第55話  農場主の来訪

 オンサを捕まえたり、毛皮を作ったりなんてことを繰り返しているうちに、一つの群れは森の奥の方へと移動をしたようだった。山火事のせいで奴らも住処を追われてここまでやって来たというのも勿論あったんだけど、人に被害が出過ぎていたんだよね。熊だって人に被害が出れば殺すし、オンサだって人に被害が出るのなら駆除するしかないってことになっちゃうのかもしれないよね。


「マツ!見てくれ!ブタの皮で財布を作ってみたんだ!」

 皮なめしに目覚めたルイスは、最近では殺した豚の皮をなめして加工して、財布まで作るようになったらしい。


「父さんにプレゼントしようと思うんだ!」

「それなら金持ち相手でも十分に売れると思うよ」

「お前もそう思うか!だよな!」


 革職人として目覚めたルイスはそのうちカマラーダをやめるだろう。まあ、実にどうでも良いけれども・・

「これはマツの分、使ってくれよ!」

「ありがとう」

 ルイス、意外に良い奴だったんだな。狼から救ってやったことを律儀に覚えていたに違いない。


 そんな風に革に目覚めたルイスから財布を貰っているうちに月日が流れて、あっという間に農場主夫妻がやってくることになったわけ。今回は身重の奥さんと夫であるアレッサンドロ氏がやって来たんだけど、やけに物々しい警備をつけた状態で現れたんだよね。


「ジョアン、ブラジルってそこまで治安が悪かったんだね」


 僕らが山倉通詞に案内されてこの農場まで来た時には、全くのノー警戒状態で途中から馬車に揺られて来たのだが、車で移動するご主人様は、ライフルを持った騎馬隊に守られながら移動して来たんだよ。


 ジョアンの奥さんは邸宅で働いているし、ご主人様とも古い付き合いみたいで、色々と話を聞いて来たみたいなんだけど・・

「信じられない話なんだが」

 その後、ジョアンが説明してくれた話が呆れ返るようなものだったんだ。


 僕が丹精込めて作ったオンサの毛皮はあまりに巨大なものだったので、多くの友人知人を驚かせるものとなったんだけど、そのオンサの子供の毛皮が順次、農場から運ばれて来るってことで、仲の良い友達たちは僕も欲しい!私も欲しい!状態となったらしい。


 ご主人様は親しい友人にプレゼントしたり、売ったりしていたわけなんだけど、

「是非とも私も購入したい!金ならいくらでも出す!」

 と言って来たご老人がいたらしい。


 だけど、ご老人が買いたいと言った時には毛皮の全ては出ちゃった後だったので、残るは森の主の一枚だけ。

「それでは農場の方に問い合わせて、まだオンサを狩ることが出来るかどうかを聞いてみますよ」

 と、言ったご主人様だけど、問い合わせた時にはすでにオンサの群れは移動した後だった。


「群れが移動したので、やっぱりお渡しするのは無理なようです」

 と、ご主人様は言ったんだけど、

「だったらその毛皮を売ってくれれば良いではないか!」

 と、老人は目をギラギラ光らせながら言い出した。

「金なら出す!いくらでも出す!」

 この老人、商売で成功を収めた人物なのだが、元々は裏の世界に顔が広いとも言われるような人物だった。


「それで?マクンバにでも頼んでご主人様を呪い殺すようにお願いでもしたってわけかい?」


 僕はジョアンからこの話をカマラーダの休憩所で聞いていたんだけど、農場の古株労働者であるマティウスがカッシャッサのビンとショットグラスを持ってこちらの方にやって来ながらそんな質問を投げかけて来たってわけさ。


 ちなみにマクンバっていうものをこの時の僕は知りもしなかったんだけど、元々はアフリカ由来のものらしく、精霊に生贄を捧げて誰かを呪う儀式みたいなものらしい。一番ポピュラーな生贄がニワトリで、お金をかけた生贄は牛一頭とか、相手の本気度によって生贄のレベルも変わるらしい。


「マクンバだったら良かったんだけどな」

 ショットグラスをマティウスから受け取ったジョアンは、ため息まじりに言い出した。


「ご主人様は、その老人に、お前の妻は今妊娠中だろう?と言われたらしい。バンジードを雇ったから背後には気をつけろ。平和に生きたいのならオンサを売った方が身のためだとまで言われたそうだ」


 パトロン(農場主)は相当のお金持ちのようで、こんな遠い農場まで来るのに、汽車と車を併用して来たらしいんだけど、車で移動するところからは騎馬隊をお金をかけて雇っているところに本気度を感じるよ。


「だからあの警備体勢だったわけか」

「マティウス、まだ他の奴には言うなよ?バンジードが実際に何処まで来ているのか分からんし、変にパニックを起こしても困るからな」


 えーっと、えーっと、僕の聞き間違えでなければ、僕がノリで捕まえた森の主の毛皮の所為で、家族まで脅迫されるようになっちゃったってこと?バンジードってギャングでしょう?それじゃあ、ギャングがこの田舎の農場まで来る可能性があるってこと?


「マツ、言ってもいいのはトクまでだから」

「他の日本人はダメだ」

「わかった」


 日本人のリーダー的存在である徳三さんは、ブラジル人たちからも信頼を置かれているんだよね。そんな徳三さんだけど、日本の裏社会に通じてそうだから、ブラジルのギャングが来るって言っても何とかしてくれないかな?いや、してくれないよな〜。


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