第10話 全ては私のもの
侯爵令嬢として生まれたマリンの両親が喧嘩ばかりをするようになったのはマリンが五歳になった時のことだった。マリンが五歳の誕生日の時に、パーティーへとやって来た貴族の男性がマリンに親しげに話しかけて来て、
「秘密だよ?」
と言って宝石をマリンにプレゼントしてくれたのだが、そのプレゼントを発見した父が激怒したのだ。
気が強い母はマリンが受け取ったプレゼントは正当なものなのだと説明したけれど、父は納得出来ず、最終的には母とマリンは侯爵家の別邸に移り住むように命令されたのだった。
おしゃべりのメイドが教えてくれたところによると、本邸の方には父が囲っていた愛人とその子供が移動して来たのだという。父の幼馴染だった子爵家の令嬢は恋人同士の関係だったのだけれど、マリンの母と政略結婚をしなければならなかった父は、泣く泣く子爵令嬢と別れる・・というようなことはしなかった。
王都に瀟洒な屋敷を買い上げてそこに住まわせて、愛人として囲い続けていたらしい。愛人の娘であるシーラは本邸へと移動すると、早速マリンが使っていた部屋を利用しているのだという。
マリンの為に用意されたドレスも、宝石も、何もかもがシーラのものとなったのだ。同じ年で小柄のシーラには、マリンが使っていたドレスや靴がとても似合っていたのだという。
愛人としての立場を気にしたビルギットは、新しい物を購入せずに、正夫人やその娘が使用していたドレスや宝飾品を、嫌がりもせずに使っているのだという。新しい物を買うのはそれが必要になった時で構わないという彼女の言葉は、使用人たちの心に大きく響いていたらしい。
正夫人であるペルニラもマリンも贅沢なことが大好き。バーグマン侯爵家がペルニラを輿入れさせたのは、ペルニラの生家が用意する多額の支度金が目当てだったのは間違いない。ゼタールンド伯爵家と縁付くことで財政の立て直しを図ろうとしていたバーグマン侯爵家だったのだけれど、輿入れしたペルニラの散財によって遅々として進まず。
別邸に仕える使用人の数もどんどん減っていく中で、遂にペルニラは離縁を言い渡されることになったのだ。それは何故かと言うのなら、愛人の娘であるシーラが精霊の加護持ちであることが判明したから。
精霊の血を脈々と繋いでいる王家としては、精霊の加護を持つ者を何よりも大事にするところがあるため、庶子の扱いだったシーラであっても、侯爵家を継ぐのに何の問題もないと認められることになったのだった。
母に連れられてゼタールンド伯爵家に身を寄せることになったマリンは、そこで出迎えてくれたヘレナとビビに激しい嫌悪感を抱くことになった。それはマリンの母も同じようで、辺境伯の娘であるヘレナ夫人とその娘のビビを、父の愛人とその娘と同じように憎悪した。
全てを奪われ逃げるようにして伯爵家へと移動をしてきたマリンは、同じ年のビビから全てを奪ってやろうと考えるのは当たり前のこと。すでに爵位を継承している伯父のニコライや従兄のノアは、伯爵夫人であるヘレナのことを溺愛しているようだったけれど、その娘のビビのことは疎ましく感じているらしい。
だとしたら、自分がやるべきことはすぐに理解できた。自分から全てを取り上げたシーラと同じようにすれば、全てをビビから奪い取ることが出来るはず。
まずは使用人たちに取り入ることから始めて、出戻りである母やマリンのことを受け入れてくれる土壌を作り出す。そうして、徐々に徐々に、伯爵家の令嬢であるビビを悪者のように仕立て上げていけば良いだけだ。
侯爵邸に居た時のマリンは、シーラに対して散々嫌がらせを行った。その所為でマリンは侯爵家の問題児、悪者扱いをされるようになって、最後までその扱いを変えることは出来なかった。マリンが文句を言う度にシーラは悲劇のヒロインとなった為、その度にマリンは辟易とする事になったのだが、あのやり口こそが今のマリンには必要なのかもしれない。
幸いなことにニコライもノアも、文字が読めず書くことも出来ないビビを問題児扱いしていた為、マリンが思う方向にコロコロと事態は転がりだしていく。
「今年はマリンも成人のパーティーに参加するのね」
母はマリンの髪の毛を優しく撫でながら言い出した。
「デビュッタントにビビが参加することがあってはならないわね」
ビビとマリンは同じ年。社交界デビューも同じ年に行うことになるのだが、そうなると出戻りであるペルニラの娘であるマリンは、伯爵令嬢であるビビよりも格下の扱いを受けることになる。本当は侯爵令嬢だったのに、ペルニラとしては絶対に許されない事だった。
「そろそろ行動に移しても良い頃合いね」
母はそう言って、唇の端を歪ませる。
隣国から仕入れた毒はすでに母の手の中にある、その毒を少量ずつ、少量ずつ、伯爵夫人であるヘレナの紅茶に入れていく。
丁度領地で大雨が降り出した為、その対応をするためにニコライとノアは王都の邸宅から領地へと移動した。二人が領地に行ってしまえは、後はペルニラに出来ないことはない。
昔から伯爵家に仕える使用人たちはペルニラの言うことに従うし、家令もペルニラ可愛さに、不備なくことを運んでくれる。
あっという間にヘレナは毒で死んだ。
何故死んだかって?それは出来損ないのビビを心配しすぎて心労が重なったからに他ならない。ニコライもノアもヘレナの死を不審に思うこともなく、出来損ないのビビが悪かったのだと責め立てる。
ニコライが毒で弱ったビビを殴りつけた時には爽快な思いだった。だからこそ、ニコライとノアが領地に戻った後は、マリンは殊更にビビを痛めつけて快感を味わった。
自分の娘のようにニコライはマリンを可愛がっているし、実の妹以上にノアはマリンを愛してくれる。ヘレナとビビを排除して、その空いた枠にマリン親子が入り込む。侯爵家でやられたことを、マリンたちが伯爵家でやったところで何の問題があると言うのだろう。
マリンは愛人とその子供に立場を奪われた悲劇の令嬢、伯爵家ではビビにひたすら虐められる悲劇のヒロイン。そんなマリンが、自分を痛めつけていたビビが居なくなったというのに、必死になって街中を捜索しているわけだ。
そういう美談は誰も彼もが好きであるし、マリンのお株はどんどん上がっていくわけで、
「そうして私が全てを手に入れるの」
マリンは満足そうな笑みを浮かべる。
ビビは井戸に落ちて死んだというのだから、マリンがビビの代わりにゼタールンド伯爵家の正式な令嬢となってしまおう。シーラに反撃するのはその後から、彼女を追い落とすための手段はすでに手に入れているのだから。
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ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!
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