第4話 同盟


その巨頭の突進を剣一本では捌き切れず、大きく体勢を崩した。

間合いを詰めると、次に巨頭カマキリはその大鎌を天高々と振りかぶる。


体を転がすことで、鎌による攻撃をなんとか回避するが、呼吸は乱れ息は切れそうになる。


そのままどうにか転がり続けて距離を作り、立ち上がったら今度は猛ダッシュで間合いを作る。


巨頭カマキリはこちらの方へ体を転換させて、先ほどと同じように首を縦に振る。突進の予備動作だ。


突進の速度はその体躯からまるで想像のできない速さで、この程度の間合いなら簡単に詰められる。


間違いなく、その突進を避けることはできない。

剣で受け止めてダメージを軽減させようにも、先の突進で転けたときに飛ばされてしまい手元にはない。


まさに絶対絶命の危機へと陥り、固唾を飲み死の覚悟を決めたとき、巨頭カマキリは高速で突っ込んできた。


もう終わりだ…と思ったその一瞬。強烈な銃声音が轟き、その音の後を追うようにして前方からは破裂音が聞こえる。


うっすらと目を開けると、目の前に広がっているのは、頭を撃ち抜かれ地面を血で塗らし息絶える巨頭カマキリだった


「な、なにが起こったんだ…」


目の前で起こった出来事に脳の処理が追い付いていないところに、カツカツとブーツの生み出す足音が聞こえてきた。


「やっと見つけたぜ…怪我はねェのか」


まるで月明かりを後光のようにしてそこに立っていたのは、明らかにサイズのあってない男物のコートを着た少々ワイルドさが目立つ少女だった。

狙撃銃をかつぎ、格好こそギャングのような極悪人そのものだが、見た目はやはり何度見ても少女だ。


「あ、あぁ…助かった、ありがとう」

「なに大した事じゃねェ。それよりオレはお前を探していたんだ」


少女は目の前まで近付くと、尻もちをついている俺に向けて手を差し伸べながら問い掛ける。


「さっきオレも集会場ギルドに居てな、ちょうどアンタが笑われてるところをみたんだが …なァ、オレと組まねぇか?」


思いもよらぬ言葉に動揺するものの、とりあえず差し出されたその手を取り立ち上がる。

立ち上がって並んでみても、やはりその身長差から目の前の子が少女であることに間違いはない。


「オレの持ってる能力と掛け合わせれば、王座テッペン取れるぜ!? まァ、最後はお互いどっちが獲るかの争いになるが…それまでの敵が減るなら悪くないだろう?!」


少女は捲し立てるように説得してくる。それはまるでどこか焦りさえも感じる程だった。


「待て待て!お前のこと俺は知らねぇし!なにより俺の能力と掛け合わせるってどんな能力だよ!」

「…笑うんじゃあねェぞ」


ほんの少し恥じらいのような感情が感じ取れた。少しの間を置いて少女は続ける。


「オレの能力は…一色転換ターンオーバーと言ってな…」

「それはどういう能力だ…?」

「簡単にやァ〝女化〟させる能力だ… どうだ、お前と最高に相性が良いだろ」


これまたおかしな能力だ。カッコよさとはかけはなれた実にふざけている力だと言える。

だが、俺の能力は全ての女性になら完全無欠の強さを誇るはずだ。考えようによっては史上最強の組み合わせと言えるかもしれない。


「その能力は本当か?」


その能力に半信半疑の俺に対して、少女はその能力を証明してくれると言ってくれた。

船着き場から少し離れて町の方へ向かうと、路地で酔い潰れている船乗りの男を見つけた。

死角で見えなかったが、少女が船乗りに近付いた途端にモクモクとドライアイスの冷気のような煙に包まれた。


じわじわとその煙が消えてゆくと、船乗りは間違いなく〝男〟ではなく〝女〟だった。


「どうだ…これで信用したか?」


目の前で目せられたなら疑う余地はまるでない。

摩訶不思議な力ではあるが、手を見ると俺と同じ黒い紋章だったのでそれで全てを理解した。


