第63話  美代の間違い

 その日は美代の歓迎会ということで、普段は使われていない空き家にちょっとした料理や酒が持ち込まれることになったのだ。


 最近の崇彦さんは、新しく配耕された若者たちにとても慕われているらしい。持ち寄ったお酒に舌鼓を打ち、美代がだいぶ飲みすぎたところで、

「俺の大事な嫁さんが、だいぶ酔っ払ったみたいだな」

 と言って、美代を抱えるようにして崇彦は奥の部屋へと移動したのだった。


 奥さんと言ってくれたのが嬉しかったし、何度も抱き合った間柄でもある。美代が崇彦の愛撫に答えていると、しばらくして、別の男が美代の元へとやって来た。

 そこからは、いくら酒を飲んで酩酊していたとはいえ、思い出したくもないことが続けられることになった。


 もちろん、崇彦には泣いて抗議をしたけれど、

「美代は俺の嫁だろ?だったらみんなと共有しなくっちゃ」

 と、彼は意味不明なことを言い出した。

「それに・・美代の親にこのことが知られたら、親御さんは一体どう思うんだろうな?」

 結局のところ、美代は何も言えなくなってしまったのだ。


 こんなこと、両親に言われてしまったら凄く困る。だけどそれ以上に、崇彦さんに嫌われたら困る、嫁にもらってくれなかったら困る!私は幸せな花嫁になるんだもの!ここで見捨てられたら困る!困る!困る!


「もう、いや・・こんなこと・・本当にもう嫌・・」

 酒を飲んで、全てを忘れ去って、快楽に没頭しようとしても、どうしても、美代には耐えられない。

 あまりに辛くて雪江に相談したところ、

「珠子ちゃんを引き入れれば良いのよ」

 と、こともなげに彼女は言い出した。


「あの男たちは女が抱ければそれで良いんだから、珠子ちゃんを美代ちゃんの代わりにしてしまえば良いのよ」


 ブラジル人と交流する珠子がブラジル人のおじさんと仲良さげなのは、珠子があのおじさんに体を売っているからだって知らなかった?あの家が私たちと同じだけの給金しか貰っていないのに、食卓に肉が加わる理由が、珠子ちゃんの労働によるものだって知らなかった?


 ブラジル人に体を開いているくらいだもん、日本人にだって開くでしょ?

 あの娘はああ見えて、男の人が大好きで仕方がないんだもん。

 私たちのお友達を紹介してあげて喜ばれることはあっても、嫌がられることはないでしょう?


 でもね、珠子ちゃんは古くからいる日本人労働者からの信頼が厚いから、きちんと彼女の本性を皆に知ってもらった上で、話を進めていかないとまずいわよ。皆、珠子ちゃんの本性を知らないのだもの、多くの人に真実を知ってもらわなくっちゃ。そうじゃないと、美代ちゃんは今の生活から抜け出すことなんか出来ないわ。


「そうよね・・そうよね!」


 美代は雪江に唆されて、珠子の悪い噂を熱心に広めていったのだ。美代が相手にする男たちも珠子にすぐさま興味を持ったようで、誘いをかけるような言葉を吐き出していく。和子や信子が邪魔をするように珠子を守っているのが腹立たしかったけれど、すぐに二人だって珠子の本性に気が付くだろう。


 神原松蔵が森から帰ってくるまでの間は、本当に全てが上手い方向に進んでいたのだ。松蔵が珠子を攫うようにして保護するまでの間は、みんなの疑念の眼差しが珠子一人に向けられた。


 それが一体どうしたことだろう。珠子が視界に入らなくなった途端に、みんなの眼差しが美代の方へと向けられる。


「珠子ちゃんがふしだらなあばずれ娘だって言うけれど、本当は誰があばずれなのかは皆が知っていることだよ」

「ああ、本当に」

「男たちと昼間っから酒を飲んで、空き家にしけ込んで」

「何をやっているかなんて分かったものじゃない!」


 その頃には、美代の両親も美代に対して苦言を呈することになったのだ。


「お前は崇彦さんと結婚すると豪語していたけれど、それって本当のことなのかい?」

「崇彦さんのところに話を聞きに行ったけど、そんな話は崇彦さんから聞いていないと言われたよ」

「そんな訳がない!そんな訳がないわよ!」


 捨てられたくないから、他の男に抱かれるようなことをしていたのだ。

 だから美代は、崇彦にしがみつきながら尋ねた。

「ねえ!崇彦さん!私、子供が出来たの!」

 崇彦の腕にしがみつきながら言い出したのだ。

「約束通り、私と結婚してくれるわよね!」

「なんで俺が美代ちゃんと結婚しなくちゃいけないわけ?」

 崇彦は蔑むように美代を見下ろしながら言い出した。


「何処の誰が父親かも分からないような子供を孕んだ美代ちゃんを、俺が嫁にする訳がないでしょう?」

 崇彦はため息を吐き出しながら言い出した。

「妊娠しちゃったんなら仕方がないか、だったら今度は清子ちゃんに声をかけようかな?」

「はああ?清子って、最近配耕された娘よね?」


 崇彦はニコニコ笑いながら言い出したのだ。

「美代ちゃんにはちょっと劣るかもしれないけれど、あの娘もなかなか可愛い子だからみんなも喜ぶと思うんだ。しかも近々、大金が手に入る予定だしね」


 崇彦は涙で濡れる美代の顔を見下ろしながら言い出した。

「みんな契約が切れるってことで今更ながらに大慌てをしてバッカみたいだよな。俺はみんなとは違うから、ライフル銃と大金を手に入れてこの農場を出ていくよ」

「わ・・私を連れて行ってはくれないの?」

 崇彦はお腹が大きくなりかけている美代の腹部を見下ろしながら言い出した。

「身重じゃなぁ」


 身重じゃなければ、娼館にでも売れたかもしれないけど・・という言葉は最後まで美代の耳元には届かなかった。くるりと背を向けた崇彦がさっさと歩いて行ってしまったからだ。

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