルとグランヴァリエを繋ぎ合わせ、それを伝うようにして世界の都市が形成されている。
ランバルやグランヴァリエ等の都市には強力な
東の山をくだって、近くの町で客待ちをしていた暇そうな
その道中でも、勇者がゴブリークを狩っているところを目撃した。
逆にゴブリークに狩られる者も目撃し、いたたまれない気持ちに支配されてゆく。
もちろん勇者とて、ゴブリークと戦って命を落とすものもいる。
決して侮れない相手であることに間違いはない。
「お客さん、つきましたよ」
そんなことを考えていると、気がつけば
やはり貿易の中心ともあって、日没でも人の数が多い。
巨大な門の前で検問を受けているところ、門番は俺の右手にある紋章を見ると、こちらが聞かずとも
ギルドに向かうにつれて、武具で身を固めた人の数が増えてゆく。
恐らくここにいる者の多くが勇者なのだろう。
同じ人種と言う意味では味方だが、王座を争うとなれば皆敵なのだろう。
しばらく歩いていると、ひときわ目立つ巨大な赤い旗が見えてきた。あれが
室内の中心にある、円形のカウンターが受け付け窓口と言ったところだろう。
受け付けでは金銭の授受が行われていた。
様子を見る限りでは、警戒対象の指定ゴブリークの討伐報酬や、能力を悪用する勇者、通称・
あたりをじっくり観察しているとカウンターの横にある掲示板に気がついた。
そこには、懸賞金の賭けられている禍者やゴブリークの他に、仲間の募集を呼び掛ける掲示物が複数掲載されていた。
『
『雷使い不足してます!雷を扱える能力者は受け付けに問い合わせてください』
『奇妙な能力に自信がある方募集中!』
様々な触れ込みで仲間の募集をかけている。
もちろん、仲間と言っても最終的には王座を賭けて争うことにはなるだろうから、生き残る確率を上げるための手段に過ぎない。
「おいおい兄ちゃん!黒紋章じゃねえか!どうだ!うちで暴れてみねぇか?!」
掲示板を見ているとスキンヘッドでイカツイ風貌の大男が声をかけてきた。
「あぁ…俺はただ見てただけで」
「まさか黒なんてお目にかかれるとはなぁ!いったいどんな能力なんだい? さぞとてつもない力なんだろうな?」
「いや、そんな大した程でも…」
「おいおい!ケチくせぇじゃねぇか!減るもんでもねぇだろ!教えろよ!」
しつこく絡まれるのが面倒だったので、スキンヘッドの男に能力の概要を説明すると、耳鳴りがするような声量で大笑いされた。
「ブワッハハハ!!女にイチモツ見せりゃあ魅了させる能力ゥ!?そんなもん俺様でも出来るぜぇ!?」
男が大きな声でそう言うと、周りからもザワザワと嘲笑する声が聞こえてきた。
自分でもバカげた能力と思っていたが、やはりいざ人に話すと笑われるのも無理はない。
あまりの恥ずかしさに、「おまえら全員いまに見てろ!」と捨て台詞を残して
もちろん宛もなく飛び出したわけだが、気付けば船着き場まで辿り着いていた。
とうに空は月明かりが輝いており、船乗りたちは酒場に集まっているのか、辺りはしーんとしていた。
月明かりだけと微かな街灯の光だけが足下を照らしているが、視力が悪ければ心許ないレベルだろう。
生憎だが俺は視力に関しては抜群に良いわけだから、このくらいの暗闇はさして問題があるわけではない。
「ぎぁぁぁぁぁがぁぎぃア」
そう遠くはない距離から、明らかに人ではない〝なにか〟の叫声が聞こえてきた。
この暗闇の中ではより一層と不気味さを増している。慎重に闇夜の中で目をこらしながら奇声の聞こえてきた方を凝視すると、そこには見紛うことなくゴブリークが鎮座していた。
腕にはカマキリのような鎌が形成されており、体躯に似合わぬ大きな
俺の存在に気がついたのか、巨頭カマキリは大きく手を振り上げ、まるで威嚇するようにさらに奇声をあげた。
そして、何度か首を縦に振ると、それを予備動作としてこちらへ向かって全力で突進してくる。
慌てて法師から貰ったなまくらを構えるが、こちらがカウンターを打つだけの間合いはわずか一瞬だけだ…
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