第4話 肉食獣は難しい
「実際頭抱えちまうよなあ」
「豹に喰われたら全ては終わりだからな」
「それにしたって・・」
この近辺には豹(オンサ)の他にアメリカ虎(ジャガーチリッカ)という肉食動物がいて、人を見かけたら襲いかかる習性がある訳ですね。乾燥すると雷とか、タバコをポイっと投げ捨てたものが種火となって山火事が起こるんですが、日本では見たことがないくらいパーっと燃えちゃうんですよ。
ここ最近、雨も降らないのでパーっとひと山からふた山燃えちゃったんですけど、その燃えた山からうちの農場の近辺に移動してきた獣たち。私たちが持っている鍬とか鎌とかナタとかでは、肉食獣を相手に戦うのは難しいです。
「徳三さんよお、今日は配耕された人たちがくるんだろう?」
私たち日本から来た労働者は神戸の港から船に乗ってブラジルのサントス港までやってくるわけなんですけど、一度、移民収容所みたいなところに集められた後に、契約した珈琲農場へ振り分けされていくわけです。
働く農場を決められて移動することを『配耕』なんていう風に呼ぶんですけど、珈琲農園なんてものについては全く知らない人々が、今も移民公社に騙された状態で次々と地球の裏側まで送り込まれているような状態なわけです。
今日はサントス港に到着した移民の中の八家族がここ、シャカラベンダ農場へとやって来る予定なんですけれども、配耕されてここまでやって来る一段には通詞の山倉さんがついてくるはず。
私たちはサンパウロという州のサントス港に到着したわけなんですけれども、サンパウロ周辺には珈琲農場が結構あるわけなんですよ。珈琲農場は日本で言うところの大地主が小作人を雇って経営しているとか、そういうことじゃないんです。普段はサンパウロの街中に住んでいるすんごいお金持ちたちが経営をしている形なんですよね。
農場にある屋敷は別荘扱いで、農場の経営自体は人に任せている場合がほとんどです。
そんな訳で、街に住む金持ち主人たちが、日本からやってきた日本人と契約をして働かせるという形になる訳ですが、こちらの手続き諸々を行うのが日本政府と移民公社の人たちっていうわけです。
「確か通詞の山倉さんに猟銃使える奴がいたらこっちの農場に回してくれるようにお願いしていただろう?」
通詞の山倉さんは、サンパウロ北部の農場を担当しているので、うちの農場にも良く顔を出してくれます。本当に困ったことがあれば手助けもしてくれる人なので(ほとんどの場合は話を聞いて、何をする訳でもなく終わりって感じでもありますが)山倉さんがやって来るのを待ち侘びているようなところもある訳です。
「今頃にでも新しく配耕になる日本人を連れてこの農場まで来る事になっているから、実際に尋ねてみるしかないな」
「源蔵さんの奥さんと甥っ子どもはまだ来ないのかね」
「今日は源蔵さんだけ畑に出ていたみたいだから、おっつけやってくるのと違いますか」
「それにしても金か・・」
源蔵さんが握りしめていた金で出来た細い延棒は、誰もが見たこともないようなものでした。金塊とかじゃなくてですね、手の平に握り込んだら隠れてしまうようなほどの大きさなんですけど、源蔵さんは一体どこで見つけたんでしょうね。
「埋蔵金っていうのはさ、何処かの誰かが後から使おうと思って隠して埋めたものを埋蔵金って言うんだよな・・」
「ブラジルでは、金って採掘出来るんだよな?」
死体の周りに残ったおじさん達が生唾をごくりと飲み込む音が響きます。
ちなみにブラジルでは金が採掘されています。
宝石だって採掘されています。
ダイヤだって採掘されていたらしいです。
「大判小判がざっくざく」
「大判小判じゃないだろうが」
「金貨銀貨がざっくさく」
ブラジルでは銀は採掘されないらしいけど、宝石ざっくざくはあるかもしれない。
「誰かが埋めて?」
「それを源蔵さんが発見して?」
「バンジードが埋めたのかな・・」
バンジードっていうのはギャング団のことを言います。丁度、この農場は金が採掘される場所と、金を運び出すために昔は使われていたという港の中間地点にあるような場所なので、ギャング団の噂話みたいなものがうっすらと流れて来ていたりするんですよね。
ここが獣も出ない場所だったら埋蔵金を探して四方八方に飛び出して行ったとは思うんですけど、豹に腑を喰われた死体が竹に突き刺さった状態になっているため、集まった人たちもここから飛び出して行こうとまでは思わないみたい。
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このお話は読みやすいように毎回短め、毎日18時に更新しています。
物語の性質上、ブラジル移民の説明の回がしばらく続きますが、ドロドロ、ギタギタがそのうち始まっていきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
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