第5話 樹海
樹海の村と呼ばれるだけのことはあって、木々が豊かに育っており、それはまでジャングルを彷彿とさせるほど壮観なものだった。
だが、そのような地形でありながらも原始的な生活をしている訳ではなく、ランバルのような都市部と同じように居住区画はしっかりと隔てられていて、人が生活するには問題のない環境だ。
樹海の中に整備された生活圏が区画されたものと表現する方が幾分しっくりとくるだろうか。
樹海の村に住む多くの住民はモザナ一族と呼ばれる民族で、モザナ一族からは名を上げる英雄が度々輩出されている。
モザナ一族は戦闘能力が高く、強靭的な肉体と平均して7尺ほどの長身が特徴的な一族だ。
村へ入ってから気付いたが、恐ろしい程に静かで聞こえてくるのは鳥の鳴き声や風に木々が擦れ合う音ばかりだ。
とりあえず村の中を歩いていると、その妙な静けさの理由が分かった。
一人っ子ひとり見当たらないのだ。いや、厳密に言うなら〝生きた人〟が見当たらない。
「なにがあった…? この死体の山はなんだ?」
この異様さにはローゼスも早々に気付いていた様子で、いつでも応戦できるように銃に手を添えながら慎重に一歩を踏み込んでいる。
「血の匂いがプンプンする…」
死体のみならず地面や建物のいくらかに血がこびりついていてまるで戦場のような有り様だ。
染み着いた血も色合いからしてもまだそう日が経っていない。
「う、うわぁぁ!?!!?!」
「なんだ急に!? いきなり大きな声を出すな!」
「ち、違うんだよ…これ!」
俺はローゼスへ指を差す。その指の差した足元には老人がズボンの裾を掴む老人がいた。
生きた屍…まるで幽霊とでも言うのか、だが微かに呼吸のする音もするし、どうやら辛うじて生きてはいるようだ。
「大丈夫か!」
「う、ぅぅ…」
呼吸がか弱く今にも息絶えそうな老人をよく観察すると、腹部からの出血が見られた。
携帯していた簡易医療セットでローゼスが止血している間に、どこか搬送できる場所がないかを探す。
「そ…そこの…青い家が…ワシの家じゃ…」
爺さんの震える指が示す方向には確かに青い家があった。
すぐさま爺さんから鍵を借りてその家のドアを開ける。
「おいデイン、運ぶぞ!手を貸せ!」
二人がかりで爺さんを家まで運びだし、ベッドに寝かしつける。
爺さんの回復を待っている間、家の窓越しに町の外を観察していると、剣を肩に担いだ男が闊歩しているのを見つけた。
「おい見ろローゼス!人だ!」
「どこだ?あァ、本当だな…よし、爺さんを待っていても仕方ない。この町の事情を聞きに行くか」
俺とローゼスが机に置いていた武器を取り外へ出ようとしたその瞬間に、グラスの割れる音がした。
「おい、どうした爺さん…?」
どうやらベッドの横にあったサイドテーブルに置いていたグラスを落としたようだ。
すると爺さんは力無く声を出しつつも、辛うじて残された力で手招きをしている。
目を合わせたローゼスは首を傾げていたが、俺が動くよりも先に爺さんの元にかけ寄った。
「なんだ爺さん。なにかあったのか?」
「…よせ……この町には…人は…もう……」
今にも死にそうな声で爺さんは言葉を紡ぐ。
ゆっくりとだが、辛うじて聞き取れたことから推測するに、どうにも外にいる剣を持った男は住人ではないらしい。
そして外へ出ないように、ということだけは強く訴えかけていた。
「どうにもキナ臭ぇ話みてぇだな。どういうことだかわからねェが…」
先ほどの話に加えて爺さんから指示された通りに、戸棚にあった魔封札を家の窓や扉に貼り付けた。
これはどうやら、
全ての魔封札を貼り終えると、爺さんは再び目を閉じて回復に務めた。
そこからしばらく俺もローゼスも会話がないまま無の時間だけが過ぎて行き、気がつけば数時間は経っていただろうか。
