第21話  裏切りと後悔

「いやよ!私は死にたくない!嫌よ!嫌!嫌!いやーーーーっ!」


 悲痛な叫びを聞かないようにするために、自分の両耳を押さえつけながら、ビルギットはガタガタと体を震わせ続けていた。


 自分は何処で間違えてしまったのだろう、何を自分は間違えてしまったのだろう。愛する恋人が政略相手との結婚が決まり、二十も年上の男爵から結婚の申し込みを受けることになり、自暴自棄となったビルギットは川に身投げをしようと考えた。


 自分の命を断つことまで考えたビルギットを止めてくれたのが恋人で、彼はビルギットに妻との結婚は政略上必要なことだけれど、自分が愛するのはビルギットだけだから、どうか自分の癒しとなって欲しいと言い出した。


 王都に瀟洒な家を買ってくれた恋人は、ビルギットに何不自由ない生活を約束してくれたのだった。恋人は仕方なく正夫人との間に子供を作ろうとしているようだったけれど、子供はなかなか出来ないらしい。


「君との子供が先に出来たなら、どれだけ親族が拒否をしても君を正妻として迎え入れるのに・・」


 結婚をして二年もすると恋人はそんなことを言い出した。だからビルギットは希望を抱くことになったのだけれど、

「ビルギット、妻が遂に懐妊したよ」

 という言葉を受けて、自分の中の何かが崩れ落ちていくのを感じたのだった。


 愛はないと言いながらも、ペルニラが妊娠するなり恋人は足繁く妻の元へと帰るようになってしまった。それなりには戻って来るけれど、前ほどまめには帰って来ない。このまま子供が無事に産まれてしまったら、自分は用無しとなって捨てられてしまうかもしれない。


「だったら子供を作らなくちゃ・・」

 なるべく夫に良く似た髪の色、瞳の色の男を物色する。愛人として生活するビルギットには時間だけはあるため、良く似た男を見繕うことは簡単だった。


 もちろん、自分の子供ではないと疑われないように恋人との関係も持ち続けた。そうして産まれたシーラは自分に良く似た容姿の娘で、ビルギットを愛する恋人は再びビルギットの元に戻って来ることになったのだ。


 娘のシーラが五歳の誕生日を迎える時に、

「マリンは私の娘ではないのかもしれない」

 と、悩みに悩んだ末の告白を受けることになった。


 ペルニラには結婚前に恋人が居たのだが、その恋人がマリンの誕生日プレゼントとして瞳と同色の高価な宝石をプレゼントしたのだという。父親から子供に瞳の色と同色の宝石をプレゼントするのは、護符を授けるという意味もあるのだ。


「まあ・・それは・・信じられないわね・・」

 言葉に詰まったビルギットは、激しい怒りを露わにしている愛する人を見下ろしながら、実は子供が出来ない原因はこの人にあるのではないかと考えた。


 自分も全く妊娠することが出来なかったのだ。他の男と寝るまでは、全く兆しすらなかったのだ。それが、一度や二度の行為で妊娠した。正妻も浮気相手の男の子供を妊娠したのだとすれば、それはこの男に問題があるということを意味している。


「とっても傷ついたわよね、だけどシーラは貴方の娘だもの。貴方にはシーラと私が居るのだから、大丈夫、大丈夫よ」

 ビルギットはそう言って、愛する人を優しく抱きしめた。


 友人から精霊の加護を貰う方法を話に聞いたビルギットは、即座に行動に移すことにした。ペルニラを正妻の座から追い落とすのなら、早ければ早いほど良いと思ったからだ。精霊なんて目に見えないようなもの、いくらでも偽ることは出来る。実際に簡単に偽れたし、偽ったところで誰かに見破られることもない。