「悪くない…手を組もう」

「話が分かるようでなによりだ」

「…だが、これは契約だ」


少女との契約はこうだ。俺は王位に興味が無いからそれは少女にくれてやることにする。

だがその代わり、少女には〝ルティーユ〟の捜索を手伝ってもらう。

少女もその条件を承諾し、ここに同盟が結成された。


「名乗ってなかったな、オレはローゼス。よろしく頼むぜ」

「ローゼスか、よろしく頼む。俺はデインだ」

「よし、まずは手駒を増やさねえとな。集会場ギルドで聞いた話じゃ昨日までこのランバルに女傑アルシュラがいたらしい」

「アルシュラ…?」

「なんだ知らねェのか。〝世界三大女傑〟に数えられる一人だ…こいつを味方につけられりゃ一気にダシ抜ける」

「悪くない。じゃあまずはそいつで決まりだな」

「あァ、アルシュラが向かったのは〝樹海〟方面だそうだ」


その女傑とやらを追うにせよ、日が落ちればゴブリークの中でも夜行性タイプはより凶悪さを増すのでリスクが高まる。

夜行性のゴブリークは一般的な個体よりも戦闘能力が比較にならないほど強力であると言われている。


「まァ、とりあえずお前も戦うとなりゃあ武具も揃えねぇといけねぇし、今日のところはやめにして夜が明けるのを待つぞ」


そう言われるがまま、ローゼスの取っていると言う宿に向かった。その道中、ローゼスは自分に関することを語り出した。


「そうだな…これから手を組もうってんだ。お互い無粋な腹の探り合いはしたくねェ…だから、先に俺についていくらか話しておくが…」


そう言うとローゼスは改めて自己紹介も兼ねて簡単な出自とここまでの経緯を話してくれた。

まず本人が話した事で驚いたのは、ローゼスはなんと本来は〝男〟なのだと言う。


言われてみればその男勝りな口調も、サイズの合っていない服装にもいくらかの合点がいく。

なにより、本人の能力が荒唐無稽なそれを可能にさせる。


だが、そうすると本人がなぜ女になっているのか、ということだ。


例えば軽い気持ちで自分の能力を自分に使った結果、女の子になってしまったのだろうか。

それについて訊ねたところ、本人が言うには「能力者になった途端にこの姿になった」と言うのが実際の事情らしい。


能力に副作用のようなものでもあるのだろうか?

思い返せば、俺も力を得た途端にが誇らしいものへと進化した。

結局のところ真相は不明だが、能力に関連性のある事柄が本人にも影響するということなのだろうか。


しかしながら問題なのは、ローゼス本人は元の姿に戻るすべが無いということだ。


本来は男であるローゼスが、少女の姿から元の男の姿に戻る方法を知るためには、能力を完全に解明しなければならないと法師にそう告げられたらしい。


まだ謎の多いこの不思議な能力の全貌を解明するには、それこそ能力のルーツである〝グランヴァリエ〟の王となって、その絶対的権力で王家の秘匿された文献にでも手を付けたり、あるいは各地の魔術師を強制召集して調べさせる他ないだろう。


かたや本来の姿を取り戻すために王の座を求め、かたや約束の女性を求める。

それぞれ目的の異なる珍妙な組み合わせだが、それは互いの能力にも言えたことだろう。


女性を魅了させる能力と、女性化させる能力が組み合わされば、想像はしたくないが例え相手が屈強な大男だろうと敵ではない。


実戦に不向きな能力と言うところでは不運だったがローゼスと出会えたことが唯一のラッキーと言っていいかもしれない。

が、それは彼もきっと同じことを思っていることだろう。まさに巡り合わせだ。


そして、それからしばらく宿で夜が明けるのを待って朝を迎えると、アルシュラの目撃情報があるとされる〝樹海の村〟を目指し、ランバルを後にした。

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