第22話  助けて欲しい

 その子供は生まれつき耳が聞こえづらい子供だった。


「***###だから*#して???しなさい!」

「え?」

「だから***##*#して!」

「え?なに?聞こえない」

「お前は**##出来損ない**だろう!」


 その子供が顔を叩かれるのはいつものこと、兄弟たちは親が叩くのだから自分たちだって叩いても良いのだと考える。


 雨のように降り注ぐ暴力、興味も関心も向けない両親、そうしてある日、

「*##はここで反省***#!」

 と言って、地下室に閉じ込められた。


 それから誰も地下室に来ることはなく、ひもじさと喉の渇きを覚えながら三日も経つと、死を意識するようになった。


 この世の中は、全てをまともに出来る人間こそ生きている価値がある者、食事をするに値する者、きちんとした寝床も与えられて当たり前ということになるらしい。


 言葉が聞き取れないから、まともじゃないから、出来損ないだから。そんな理由で寝るのは床の上、蹴り飛ばしても何の問題もない存在。そして、今、生きている価値もないからと死を望まれている。


「あ・・おかあさ・・」

 乾いた唇の隙間から漏れ出た声は、母を呼ぶ声で、何故自分を助けてくれないのかと、何故自分を産んだのかと、そんなことばかりが頭の中に思い浮かんでいく。


『君は確実に精霊の加護を持っている』

 倒れたままのその子供の額に強い力が押し付けられる、あまりの力に驚き慌てていると、

『ほらね、俺の力では強過ぎて駄目なんだよ』

 という男性の声が響いてきた。


『それじゃあ私が抱っこしますね』

 女性に抱き抱えられたその子供は、遂に自分は死んだのだなと思ったのだけれど、

『大丈夫、精霊の加護を持つ者を虐げた者は王都にはいられない。君の家族は全員、大きな罰を受けることになるからね』

 と、男の人の声がやけに物騒なことを言い出したのだった。



 普通に出来ることを普通に出来るのは当たり前。それが出来ないものは、須く全てが出来損ないであると宣言する。そんなことを言いだしたのは三代前の王、ハルスラン3世となるけれど、この加護を持たぬ王を暗殺し、スムーズに代替わりを行おうとした配慮がこの国に大きな影を落とすきっかけとなってしまったのだ。


 ハルスランは間違っていた。そう大々的に喧伝すればよかったものの、それを適当に済ませてしまったから、今現在、このような苦境に立たされることになってしまった。


 精霊の加護を持つ者は、その祝福の力と引き換えに生活の何処かに支障をきたすように出来ている。何かが他の者とは違っていたとしても、それは『祝福』や『加護』を持つ証なのだから素晴らしいこと。


 その素晴らしいと認めていたことを、ハルスラン王は差別の対象として宣言をした。今まで祝福や加護に憧れを持っていた者の心の中には、そんなものよりも自分たちの方が素晴らしいのだという甘美な考えが広がりだす。


 祝福や加護を持つ人間を下にして、自分たちこそが上なのだと思い込む。精霊よりも人間様の方が素晴らしいのだと思う傲慢さが、精霊の怒りに触れるのは当たり前のこと。


 エドヴァルトはビビに告げてはいないけれど、すでに処刑にすべき人々の刑は執行されている。処刑すべき人間の処理が終わるのと同時に、降り注ぐ雨はぴたりと止むことになったのだ。それでも精霊の憂いが晴れたわけではないのか、曇天模様の天気が続いている。


 死にかけた加護を持つ子供を連れて地下から地上へと移動をすると、外で待っていたマルティン王子は、ビビが抱える子供を受け取りながら言い出した。


「相変わらず力が強過ぎて、子供を抱えることすらできないのか」

「悪かったね、愛し子だから仕方がないだろう?」

「自分が出来ない分を、ビビ嬢に任せるのもどうかと思うのだが?」

「仕方がないことだと思うんだけどね」


 精霊の愛し子であるエドヴァルトなら、助けを求める加護を持つ人間を探し出すことは出来る。探し出すことは出来るのだが、見つけたところで相手が子供であれば抱き上げることが出来ない。力が強過ぎるからだ。


 だからこそ、助手のビビが抱き上げる。彼女は同じように虐げられて生きて来たから、加護をもつ子供の治療をすんなりと行うことが出来るようになっている。


「これで保護するのは二十人目になるのか」

 兵士たちから拘束を受ける子供の家族たちを丸ごと無視した王子は、狭い家の外へと足を運んでいく。


 拘束された家族たちは、まさか自分たちが出来損ないだと蔑んでいた子供が精霊の加護を持っているとは考えもしなかったようだ。精霊の加護や祝福を持つ者は、確かに貴族の血筋に出やすいとはいえど、平民の中に全く出ないということはない。


 噂で、加護を持つものを虐げたものには厳しい罰が下されるとは聞いていたらしく、万が一にも自分たちが虐げていた子供が加護持ちであると判明したら困るため、水や食べ物も与えずに地下へと閉じ込めたらしい。まさか見つけ出されるとは思いもしない、殺すつもりで監禁していたのだ。


 だからこそ、彼らには厳しい罰が下されることになるだろう。


「あと、どれほど助ければ空は晴れることになるのだろう・・」

 分厚い雲に覆われたままの空を見上げながら、王子はため息を吐き出した。

「人ってなんで少し違うだけでも許せないのでしょうか?」

 ビビは憂いを含んだ眼差しを空に向けながら言い出した。


「私は文字も書けず、読むことも出来なかったため、家族だけでなく使用人からも蔑まれて生活することになったのですが、いくら母がそう考える必要はないと言っても、蔑まれるのが当たり前のことだと思っていたんです」 


「人間は差別するのが好きな生き物なんだから、仕方がないんじゃないの?」

「それで精霊の怒りが解けないままでは、王国としても本当に困るのだがな」


 下町の中では富裕に位置するその家の前には馬車が立ち並び、警備の兵士たちが大勢で取り囲んでいるような状態だった。普段は少数で保護に出ることになるのだが、今日は王子が同行するとあって物々しい警備となっている。





     *************************



文字が読めないシンデレラ、明日16時と17時に更新で終わりとなります!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!

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