第16話  王族の登場

 三代前の王となる加護を持たぬ王ハルステン3世を退かせて新たに王位を継いだヘドヴィグ王。このヘドヴィグ王の弟が引き継いだのがリンドストローム公爵家であり、エステルスンドの国王カール8世とリンドストローム公爵グスタフは従兄弟同士の間柄ということになる。


 そのグスタフの息子であるエドヴァルトにエスコートされることになったビビは、王族と共に登場することになった公爵家の中に埋もれるように立ちながら、自分の足がガタガタと立っているのも怪しいほどに大きく震えていることに気が付いていた。


 そもそもビビは、デビュッタントの準備で忙しい期間を下級メイドとして働いていたことから、今季のデビューは断念していたのだ。いやいや、今季のデビューどころか、今世での社交デビューは無理だと観念していた。


 なにしろ母親と同じ毒を与えられているような状態だった為、口から何度も血を吐いたし、マリンから直接的な暴力を振るわれている時には死を意識さえした。まともに食事が出たと思えば毒を入れられ、体が弱った状態でもメイドのように働けと強要される。


 廊下で気を失ったのも一度や二度のことではない。母が死んだのはビビの所為だと思い込んでいる父と兄は決してビビの味方などではなく、そもそも、母の葬儀が終わると逃げるように領地へ移動してしまったので、まともに言葉も交わせていない。


 たとえ言葉を交わせたとしても、

「自分の母親がペルニラとマリンに毒を盛られて死んだだって?お前はそれほどまでに!自分の叔母となるペルニラとマリンのことが気に入らないのだな!」

 と怒鳴られて、顔を殴りつけられるに違いない。


 だからこそ、全てを諦めていたのだ。何を言ってもどうにもならない。だからこそ、死んで母の元へ行ければそれでいい。早くこの苦しみから解放されたいと、そればかりを考えていたビビは、まさかこんなことになるとは思いもしない。


「ビビ様、大丈夫ですわよ!私もデビューするのですから!そんなに緊張しないでくださいませ!」

 純白のドレスを身に纏うクリスティーナ王女に励ますように言われたビビは、恐れおおすぎて息を吸うのも忘れてしまった。


「ビビ!息を吸うのを忘れているぞ!」

 エドヴァルトに背中を叩かれたビビは、慌てて息を吸い込んだ。吸い込んだまま停止しそうになった為、慌てて息を吐き出した。


「ビビ嬢!その調子で深呼吸しろ!そうだ!その調子!」

「ふー・・はあーー・・ふう・・ふー・・フーー・・」

「マルティンお兄様が声をかけたら顔が紫になってしまいましたわ!」

「もう!お前らはちょっと離れていてくれ!」


 エドヴァルトはビビをエスコートしてその場から少し離れると、

「息は吸ったら吐きださなくちゃいけないんだ。息を吸ったら、吐き出せ、吐き出したら息を吸い込め」

 と、当たり前のことを言い出した。


「ご令嬢は緊張でとんでもないことになっておるようじゃのう」

 ブルブル震えるドレス姿のビビの姿を眺めていた老人が、そっとビビの手を握り締めて言い出した。


「ワシも同じように緊張しておるんじゃよ」

 漆黒のローブを身に纏うその老人は、

「ワシ、普段は森の中に住んどるので、街中が苦手なんじゃよ」

 と、言い出した。


 街中というよりは、今は王宮の中なのだけれど、老人の心底嫌そうな顔を見下ろしたビビは、老人の手を両手で握りしめながら言い出した。


「私と一緒に居てくれませんか!」

「エド、こんなことを言っておるようじゃが」

「お前のエスコート役は俺だろう?」


 エドヴァルトは老人からビビの手を奪い取りながら言い出した。

「社交デビューの意味もわかっていないジジイがしゃしゃり出ているんじゃねえよ」

「酷い言い草じゃのう」

 社交デビューっていうのはあれじゃろ、なんかのデビューをするんじゃろう。知らんけど・・と老人がぶつくさ言っているところで、王族の入場を告知する声が響いたのだった。


 最初は、

「元気そうだから大丈夫そう?」

 だった。それが、

「元気そうだから大丈夫じゃない?」

 になって、

「それじゃあ、社交デビュー出来るよね?」

 と言われた時には、

「はあ?」

 と、ビビはポカンと口を開けていた。エドヴァルトがエスコートをすると言うけれど、何の冗談?ドレスなんか注文キャンセルされていますけれど?という疑問はあっという間に払拭されて、あれよあれよという間に、王族と公爵家の皆さんと一緒に入場することになってしまったのだ。


 普通、

「ゼタールンド伯爵令嬢、ビビ様のご入場です!」

 とか何とか、何処かの伯爵家のご令嬢の入場の後に、誰かにエスコートされて、別の出入り口から入場するはずだったのに、アナウンス無しで王族や公爵家の皆さんに混じっての入場となる。


 マルティン王子が妹姫であるクリスティーナ王女をエスコートするのは前々から決まっていたことだとして、ようやっと精霊都市から帰って来たという、公爵家の跡取りとなるエドヴァルトが見知らぬ令嬢をエスコートしている。国王の許しを得て顔を上げた貴族たちの驚きと嫉妬の眼差しが突き刺さる。


「息」


 エドヴァルトに耳元で囁かれた為、慌ててビビは息を吸い込んで吐き出したのだが、ビビの隣に社交デビューについては、ちょっと分かっていないという老人が立っていてくれたため、何とか足の震えが弱まった。


『実に面白い』

 おじいさんの口から出た言葉が金色の文字となってビビの前を通り過ぎていく。

 すると国王の方から、

『これほど嘆かわしい事態になるまで気が付かず、本当に申し訳ありません』

 金色の文字がおじいさんの方へと流れていく。


 文字が読めず書くことも出来ずにいたビビとしては、目の前で金色の文字が行き交う姿が泉の中で見たものと同じ現象に見える。


『精霊語は古代語とも言われていて、言葉に出すと文字となって空中を移動していくことになるんだ』


 エドヴァルトの口から流れる文字を読みながら、ビビは思わず生唾を飲み込んだ。


『ほ・・本当に精霊って・・居るんですか?きちんと説明は聞いていたんですけど、やっぱり全然信じられなくて・・』


 驚くことに、自分の口からも金色の文字が出てきて空中を飛んでいく。


『この国の教育はどうなっておるのだろうか・・』

 おじいさんの口から漏れ出た金の文字が歪みながら落下していくと、

『本当に申し訳ない・・』

 王様の方から小さな金色の文字がぺこぺこしながら移動していく。


 金色の文字が移動していくのを驚きながら読み進めていると、集まった貴族の中から純白のドレスを着た令嬢が出てきて恭しくカーテシーをした。


 父であるニコライが母やビビを外に出したがらなかった為、ビビは年齢が近い貴族令嬢について全く知識がないのだが、輝くように美しいその少女は堂々とした様子で恐れながらと言い出した。


「輝ける王国の太陽である国王陛下に申し上げます。今、精霊の怒りによってこれほどまでの大雨が続いているのは他でもありません。精霊の加護を持つゼタールンド伯爵夫人であるヘレナ様とその娘であるビビ様が毒物によって殺されたからにございます!」


 集まった貴族たちは相当な数に上るのは壇上にいるビビからもよく見えたのだが、精霊の怒りは母が死んだからという話で、貴族たちは動揺するように騒めき出す。


 王国に所属する全ての貴族が集まる中で、王族の挨拶も満足に終わっていない中での爆弾投下。

『私は死んでいないのだけれど〜』

 ビビの口から漏れた弱々しい金の文字は、少女の元まで届く前に霧散するように消えていった。

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