数十分おきに手持ち無沙汰から、手癖のように外を観察していたが、剣を持った謎の男はその場にいなくなっていた。
「うゥ…すまんのぉ」
爺さんが目を覚ます。まだ活発には動けないものの、呼吸が安定しており、先ほどよりもハキハキと喋られるようになっていた。
「お前さんたちは旅の者か…勇者だろう」
「あァ、そうだ。ところで爺さん…ずっと気になってアンタに聞きたかったんだが、この村はなにがあった?」
ローゼスが問いただすと、爺さんは静かにこの村にあった出来事を喋り出した。
事が起こったのは数週間前、一人の
覚醒したその能力を善行に使わず、己の私利私欲を満たすためだけの悪行に使い尽くすのがピカロだが、それを見た目で識別する方法は無い。
村の人々は勇者が停泊して近隣のゴブリークを狩ることに協力してくれるものだと期待していたがその実 、男は村そのものを略奪しようと企てていた。
男は数名の部下も引き連れており、村の人々は悉くその力の前に蹂躙されてしまった。
だがその村の人々のなかでも、腕っぷしに自信のあるモザナ一族の数名が剣を手に取りこれに応戦。
しかし能力者を前に手も足も出ずこれもまたあえなく敗北した。
男たちはこの村を自分達の拠点基地として利用すると宣言し、意に反する者の大半が殺戮されていった。
故郷が禍勇者によって荒らされ、誰ひとりとして手も足も出ないまま乗っ取られようとしている…それを阻止しようと故郷へ向かっていたのがアルシュラだ。
それに気付いた男たちは、村から抜け出そうとする者も口封じのために殺害する。
そのため生き残った村民は、家に逃げ隠れ、魔封札を用いてバリアを張り息を潜めていた。
村に代々伝わる伝書鳥を使えばすぐにアルシュラに伝えることが出来るが、肝心のそのアルシュラはまだ来ていない。
その伝書鳥も、辺りを木々で覆われた町の中では行き先を見失うため、見晴らしの良い場所まで連れていく必要があるようだ。
爺さんはと言うと、唯一伝書鳥を持って村の外へ抜け出す事に成功した少年をかばったところ男に狙われ致命傷を受けていた。
「しかしよォ、爺さん…その小僧はどうなるんだ?戻ってくるにしてもバレないように戻ってくるなんて難しいはずだぜ」
「そうじゃのぅ…きっとどこかに隠れておるんじゃろうが…」
「このままじゃその子供も気の毒だ。武装はしてる。俺たちに任せて戦わせてくれ!」
少し語気を強めて訴えかける。このまま見過ごす訳にもいかないし、何よりただじっと待っているだけというのはどうにも俺の性分には合わない。
「あァそうだぜ爺さん。怖くもねェ相手にこっちから逃げ隠れるなんざゴメンだ。話がそうとわかりゃあ連中を始末すりゃいい」
「モザナの戦士でも勝てなかったんじゃぞ!…ゲホッ、ゲホッ!」
「そんなに声を荒らげるな 死ぬぞ」
まだ万全でない体に無理をして叫んででも阻止したいということか。
相手はそれほどの実力者ということなのだろう。
それと同時に、そうさせる程によっぽど恐怖を植え付けられたに違いないということが垣間見える。
「じゃが、お前さんらの目を見たら分かる…ゲホッ、どうせ止めても無駄なんじゃろう…なら、一つ約束をしてくれ…」
そう言うと、爺さんは俺たちに一つ約束として家を飛び出し男へ戦いに挑むための条件を突きつけた。
それは「もし死の危険を感じたら負い目は感じずに逃げる」ということ。
こんな状況でも外から来た者を重んじる好意に、この村の人々の魂を見た。
「あァ…分かった。だがそうはならねェさ。必ずオレたちが始末する」
「俺たちからも約束だ爺さん。俺たちを信じてくれ」
「あ、あぁ…ありがとう…!」
涙ぐむ爺さんを背に、装備を整えて家を飛び出した。
すると、まるでこの期を待っていたかのように、男たちは家の前に立っていた。
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