第9話  知らなかった真実

 文字が読めもせず書けもしないビビの存在は、確かに母の心労となってはいただろう。母がビビにつききりになることは多く、父もノアも寂しい思いをしたのは間違いない。


 だからと言って、妹であるビビが家から出て行けば良いなどと思ったことは一度もない。何が不満なのかは分からないけれど、ビビは男を求めて伯爵家の邸宅からその身一つで出て行ってしまったらしい。


 叔母もマリンも懸命に捜索したが見つけられず、王都に戻って来たノアは妹を捜索するために、個人的に人を雇ったのだが、

「探すのなら街中ではなく邸宅内にある井戸の中を探した方が良いですよ」

 と、報告のために現れた男はノアにこう言ったのだった。


「出戻りの夫人と娘が伯爵家の中に自分たちの居場所を確保するために、伯爵夫人とその娘を排除したというだけの話でしょう?」

 男は同情するような眼差しをノアに向けながら確かにこう告げたのだった。


「妹のビビ様が男遊びのために夜になると外に飛び出す、文字も読めず書けもしない娘は出来損ないだったために非行に走っただなんて・・伯爵家はバカの集まりなんですか?」


 侯爵家の三男で、今は市井に潜り込んで貴族相手に仕事をしているというこの男は、呆れた様子で言い出した。


「我々、高位の貴族の血筋を引く人間は、多かれ少なかれ多少は精霊の血というものを受け継いでいるものなんですけどね?時代が移り変わるうちに血が薄れて行ったとしても、時には先祖返りが生まれることもあれば、加護持ち、祝福持ち、精霊の愛し子なんて者が生まれ出ることがあるんです。文字が読めない?だから出来損ないだと言い出す心理がよく分からない」


「何故、そんなことを言うんだ?」

「まさか知らない?中位の爵位だから知らないってこと?いや、まさか・・夫人は確か辺境伯の娘だったよな・・」


 話の流れが全く理解できないノアを前にして、男は一人でブツクサと言った後に、声を潜めるようにして言い出した。


「精霊の加護持ちは様々な特徴を兼ね備えているんです。例えば、視界が我々一般人と同じようには見えず、世界が金色の糸で出来ているように見えたり、耳から捉える音が、我々と同じものではなく、自然の囁きまでもが聞こえるようになったり」


 男は咳払いを一つすると、言い出した。


「精霊の加護持ちは、その加護が強ければ強いほど、精霊が使う古代文字しか読み取れなくなるのだと言います。今のエステルスンドの国王陛下は古代文字しか読み取ることが出来ないそうですよ」


 王は一般的な文字は全く読めない、書けない、けれど暗記力だけは人並外れたものを持っているため、政務に支障はないという。


「加護を持たないハルスラン3世の話を知らないはずはないですよね?何故、ハルスラン王が暗殺されたのか・・」

「ハルスラン王が暗殺?流行病で死んだんだろう?」


「ああ・・なんてことだ・・下位貴族の中には、精霊の血を妬んでそのような教育をするという話を聞いたことがあるけれど・・まさか伯爵位でそんなことをやっているなんて」


 呆れ返る男を前に、ノアの心臓は激しく鼓動を叩き出す。

「この世界が精霊の加護で守られているっていうことは、教会の説法の中の話でも聞いて知っていますよね?」

「ああ・・だが、それはおとぎ話みたいなもので・・」

「終わってますね」

 男はうんざりした様子で言い出した。


「そんな思考で、なんで辺境伯の娘を娶ったんだ?いや・・まさか、夫人が急死したのは・・殺したから?」

 男は雨が降りしきる外を眺めながら言い出した。

「まさか・・娘も加護を持っていたのか?それで井戸に放り込まれて殺されて?それで精霊の怒りを買ったのか?」

 

 そう呟くと、金を受け取った男は慌てたように店を出て行ってしまったのだが、ノアの胸の中に表現し難い思いばかりが広がっていく。


「お兄様・・お兄様・・・」

「うん?」

「本当にケーキを頼まなくても良いんですかぁ?美味しいですよぉ?」

 甘ったるく喋るマリンの言葉が、今は安らぎに繋がらない。出来損ないの妹と比べれば、可愛くて、可愛くて仕方がない従妹のマリン。


 ビビに虐められても健気に伯爵家で生活をするマリンはノアの庇護の対象だったのだが、

「探すのなら街中ではなく自宅の井戸の中を探した方が良いですよ」

 男の言葉が脳裏に張り付いて離れない。


 この世の中に本当に精霊の加護というものがあって、その加護を持っているが故にビビは文字が読めず、書けないのだとしたら、それは喜ぶべきことであって、出来損ないと蔑むものではなかったのではないのか。


「マリン、マリンにとってビビはどんな存在だった?」

「うーん・・そうですねぇ」


 マリンは可愛らしく小首を傾げた。

 侯爵家の血を引くマリンは、高貴な顔立ちをしている。本来であれば、侯爵令嬢として確固たる地位を築いていたはずなのに、当主の浮気によってその座を愛人とその子供に奪われた哀れな娘でもある。


 そのマリンが、健気にも笑みを浮かべて、

「可愛い、可愛い、私の妹ですわね!だから私は、諦めずにビビを探し続けておりますのよ!」

 と言うと、周りの令嬢たちが感嘆するようにため息を吐き出したのだった。





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文字が読めないシンデレラ、毎日16時に更新していきます!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!

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