第65話 悪い奴らは懲らしめる
「三郎さん!私も行くわ!」
清子が三郎にしがみつくようにして言い出した為、
「無理無理無理無理無理!」
と、三郎は即座に首を横に振った。
「無理だよ無理!途中まで送っていってやるから、清子はすぐに家に帰れ!」
四人のカマラーダはダンビラを引っ提げてその場から走り出したのだが、清子はすぐに置いてきぼりを食らいそうになったのだ。今は急がなくてはならないし、ここに清子一人を置いて行くのは危ないし、
「ちょっとだけ我慢してくれよ!」
三郎は清子を荷物のように担ぎ上げると、そのまま全速力で走り出したのだった。
銃声がしたのは農場労働者の居住区からで、三郎は清子の家の前で、担いで運んできた清子を下ろすと、
「戸締りだけはしっかりしておいてください!バンジードが襲撃して来たのかもしれないから!」
と、家の中に居た清子の家族にそう告げて、再び仲間を追って走り出したのだった。
今日、農場主が到着したのだが、どうやらこの農場主、タチが悪い人間に目を付けられたらしく、こんな田舎の農場までバンジードが追いかけて来ているかもしれないという。そんな話をジョアンから聞いたばかりだった為、銃声はバンジード絡みだと思ったのだが・・
「「「なんだよ!松蔵さんが撃ったのかよ!」」」
ボコボコにした崇彦を足元に転がしたまま、集まったブラジル人に対して演説をしている松蔵の姿を見て、カマラーダ四人組はそのままその場にしゃがみ込んでしまったのだった。
カマラーダ四人組にはブラジルのバンジード(ギャング)というものがどういったものかは分からなかったが、とりあえず手持ちがダンビラしかなかったので、
「バンジードじゃなくて良かった〜」
と、安堵のため息を吐き出したのだった。
流石我らが松蔵さんだけあって、地面に転がる崇彦さんとやらは血まみれ状態となっている。その崇彦さんが九郎さんに運ばれていくのを見送っていると、徳三さんの家の次男である一之助から、
「君ら!元気が有り余っているようだね!だったら俺の手伝いをしてもらおうかな!」
と、声をかけられることになったのだった。
◇◇◇
雪江は自分の美貌にはかなりの自信を持っていた。自分が誘いかけるように笑えば、大概の男は引っかかる。源蔵だって、作太郎だって、雪江の好意を勝ち取るために、乳房に挟み込むようにして金の棒を雪江に与えてくれたのだ。
今の妻は捨てるから自分の所へおいでと言い出した源蔵は気持ち悪かったし、雪江がどれだけの痴態を見せるか、大勢の日本人に言ってやると言い出した作太郎には腹が立った。
そんな二人は、雪江に与える金の小さな延棒を、
「森の中で拾ったんだよ」
と、言っていた。
「俺たちで拾ったんだよ」
とも言っていた。
「「もしかしたら、まだ森の中には金が落ちているなんてこともあるかもしれないな」」
と、二人は同じようなことを言っていた。
だったら、私も金の延棒を見つけたい。
源蔵さんの妻だった百合子さんは、夫が隠し持っていた金を発見して、大手を振ってサンパウロ中央都市へと移動した。源蔵さんが亡くなったし、隠していた金は家にあるってことは知っていたから日本人の若者たちをけしかけて、百合子さんたちが見つける前に金を奪い取ってやろうと思ったのに、珠子が邪魔をしたから上手くいかない。
雪江と同じような状況の珠子だったけれど、最近では邸宅の方に働きに行ってしまったからつまらない。男たちの餌食にしてしまった美代だけれど、最近では雪江に近づこうともしない。
だったら美代の代わりに珠子をお楽しみの道具にしなくっちゃ!森には金がまだあるかもしれないし、ライフル銃さえあれば獣が出ても大丈夫。可愛い雪江が声をかければ松蔵なんか、鼻の下を伸ばしながら付いてくるだろうから、森まで連れ出したところで皆に襲わせてしまえば良いのだわ。
松蔵が居なかったら、珠子は無力だもの。お楽しみの道具になってもらおう!
居住区を移動している間は、松蔵が丸腰で移動していることはすでに調べて知っている。最近では顔も出さない美代を引き合いに出して松蔵を誘き出そう。一対四であれば、間違いなく松蔵は負けるでしょう。
ボロボロにした松蔵の前で珠子を犯してもらったら面白いかもしれない。流石の戦争帰りも、手も足も出ないで悔しがることになるだろうから。
「はあ・・はあ・・はあ・・はあ・・」
雪江は激しく息を吸い込みながら、後ろから誰も付いて来ていないことを確認して全身の力を抜いた。短銃を引き抜いた松蔵が、まさか自分たちを撃ってくるとは思いもしなかった。なんで短銃なんか持っているんだろう?戦地がどうとか言っていたような気がするけれど、戦争で貰ってきた銃か何かなのかな。
崇彦が一人捕まってしまったけれど、それはそれで仕方がない。雪江は住居の影を選んで移動をしながら、農場主の邸宅を目指して突き進むことにした。珠子が邸宅で働いていることは知っていたし、珠子が居る前で、
「勘違いしているわ!私は無理やり松蔵さんを誘き出すように命令されていただけなのよ!」
と、大騒ぎをすれば、松蔵だって雪江の話を聞かないわけにはいかないだろう。
雪江はずる賢い崇彦利用されただけ。気が優しい珠子はすぐにそれを信じて、
「雪江ちゃん、大変だったね」
とでも言い出して同情するのに違いない。
だから、邸宅の近くで出て来るのを待っていた。雪江が木の陰に潜むようにして待ち構えていると、三人のバカな若者たちまで邸宅の近くをうろつき出す。
彼らも、すべては崇彦が悪かったんだ。彼に言われたから仕方なく協力していたんだって言うつもりなのかしら?農場で悪いことをしたら、獣用の檻に一晩中入れられるというのは有名な話だから、三人はそんな目に遭う前に、松蔵のところまで謝りに来たのかも。
松蔵は雪江が甘い声で誘いをかけても、ちっとも乗ってくれなかったし、酷く冷めた目で雪江のことを見るだけだったのだ。そこで、痺れを切らして出て来たのが崇彦だし、松蔵に銃で撃たれたんだから罰を受けたようなものでしょう。
謝れば大丈夫、冗談だったって。自分たちは崇彦の言う通りにしただけだって。
形ばかりの謝罪をするために待ち構えていると、日本人らしい人影が邸宅の方から出て来たのだった。
よくよく見れば、松蔵が珠子を抱え上げた状態で、物凄いスピードで歩きながら家に向かって歩いて行くので、声をかける隙すらない。
「もう!一体なんなのよ!」
バタンと音を立てて閉められた松蔵の家の扉を眺めながら、雪江が憤慨した声をあげていると、
「うわっ!やめっ!」
雪江とは離れた場所から松蔵を追っていた日本人の若者の一人が、木々の藪の中へと引き摺り込まれていく姿が視界に入る。
「まずい、まずい、まずい」
もしかしたら九郎か一之助のどちらかが来たのかもしれない、雪江はその場から慌てたようにして逃げ出したのだった。
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