第19話 ニコライの後悔
ゼタールンド伯爵家の当主であるニコライは、
「今度、リンドストローム公爵家に嫁いでくるアリシア嬢は、王都まで妹を連れて来るというのだ」
父からしつこい程に言われることになったのだ。
「辺境伯家は精霊の力を持つとも言われる家である、娘たちが精霊の加護を持っているのは誰もが知る事実。お前は何としてでもアリシアの妹ヘレナを虜にしろ、そうしてヘレナ嬢を我が伯爵家に輿入れさせるのだ」
金の髪に碧玉の瞳を持つニコライは、女性から言い寄られることに辟易としていた。特に見かけだけはやたらと華美で、宝飾やドレスが何よりも大好きだと言い出す女には反吐がでる。
そんなニコライが妻として娶る予定のヘレナは、野に咲く花のように可憐な人で、
「まあ、これだったら良いか」
と、思う程度には愛情を感じてはいたのだ。
「ニコライ、ヘレナさんが嫁いでくることになったら、絶対に、加護を持っていることを鼻にかけないように躾をしておいて頂戴!」
「そうだぞニコライ、精霊の加護持ちを伯爵家に迎えることは有り難い話ではあるが、良く分からない精霊を持ち出して、私たちよりもよっぽど身分が上なのだと言われたら堪らない」
「お前がきちんと躾をするように」
「そうだぞ!ニコライ!きちんと嫁としての立場を教え込め!」
遥か昔に、精霊たちは人間をこの地に置いて楽園へと旅立ってしまったけれど、その精霊たちの加護の力はこの世界に残り続けているのは間違いない事実。その特別な力、特別な血に憧れを抱きながらも、
「それで偉そうな顔をされたら堪ったものじゃないわ!」
と、父も母も言い出すのだ。
精霊の加護を持つヘレナは目に祝福を得ているようで、彼女の視界の中には常人には到底見ることが出来ない何かが見えるらしい。
「ニコライ様、雨の精霊があまりに増えておりますので、近々大雨が降る兆しが見えております。領地に連絡をして、豪雨の対策をされた方が良いでしょう」
ヘレナが嫁いで来てから一月程した頃に、ふとした拍子にヘレナがそんなことを言い出した。ニコライはたわいない話として放置したところ、領地は大雨によって大きな被害をだすことになったのだ。
「ニコライ様、対策はされたのですよね?」
「もちろん、君に言われた通りに対策をしたとも」
「なら良いのですが・・」
年下の妻の言う通りになどしたくはない。そうは思っても、妻の助言に従わないと痛い目に遭うのだ。祝福の目を持つヘレナに見つめられると、何もかもを見破られているような気がして、ニコライは思わず視線を逸らしてしまう。
ヘレナとの間には二人の子供にも恵まれたニコライが、ヘレナのアドバイスに従うようにして政を行えば、領地はあっという間に栄えていく。
「全ては精霊の加護を持つヘレナ様のお陰です!」
「ヘレナ様さえいれば!伯爵家は安泰ですな!」
皆が皆、そんなことを言うのだが、それがニコライには気に入らない。
妻であるヘレナばかりが周りから持て囃されて、伯爵家の当主たる自分はまるでおまけのようではないか。
「だから言ったじゃないのよ!」
「ニコライ!嫁はきちんと躾をしろと言っただろう!」
もちろん、ヘレナが持ち上げられることをニコライの両親も気に入らない。
元々、伯爵家の領地は豊かだったのだ。ヘレナが居なくたって何の問題もないはずなのに、
「さすが精霊の加護持ちですね!」
みんながみんな、持て囃す。
「全く正常とは思えないわね」
と、言い出したのは、侯爵家から離縁を言い渡されて伯爵家に戻ってきた妹のペルニラで、
「私は侯爵家で家政を取り仕切っていたから分かるけれど、今のこの伯爵家の状態は全く正常とは思えないわ!」
というペルニラの意見に、ニコライも両親も、やっぱりそうだろうと思うことになったのだった。
精霊など、所詮はまやかしに過ぎない。
過去にハルステン王が言っていた通り、正常にすべきことをまともに出来る人間こそが素晴らしいのであって、いくら加護を持っていたとしても、まともに生活が出来ないのであれば意味がない。
目に精霊の祝福をいただいたというヘレナは弱視で、誰かの支えなくして一人で満足に歩くことも出来ないのだ。いくら精霊が見えるからとはいえ、まともに一人で生活も出来ない人間は出来損ないに違いない。
ノアはニコライに似たのかまともに成長したというのに、娘のビビはヘレナに似たのか、文字も読めずに書くことも出来ない出来損ないだった。
「伯爵令嬢なのに文盲だなんて、恥ずかしいったらないではありませんか!」
「兄さん、ビビとヘレナは外に出さない方がいいわよ。伯爵家の恥になるわ!」
母と妹の言う通り、出来損ないを外に出しても伯爵家の恥になってしまうだろう。だからこそ、ニコライはヘレナとビビに社交を禁じることにしたのだ。
伯爵家として社交をするのは妹のペルニラがするし、可愛らしいマリンもたくさん友達を作って楽しんでいる。
ビビに友達をあてがうことは出来そうにない。その友人からビビが伯爵令嬢のくせに文字も読めない出来損ないであるという話が広まっては、伯爵家の恥となるからだ。
思えば、ニコライの母も、妹のペルニラも、精霊の加護を持つヘレナを自分の下に持ってくることで、自分たちが特別になったようにでも感じていたのではないだろうか。尊い加護の力を持っているからと言って伯爵家に輿入れさせておいて、嫁いできたヘレナよりも自分たちは上であると主張する。
「それが伯爵家のやり方だから」
「あなたはきちんと話を聞きなさい」
「目が見えないあなたを、仕方なく、ニコライが妻にしてやったのよ」
「精々、有り難いと思いなさい」
そんなことを言われていることは薄々気がつきながらも、特に自分が口出しするようなこともしなかった。家のやり方を教えるのは、その家の女主人の役割なのだから。
可愛らしい、自分もそれなりに気に入っていた野に咲く花が、あっという間に萎れていったとしても、自分はあえて見ないようにしていたのかもしれない。
「ああ・・ヘレナ・・ヘレナ・・何ということだ・・・」
改めて腐り落ちることのない斑ら模様に染まったヘレナの遺体を見下ろしながら、ニコライは大粒の涙を落としたのだった。
「まさか毒を盛られていたなんて!そんな!そんな!」
ニコライなりに愛してはいたのだ。ただ、母や妹と上手くやることが出来ない不器用さは田舎娘なのだから仕方がないと思っていたのだ。だけど、まさか、自分の身内に殺されることになるとは思いもしない。
「父上、私は父上が王都に到着してすぐに言いましたよね?ペルニラ叔母様が母上に毒を盛ったかもしれないと、ビビが毒を盛られて殺されたかもしれないと!」
息子のノアの言葉が虚しく響く。
「そんなことは世迷いごとだと一蹴したのは貴方ですよね!」
兵士に拘束されたままの状態で、墓から掘り起こした妻の遺体を見下ろしたニコライは、今まで自分は何をしていたのかと激しく後悔することになったのだった。
確かに、ヘレナは精霊の加護を持っていた。加護を持つ傍ら、弱視のため他人の介助がなければ生活を送るのも難しい状態ではあったものの、守り続けることを誓うことが出来なければ、加護持ちを輿入れなどさせてはいけない。
「あああ・・・ヘレナ・・ヘレナ・・」
確かに愛していた、はずだった。いつからニコライは妻であるヘレナを視界に入れるのもやめてしまったのだろうか。
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ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!
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