 だったら何の問題もないと思ったのだ、何の問題もないと。自分はペルニラのように殺しなんかやっていやしない。ただ、ただ、娘が加護持ちであると主張しただけ。


「死刑囚ビルギット!牢の外に出ろ!」


 そう、本当に、何の問題もないと思っていたのだ。まさか、死刑を宣告されるほどの重罪だなんて、誰も教えてくれなかったもの。



      ◇◇◇



 森の賢者はうんざりとした様子で、目の前で絶望をするバーグマン侯爵を見下ろした。身分を剥奪されて平民身分となってしまうけれど、女たちに翻弄された末に極刑を言い渡されることになった男は憐れそのものだった。


 精霊の加護を偽る行為は非常に重い刑罰を課せられる、その行為がきっかけで精霊の怒りを買ったとなれば、処刑は免れないほどの罪となる。


「ま・・まさか、マリンだけでなく、シーラも・・私の娘ではなかったということですか?」

「侯爵殿は幼いときに高熱を患ったことがあると使用人から聞いている、高熱が長く続くと子種が死に絶えることもある。侯爵殿の場合はまさにこれで、子供が出来ない体となっている」

「だ・・だったらビルギットは何故妊娠したのですか?」

「他の男と寝たのだろう?」


 乱暴に自分の髪を掻きむしった男は、瞳に涙を溜めながら言い出した。

「それでは、私は何の為に・・何の為にこんなことに・・」


「侯爵殿の両親は、子供がなかなか出来ない場合は弟の子供を養子に取るように言っていただろう?そもそも、娘のシーラとその弟の子供を結婚させるように、ご両親は厳しく言って聞かせていたと思うのだが?」


 侯爵の両親は、正妻だったペルニラが妊娠した時にも、愛人のビルギットが妊娠した時にも疑ってかかっていたらしい。ただ、愛人の娘シーラは精霊の加護を持つと司祭長が証明した為、うまく利用できると考えただけのこと。


「貴方の両親は、万が一にも子供が出来ることもあるかもしれないと言っていたが、私から見れば茶番に過ぎない。女たちは貴方以外の男と子供を作り、貴方の子供であると主張した。貴方は騙された側なのだから情状酌量の余地があるのではないかと言われたのだが、精霊の怒りは貴方の上で激しく燃えている」


 森の賢者は大きなため息を吐き出すと言い出した。


「精霊は不誠実なものを嫌う傾向にあるのでな、血を引かぬとはいえ、一人の娘は加護を持つヘレナ夫人の殺害に手を出し、もう一人の娘は偽りの加護の威光を使って、身分の低い令嬢への苛烈な虐めを行っていた。そのような育て方しか出来ぬ父親の罪もまた、大きいと言えるのだろう。だからこそ、貴殿の死刑は覆らない」


 そもそもこの男が、結婚後も誠実に妻と向き合い続ければ、加護を持つヘレナが殺されることもなかったのだ。


「嘘だ・・嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!」


 発狂したように泣き出す男を置いて、賢者は警備の兵士に守られた狭い部屋を後にする。森の賢者がエステルスンド王国に来ることになったのは、精霊の怒りの色濃さを正確に判じる必要があったから。


 精霊の怒りは不道徳な人間の上にこそ色濃く燃えているものであり、どうしようもなくて巻き込まれた人間の上では燃え上がらない。その色の濃さを見分けて、刑の執行を見極めるのが賢者の役目であり、うんざりする仕事の一つでもある。


 扉の外には精霊の愛し子であるエドヴァルトが待ち構えていたようで、

「じいさん、ビビと話をしたんだけど、みんなの死刑はやめてくれってさ」

 開口一番、そんなことを言い出した。

「それは無理じゃの」

 精霊の怒りを収めるのは、そんなに簡単なことではない。

「だとしたら、兄の命だけでも助けて欲しいと言っているのだが」

「ふむ・・そうか・・」

 兄のノアはアホでバカだが、死刑を受けるほどの何かをしたわけではないのは確かだ。




      *************************




文字が読めないシンデレラ、毎日16時と17時に更新していきます!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る