第3話 豹に気をつけろ
2ヶ月ほど前に起きた山火事で住みかを移動したらしく、最近では農場近辺で多数目撃されているのが豹です。黄色い毛にまだらの模様が入る大人になると6尺の体長と21貫という重さを持つ肉食の動物である豹は、人を襲って殺す凶悪な動物です。
農場では猟銃を持ったカマラーダって呼ばれる人たちがオンサを警戒して巡回しているのですが、やっぱり被害とか出ちゃいます。日本の山の中でクマと遭遇するのと同じ確率で遭遇する感じです。ちなみにカマラーダとは、ここの農場主パトロンが賃金で雇っている賃金労働者の事です。
「珠子がいると、本当にもう・・迷惑ばっかり」
「どうするの?今日は新しく配耕になる方々がいらっしゃるんでしょう?お迎えの用意やお料理の準備もしなくちゃならないのに。なんであの子が一番最初に見つけたりしてるのよお〜!しかも死体を見つけただけで金を見つけた訳でもないなんて!」
「本当に穀潰し!穀潰しだわ!」
豹(オンサ)に殺された源蔵さんが金の延棒を握りしめていた為、お前も金を持っているんじゃないのか!と、責められそうになった私は身の潔白を主張。だって、本当に、竹藪の中に倒れている源蔵さんを見つけた時には、その手に金が握られていたなんて知りもしなかったしね!
それで、集まった奥様方に何も持っていやしないことを確認してもらったら、母と姉が怒りの声を上げ出したってことになります。
『なんでお前は金を持っていないんだ!』
みたいな感じで母と姉が睨み付けてくるんだけど、理不尽!
「増子、ここはまだオンサが出るかもしれないからお母さんを連れて居住地の方へ帰った方がいいよ」
見かねた姉の夫である久平さんが声をかけてくると、
「確かに危ないから、第一発見者である珠子はわしが責任持って一緒に連れて帰るから、心配しないで帰ったらいい」
と、徳三さんが言い出した。
徳三さんは旅順丸で一緒にブラジルまでやってきた義理の父の弟さんで、日本人のリーダーみたいなことをやっている。
「今日は配耕された日本人が来るっていう話だし、通詞の山倉さんが来ているかもしれんから、山倉さんがいたらこっちの方まで来るように伝えてくれるかね」
「そりゃあ構いませんけどね」
夫の弟ということもあって、私たちの後見人みたいな扱いになっている徳三さんに母はこくりと頷きました。
「何といっても我々が作った外作地までカマラーダに警備してもらう訳にもいかんしなあと思っていたらこれよ」
珈琲農場にやって来た私たちは奴隷が使っていた家を使うように言われました。すぐにも皆んなと同じように働くようにと言われたわけなんですけど、兎にも角にも、珈琲豆の収穫の時期が合わなければお金だって貰えませんもの。
珈琲豆っていうのは真っ赤で小さな実なんですけれども、年がら年中収穫出来るようなものではありません!珈琲豆が育って収穫出来るようになるまでは無収入。毎回、毎回、売店で食べ物を購入している場合ではないため、珈琲畑とはまた別の場所を自分たちの力で開拓して、畑を作って野菜なんかを作っている。この畑のことを『外作地』と呼んでいます。
この外作地、農場の中にある私たちの居住地からは離れた場所にあるため、移動中は注意しろって言われていた訳ですよ。その結果、我が家の隣に住む源蔵さん45歳は、でっぷりと突き出たお腹がオンサに食い荒らされて臓物がいたる所にこびりつき、一部は尖った竹の幹にぶら下がっており、血なまぐさい匂いが青々とした竹林の中に滲むように広がっているわけです。
「珠子!本当に金を見つけた訳じゃ!」
「いやだから、死体を発見しただけですし」
「本当の本当に?俺にだけでも教えてくれると嬉しいんだが?」
「いや、だから本当に!死体を発見しただけなんですって!」
死体の第一発見者である私が何度も主張したところ、
「そうか・・それじゃあ、源蔵さんは何処かで金を見つけたけれど、結局、ここで殺されたってことになる訳だな」
と、徳三さんが言い出した。
*************************
このお話は読みやすいように毎回短め、毎日18時に更新しています。
物語の性質上、ブラジル移民の説明の会がしばらく続きますが、ドロドロ、ギタギタがそのうち始まっていきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます