第15話 社交界デビュー
貧乏子爵家の令嬢だったシーラの母は、父の愛人になった時に両親は何も言わなかったという。娘を正妻ではなく愛人という不遇の立場に置いてしまうからという理由で、多額の資金援助をシーラの父が申し出たからだ。
シーラの母であるビルギットは、ある日、友人から特別な噂というものを聞いてウキウキしながら帰って来た。
「これで無事にシーラを侯爵家の後継に出来そうよ!」
幼いシーラの頭を撫でながら、母ははしゃいだ声をあげたのだった。
シーラの父は結婚前に幼馴染であり、恋人であるビルギットを愛していた。そして父の正妻の座におさまったペルニラにもまた、結婚前に愛し合った恋人というものが存在した。
ペルニラの恋人は商売でのし上がることに成功したという子爵家の嫡男で、娘のマリンが5歳の時の誕生日には、瞳と同色となるブルーダイヤモンドを贈ったという。
贈られたブルーダイヤモンドは、その男の瞳にも、マリンの瞳の色にもとてもよく似た色合いのものであり、娘の瞳と同じ宝石を父親が記念として贈るのは、エステルスンド王国でも割とよくあることでもある。
「娘のように可愛いと思うマリンにたまたまプレゼントしただけの事でしょう?」
「いや!そんなことはない!奴はマリンを自分の娘であると主張したのだろう!」
「娘のマリンは貴方の子です!」
「嘘を吐くな!」
愛人であるビルギットがシーラを産んだその年に、正妻であるペルニラもマリンを産んでいたのだが、どちらの子供も母親によく似ている容姿をしていた。
「前からおかしいと思っていたんだ・・」
父はマリンが自分の本当の娘かどうかを疑問に思い続けていたらしい。その疑問がブルーダイヤモンドのプレゼントをきっかけに、確信へと変わることになったという。
産んだ娘が誰の娘かを証明するのは、母親の証言が重要になるとは言っても、母親が嘘をついている場合もあるし、同時に複数人と関係を持っていた場合は、誰の子供か母親自身も分からない場合もあるわけで、
「シーラが精霊の加護を持つことが証明された今、シーラを侯爵家の跡取りとして王家からも認められることになったのだ!不義の子を産んだペルニラ!お前とマリンはこれを限りに侯爵家との縁を切ることとする!」
離縁は認められ、ペルニラ親子は生家である伯爵家へと出戻ることとなったのだ。
そうして侯爵令嬢となったシーラは、社交デビューをする年になって、
「まあ!マリンが伯爵家からデビューすることになっているですって!」
友人から話を聞いて驚きの声を上げることになったのだ。
しかも、伯爵令嬢であるビビのデビュッタントのドレスはキャンセルされて、マリンの為により豪華なドレスが注文されることになったという。完全なるゴシップの匂いを嗅ぎつけたそんな時に伯爵夫人が死亡し、娘のビビが行方不明になったという。
早速シーラは母に頼んでゼタールンド伯爵家に勤める使用人の家族を拉致することにした。そうして、使用人に伯爵家の中で実際に何が起こったのか、その真実を白状させることにしたのだが、
「くっくっくっ・・まさか自分たちの地位を確実なものとするために、伯爵夫人とその娘を殺していたなんてね・・」
満足がいく結果を手に入れたシーラは、早速マルティン王子に近づくために、密告を行うことにしたのだった。
王都で大雨が降り続けているのは、明らかに精霊の怒りを買ったから。それでは何故、精霊の怒りを買うことになったのかといえば、精霊の加護を持つ伯爵夫人とその娘を殺したからに違いない。
今年、社交デビューをする予定の令嬢には精霊の加護を持つ者が多く、加護を持つ全ての令嬢が王子の婚約者候補と言っても良いような状況の中、シーラは確実に一歩抜きん出た存在になったのは間違いない。
伯爵夫人とその娘を追い落として、伯爵令嬢に自分が成り変わったと勘違いしているマリン、身分不相応の豪華なドレスを身に纏っているマリン。わざわざ接触して近くからその姿を眺めたけれど、ゴミクズは相変わらずゴミクズなままで、いくら着飾っても滑稽なピエロにしか見えない。
「シーラ様、どうやらあの噂がうまい具合に広まっているみたいですわよ!」
取り巻きたちが扇で口元を隠しながら瞳を細めて言い出した。
「高位の身分の方々は到底看過できるものではないと驚き慌てているようですわ!」
ゼタールンドの出戻り娘が、邪魔となった伯爵夫人とその娘に毒を与えて殺したらしい。精霊の怒りのあらわれとも言われている大雨のきっかけとなったのは、加護を持つ夫人とその娘を殺したからに他ならない。
ゼタールンド伯爵が妹のペルニラをエスコートして現れたのを確認してから流した噂は、予定通り、高位身分の貴族たちの話の輪の中で弾けるように広がり続けている。
本日行われる王家主催の舞踏会は、王国に所属するすべての貴族の参加が義務付けられている。どれだけ遠方の貴族であっても参加は絶対となっている為、王国を覆い尽くそうとしている精霊の怒りに対する公式の発表があるのではないかと噂されていたのだが、その怒りの原因が貴族たちの口から口へ、弾けるように伝播した。
その姿を満足そうに眺めていたシーラは、歪な形の笑みをその口元に浮かべていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます