第17話 こいつが悪いんです
王族の前に進み出ての告発は不敬に問われても仕方がないほどの大胆な行動だったけれど、貴族たちの鋭い視線は告発者である侯爵令嬢ではなく、ゼタールンド伯爵と彼の隣に立つペルニラの元へと向かっていく。
ペルニラの隣には娘のマリンが立っていたのだが、人を掻き分けるようにして前へと進み出たマリンは、床の上に膝を突き、哀れにも涙を流しながら訴える。
「恐れながら国王陛下!慈悲の心で私の話に耳を傾けてくださいませ!ここに居るバーグマン侯爵令嬢シーラは愛人だったビルギットの娘であり、元々は庶子の扱いだったところを精霊の加護を持っていると偽り!祭司長による偽の証明によって嫡出子と同等の地位を得ることになったのです!」
マリンの叫びによって会場内がシンと静まり返る。
「精霊教会の祭司長ダルヴァン様は、文字が読めない、文字が書けないふり(・・)をすれば精霊の加護を持っていると偽ることが出来ると考え、多額の寄進と引き換えに、偽りの精霊の加護を証明することを続けていたのです!」
マリンは涙をこぼし落としながら、自分に驚きの眼差しを送る貴族たちの方を振り返りながら訴える。
「もちろん此処にいるシーラは偽りの加護持ちです!シーラだけでなく!今年デビュッタントをする加護持ちの令嬢のほとんどが!偽りの証明を受けた者たちなのです!」
今度は貴族たちの中に驚きが爆発するように広まっていく。
「今!このように大雨が降っているのも!精霊の怒りが広がっているのも!全ては偽りの証明を大金と引き換えに行っていた祭司長ダルヴァン様の所為なのです!」
今年デビュッタントの令嬢の中に、加護を持つ令嬢は六人も居る。その全ての令嬢は文字が読めず書けもしない中位から高位身分の令嬢となる。
マリンの告発に気を失った令嬢も居たが、勝ち気に、
「そんなの嘘です!私は加護持ちです!」
「その令嬢は嘘をついています!」
と、前に出てきて訴える令嬢もいる。
会場がパニックに陥る寸前に、王は王笏を床に二度打ちつける。その二度の笏の音から金色の魔法陣が広がり、誰もが口をつぐんで国王に視線を向けた。
『今すぐ、この言葉が理解出来て、私の吐き出す文字が読める者は前へ出ろ!』
ビビが右から左に流れていく金の文字を読んでいると、エスコートするようにエドヴァルトがビビと一緒に一歩前に出る。同じようにローブ姿の老人も前に出ているし、マルティン王子とクリスティーナ王女も前に出ている。
会場に集まった中で6人の男性が前へと出てきて跪くと、
『辺境伯とその子息たちだよ』
と、エドヴァルトはビビに教えてくれた。
恭しく跪いていた男の人の中に、一人だけ、年老いた男がビビの方をチラリと見上げて瞳を細めた。彼が辺境伯だとするのなら、ビビの祖父ということになるのだろう。
『他にはおらぬか?これが最終通告となるがどうだ?』
金色の文字が頭上を流れていっても、誰もが身動きできないままその場に留まり続けている。もう、他には誰も前に出ることはないかと思われた時に、
「わ・・私は読めます!加護持ちでございますもの!」
シーラが顔をあげ、辺境伯に近づくように一歩前へと進みでた。
するとどうしたことだろう、シーラは口からゴポリと真っ黒な血を吐き出したのだ。苦しむように喉を掻きむしったシーラは無言のまま、その場に倒れ込んだ。それを眺めていた貴族たちに動揺が走り、ところどころで悲鳴が上がる。
「実に嘆かわしい」
国王の言葉は金の文字とならずに会場に響いたけれど、倒れ込むシーラに誰も手を貸そうとはしない。
「実に・・嘆かわしい・・」
王の落胆の声と共に、兵士に引きずられる形で血を吐いたシーラは運び出され、シーラの代わりに祭司服姿の老人が皆の目の前へと運ばれてきた。
「や・・やはり!祭司長が!精霊の怒りを買ったのよ!」
不敬にも興奮の声を上げたのはペルニラだった。
憎悪の目を向けるバーグマン侯爵夫妻の方を嘲笑うように見ながらペルニラは大声を上げた。
「祭司長の偽りにより加護持ちであると証明された令嬢たちを全て処分すべきです!そうしなければ精霊の怒りを解くことなど出来ません!」
ペルニラは侯爵夫人だったのだ。不貞を疑われて追い出される形で離縁されたのだが、ペルニラの後釜にまんまと収まったのはビルギットとその娘のシーラである。出戻りだと嘲笑われて過ごす中、どれだけ彼女たちを恨み続けたか。
「もちろん!子を偽りの加護持ちにした親にも罪はあります!今すぐ!今すぐ捕まえてくださいませ!」
ペルニラの頬に一粒の涙が流れ落ちた。
自分を愛さず、愛人に心を配り続けた憎っき夫とその愛人を、遂に糾弾する時が来たのだ。我慢出来ずにペルニラの口元に笑みが浮かぶと、
「拘束せよ」
国王の命令で会場へと入ってきた近衛兵が、ゼタールンド伯爵家当主であるニコライとその息子ノア、そして驚き慌てるペルニラとマリンを拘束していく。ペルニラ達だけではない、娘を偽りの加護持ちにしていた両親達が同じように拘束を受けていったのだ。
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