第11話  精霊の愛し子

 リンドストローム公爵家は、加護を持たないハルステン3世を打ち倒して王位を継承したヘドヴィグ王の弟が引き継いだ家であり、建国当時から続く由緒正しい家柄となる。


年々、精霊の加護が薄れていくことが問題となっていた為、辺境伯の娘であり、精霊の加護を持つアリシアが輿入れすることになったのだ。そのアリシアが産んだエドヴァルトは精霊の愛し子であり、精霊寄りの体を人間寄りにする為に、今まで公爵家を不在にしていたことになる。


 精霊の愛し子であるエドヴァルトにとって、人の思考というものを理解することは難しい。公爵邸で保護されることになった従妹のビビは、精霊の泉で解毒されることになり、心身ともに健康に過ごせる住環境で大切に保護されることになったというのに、

「死にたい・・」

 と、言ってはならない言葉を言い続けている。


「こっわ!」

 母の前で思わずエドヴァルトが言葉を漏らすと、

「絶対にビビを一人にしては駄目よ、分かっているわよね?」

 と、母は机の上に積み上げられた釣り書きの山を前に、真剣な表情を浮かべている。


「あの・・母上、貴女は一体何をされているのですか?」

「ビビはね、ヘレナを失って心に大きな傷を負っているのよ」


 母は手元にある釣り書きを広げながら言い出した。

「乙女の心の傷を癒すのは、恋とか愛が一番良いと思っているのよね」

 開いた釣り書きに書かれているのは、近衛隊に所属する加護をもつ男性のようで、

「ビビったら、どういった顔が好みなのかしら・・乙女は騎士に憧れる物だから・・近衛隊所属・・良いかもしれない」

 と、ぶつぶつ言っている。


「母上、その釣り書きの山は俺宛の物ではなく、ビビ宛ての物ですか?」

「そりゃあそうよ」

 母は自分の息子の顔を見上げながら言い出した。


「パーティーに参加するのにエスコートは必要、そのエスコートをする男性は、きちんとビビに向き合ってくれる人じゃなければ困るもの」

 ビビと向き合う為には『結婚』も視野に入れなければならないらしい。たかがエスコートの為に、結婚?エドヴァルトには全く理解が出来ない。 


「ヘレナの後追い自殺を今でもしたくて仕方がないビビを思い止まらせるには、恋と愛が必要でしょう?」

「うーん・・」

「例えばその相手がとんでもない奴で、ビビが手酷く捨てられるようなことがあっては困るのよ!」

「う・・うーん・・」


「私はヘレナの時と同じような失敗はしたくないの。お茶会で一目惚れしたとか何とかでニコライはヘレナにパーティーでのエスコートを申し出たの。あの時、何で私は拒否しなかったのかしら!ヘレナの感情とか思いとか、そんなものには一切配慮せずに、断固拒絶し続ければ良かったんだわ!」


 辺境から出てきたヘレナは、都会的なニコライと出会ってポーッとしてしまったのは間違いない事実。まさか精霊の加護の重要性を知りもしない男だとは思いもせずに、あっさりと交際と結婚を許した自分が悔やまれる。


「ビビには絶対に幸せになってもらわなくちゃならないのだから!人選はしっかりとしなくては!」


 目を爛々と輝かせながら、集めた釣り書きに目を通す母をその場に放置して、エドヴァルトは療養中のビビの部屋へと向かうことにした。


 解毒は済んだものの、栄養失調状態を治すにはそれなりの時間が掛かるのは仕方がない。ようやっと床上げ出来るようになったビビは、侍女が持ってきてくれた恋愛小説をテーブルの上に広げているけれど、その視線は文面を追うわけでもなく、暗い色を呈している。


 ビビの部屋には常に侍女が待機しているのだが、その侍女に部屋の外で待つように言ったエドヴァルトはビビの向かい側に置かれた椅子に腰掛けた。


「従妹のビビ嬢、俺には人の感情というものがよく分からないのだが」

「はい?」

「素晴らしい見かけの男が目の前に置かれたら、即座に女は恋をしてしまうものなのか?」

「はあ?」


 今、ビビが広げているページでは、ヒロインとヒーローが街の中で運命的な出会いをしたところであり、その美しい顔を見上げたヒロインは、ポッと頬を可愛らしく染めたのだと書かれている。


「ええーっと、小説の中のことを読み取って、エド兄様はそんなことを言っているってことになるのでしょうか?」

「小説の中というか、母上の思惑というか、傷心の乙女の心を癒すには新しい恋とか愛らしいのだ」

「それは失恋に限っての話では?」

「失恋?」

「恋に敗れた時には、新しい恋をするのが一番の良薬なのだと、こちらの小説には書かれておりましたけれど」


 傷心のビビを気遣って用意された本は恋愛ものばかり、恋愛が全てを解決すると考える母親の思考が、エドヴァルトには全く理解出来ない。


「恋人を失った傷を新しい恋人を作ることで補い、心の傷を回復させるということであるのなら、ビビはヘレナ様を失った心の傷を新しい母親を作ることで補ったら良いってことか?何だったら俺の母親を贈呈するがどうだ?」


「贈呈って・・そんな無茶苦茶な・・」

「であればどうすれば良いんだ?お前はずっと落ち込んだまま、母上は新しい恋がお前を回復させるとか何とか言って、釣り書きを山のように机の上に積み上げているぞ?」

「釣り書きですか?」


「お前が夫を見つけて恋に愛すれば、心の傷も癒えて丸く収まるとでも考えているらしい。はっきり言って俺は精霊の愛し子だから、そもそも人間の思考が理解できん」


「えーっと・・エド兄様は精霊の愛し子なんですか?」

「そうだ」


 エドヴァルトは雨が降りしきる外を眺めながら言い出した。

「精霊の加護を持つ者への迫害で、精霊の怒りを買うことはすでに三代前のハルステン3世の時代で実証済み。だというのに、ヘレナ様は毒殺されたのは間違いない事実。精霊の加護をもつお前がこのことを悲嘆して自死でもすれば、精霊は更に激怒することだろう」


「だったら自死なんか選びません!」

 公爵家に勤める全員が長雨に困り果てているというのに、これ以上雨が酷くなったら作物にも影響が出るのに違いない。


「それにしてもエド兄様にお尋ねしたいのですけれど」

「なんだ?」

「精霊の愛し子って何なんですか?」

「そこからかよ!」

 エドヴァルトは大きなため息を吐き出した。




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文字が読めないシンデレラ、毎日16時に更新していきます!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!

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