第5話 奇跡の出会い
兎にも角にも、皆んな、とりあえず落ち着こう!っていうことになりました。源蔵さんの奥さんはまだやって来ないし、遺体はとりあえず竹藪の中から開けた場所となる畑の方へと移動させたんですけど、血が滴っているし、この匂いを嗅ぎつけて他の獣がやってくるかもしれないしで、危ないから第一発見者である私以外の女性は全員、居住地へと帰っているような状態です。
「う・・ううう〜ん?」
私は改めて源蔵さんのご遺体を見下ろしながら唸り声をあげましたとも。
「ちょっとこれ〜」
源蔵さんはいつも、黄ばんだ肌着一枚に継ぎあてだらけのズボンを履いて畑仕事に出るわけですが、この時はぱりっとした白いシャツに継ぎあてのないズボンを履いているようでした。
みんな、源蔵さんが他にも金を探していやしないかってことで、着ていた血塗れの衣服まで全部剥ぎ取っているので、畑に転がる源蔵さんの体は全裸です。この姿を見るだけでみんなの金に対する物凄い執着心と恐ろしさを感じられるものなのですが、よくよく見れば、食い破られた腹の上の方に・・まるでナイフか何かを差し込まれたような跡があるんです。
「このご遺体、獣に食い殺されたんじゃなくて、人に殺されているよねえ・・」
「ですよね!この死体、豹に殺されたんじゃなくて、明らかに人間に殺されていると思うんだよね!・・・って誰?」
見るもおぞましい遺体を興味津々といった様子で見下ろす男は、身長5尺7寸といった感じの背の高い若者で、伸び放題の癖っ毛で顔半分ほどが隠れて見えません。
その若者の後ろから現れたのが通詞の山倉さんで、小太りした山倉さんは汗を拭き拭き、
「いや、こんな状態のご遺体は女の子には刺激的すぎるでしょう!」
と、言い出した。
おお〜、通詞の山倉さんが来たということは、日本でブラジルは金になると騙された日本人たちが希望に満ち溢れた状態でこのシャカラベンダ農場へやって来たということになるのでしょう。
っていうか・・
「うん・・・」
「あれ?」
「「まさか!」」
私は思わず山倉さんの隣に居るもしゃもしゃ髪の男を指差しながら声を上げたんですが、男の人の方も驚いた様子で私に指先を向けている訳ですよ。
「ま・・ま・・松蔵さん!」
「た・・た・・珠ちゃん!」
「おお〜、珠子、まさかのまさかでお前の知り合いだったか?」
みんなのリーダー、徳三さんに声をかけられた私は、徳三さんの腕を掴んでブルブル揺らしながら言いましたとも。
「私、元々は奥多摩の河野温泉っていうところで生まれたって言ったじゃないですか!その!その温泉宿の!4軒隣のこれまた温泉宿の息子の!松蔵さんですよ!」
「わし、東京とか奥多摩とか行ったことないし」
「珠ちゃん!本当にたまちゃんなの!」
困惑する徳三さんを他所に、松蔵さんの手を取りながら言いました。
「あんなに小さかった珠ちゃんが?なんでブラジルなんかに居るの?」
「ええーっと・・」
奇跡の出会いにびっくりした様子で、金が見つからずに落胆したおっさんどもまでやって来る。そりゃね、最後に松蔵さんに会ったの、東京の奥多摩の山奥だったもんね!
「うちのお母さん、神戸の米問屋を営む人・・つまりは、ここに居る徳三さんのお兄さんと再婚したんだけど、その人と徳三さんが、家族を引き連れてブラジルに行ってお金を儲けをしてやる〜!なんて言い出したもんだから、うっかり地球の裏側までやって来ちゃったって訳なの!」
「珠子ちゃん、この人は誰?」
姉の夫となる久平さんが心配そうに声をかけて来た為、私は慌てて松蔵さんを紹介致しましたとも。
「この人、奥多摩の河野温泉っていう温泉宿の息子で!神原松蔵さんっていうんですよ!」
「奥多摩って何処?」
「東京らしいぞ」
「行ったことないし」
そうですね、ここの農場で働いている日本人は兵庫県出身者ばかりなので、東京の!それも山奥に存在する奥多摩とか河野温泉とか!知るわけがないですよね!
「松蔵さんは16歳の若さで戦争に行ったんですけど、今、ブラジルに居るってことは、生きて帰って来たってことですね!」
「そりゃあ生きて帰ってきたよ、死んでいたら今ここにいないでしょう?せっかく満州から生きて帰って来たのに故郷を離れてこんな所まで来ちまって。こんなブラジルの人里離れた田舎の農場でこれから暮らす事になるのかと思ってがっくりしていたら、見るもおぞましい死体の前で珠ちゃんに会うなんて!」
「世界不思議発見ですね」
「それで?なんでこんな死体の前に君はいるわけ?」
竹藪から地面の上へと移動を果たした源蔵さんのご遺体は、他にも金が隠されていやしないかと探しまくられたお陰で、全裸の状態になっている。
「しかも全裸、動物に喰われたように見えるのに、何故、全裸?」
それはみんなが、金の延棒がどこかに隠されていやしないかなぁと探しまくった結果です。
「松蔵くん、これが豹(オンサ)による被害なんだよ」
山倉さんはメガネを指先で押し上げながら言い出した。
「特に北部は獣の被害が多くてね、そんな訳で、松蔵くんには他の人とは別でカマラーダとしてこの農場でとりあえず試験的に一年間、働いてみて欲しいと思うんだけど」
「え?」
「カマラーダ?」
カマラーダとは賃金労働者、いわゆるフリーランスで契約をして働く人のことを言うのですが、
「最近、猟銃を使える人が欲しいという要望があまりにも多いものだから、戦争帰りの人をわざわざ日本からスカウトして連れて来たんだよ〜」
と、山倉さんがご機嫌な様子で言い出した。
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このお話は読みやすいように毎回短め、毎日18時に更新しています。
物語の性質上、ブラジル移民の説明の回がしばらく続きますが、ドロドロ、ギタギタがそのうち始まっていきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
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