第14話  王家主催の舞踏会

「ビビ、お前のデビュッタントのエスコートは俺がしてやることになった」

「エドお兄様、一体何を仰っているの?」


 ようやっと屋敷の中を歩き回れるようになったビビが休憩のためにテラスに用意された席でお茶を飲んでいると、はしゃいだ様子でこちらへとやって来たエドヴァルトにそう宣言されて、唖然としてしまったのだった。


「私がデビュッタントなんか出来るわけがないじゃないですか?」

「何故ビビがデビュッタント出来ないんだ?」

「だってドレスがありません」


 伯爵家では社交界デビューをするマリンの美しいドレスはオーダーメイドで一年も前から注文されていたのだが、ビビのドレスは注文されていない。


 母が生きている時にはビビのドレスをどうしようかと楽しげに話していたのだが、母が病に伏してからはキャンセルされることになったのだ。


「母親が死んだ年にデビュッタントをするのもどうかと思うでしょう?」

 と、ペルニラは言っていたが、そもそもペルニラはビビを社交界デビューさせるつもりはなかったに違いない。だからドレスも注文していないし、デビューするための手続きも行ってはいないのだ。


「大丈夫、ビビのドレスは公爵家で用意したから」

「ですが、お父様がお認めにはならないでしょう」


 なにしろ母が死んだのは出来損ないのビビの所為なのだ。ビビのことを嫌っている父ニコライがビビのデビューを許すはずがない。


「伯爵家と公爵家、どちらが偉いとビビは思う?」

「それは公爵家となるでしょうが」

「それじゃあ、何も問題ないでしょう」


 そう言い切られてしまうと、何も言えなくなってしまう。

 そもそも、井戸の縁で倒れ込んだビビは、あの時確実に自分の死を意識した。死を覚悟したまま気が付けば公爵家に運び込まれていて、そのまま伯母と従兄の庇護を受けながら生活をしている。


「今のままでも申し訳ないのに、公爵家の力でデビューさせて頂くなんて・・」

「不相応だと思っているの?」

 コクリと頷いたビビを見下ろしたエドヴァルトは大きなため息を吐き出した。

「君はさ、俺の血族なんだよ?なんでそんなことを思うのかな〜」


 リンドストローム公爵家は血族を特に意識するお家柄のため、公爵夫人であるアリシアの姪となるビビに家族同然の扱いをしてくれている。そのことだけでも心苦しいと言うのに、まさかデビュッタントまで・・姪という立場でどこまでお世話になっているのだろうかと思わずにはいられない。


 困惑しているうちに、あっという間に時間は過ぎていき、舞踏会の当日となったところで、

「ビビ、本当にエスコートは私の愚息で良いの?他にも良い男は沢山いると思うのだけれど?」

 と、気遣うようにアリシアが言い出した。


「エドお兄様が引き受けてくださると言うのなら、それで私は十分なのですが」

「もっと、他にも良い男は居ると思うのだけれど?」


 アリシアはビビの為に大量の釣り書きを用意してくれたのだが、その中の誰かと顔を合わせることから始めるのだと考えるだけで、うんざりしてしまったのだ。社交界デビューだけでも大概なのに、結婚を視野に入れた相手探しまで行うなんて・・


「ビビ、やっぱり俺がデビュッタントのエスコートをした方が良いだろう?」

「お兄様!もちろんです!」


 結婚を意識した誰かのエスコートよりも、従兄であるエド兄様の方がまだ心安らかで居られるだろうと思ったビビだけれど、まさかデビュッタントのドレスを着るところから王宮で行うことになろうとは、その時は思いもしないビビだった。



     ◇◇◇



 社交界デビューとなる王家主催の舞踏会で、従兄のノアと共に入場をしたマリンは満面の笑みを浮かべていた。


 母のペルニラはこのままマリンがノアと結婚をして未来の伯爵夫人となることを望んでいるのだが、マリンにとってノアはあまりにも不足があり過ぎた。

「やっぱり未来は王太子妃、未来の王妃じゃなくっちゃ駄目よ」

 あまりにも楽しそうに笑うマルティン王子に心を掴まれたマリンは、自分こそが王子の伴侶になるべき存在だと思い込んでいる。


 おそらく王子は今日の舞踏会でマリンに直接声をかけてくるだろう。二人の親しげな様子を見せればきっと母も、マリンと王子の結婚を認めるのに違いない。


「あ〜ら!ごめんなさい!」

 いきなり背中を押されたマリンは前のめりとなったものの、ノアに支えられて転ばずに済んだのだが、

「まさか侯爵家を追い出されたゴミクズがデビュッタントをしているだなんて思いもしなかったわ!」

 扇子で口元を隠したシーラが嘲笑うようにしてマリンを見下ろしている。


 シーラは取り巻きの伯爵令嬢を何人も連れており、その取り巻きたちも蔑むような笑みを浮かべていた。


「ひっ・・ひどい!」

 周囲の同情を誘うためにマリンが涙を溜めると、

「なんて鬱陶しいのかしら!」

 取り巻きを連れたシーラはあっという間に高位の貴族令嬢たちが集まる方へと移動して行ってしまったのだった。


 明確な身分格差があるため、高位の貴族と下位の貴族たちは自然と分かれた状態で話の輪を作り出しているのだが、伯爵家の正式な令嬢ではないマリンはどうしても宙ぶらりんの状態となってしまう。


 昔は正式な侯爵家の娘であるマリンがシーラを突き飛ばすようなことをしていたのだが、今はすっかり立場が逆転してしまっている。


「マリン、大丈夫かい?」

「ええ、お兄様」


 心配そうに声をかけて来るノアに対して、庇護欲を誘うような笑みを浮かべた。元々はシーラのお得意の笑みだったものだけれど、高みに登ったシーラは傲慢に笑うようになっていた。そこで、自分とシーラの立ち位置の違いを感じたマリンは、

「いい気になっているのも今のうちよ」

 と、小さく呟くと、

「マリン、僕は友人に挨拶をしてくるけど君はどうする?」

 と、マリンの手を自分の腕から外したノアが言い出した。


「どうするって・・・」

 領地から戻ってきたノアは、自分なりに行方不明となったビビを探しているようなのだが、日に日に元気が無くなっていることにはマリンも気が付いていた。舞踏会の前日に王都へと移動してきた叔父のニコライと何かを話していたようだったが、伯父はビビが行方不明となっても気にしていない。伯父の態度はそうだったとしても、兄であるノアとしては感情的に割り切れないものがあるのだろう。


「それじゃあ行って来るから」

 そう言って歩き出すノアの背中を目で追いながら、まあ別に良いかとマリンは考えていた。自分は確実にマルティン王子に気に入られているのだから、従兄に取り入る必要もなくなるだろう。

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