第8話  行方不明の妹

 社交シーズンの始まりを意味することになる、王家主催の大舞踏会。この大舞踏会は王宮の三つの舞踏会場を開放して行われるものであり、多くの貴族たちが集まることでも有名ではあるのだが、今回の大舞踏会では『王国に所属する全ての貴族の参加』が義務付けられている。


 王国では十二月が雨の季節となるのだが、通年よりも二月も早く領地では雨が訪れ、その雨が豪雨となったが為に堤防が決壊。その対応に当たるために、母の葬儀が終わるや否や領地へと帰ることになったノアは、大舞踏会に参加するために再び王都へと舞い戻らなければならなくなってしまった。


 領地を包み込むようにして降りしきる大粒の雨はどうやら王都でも降り注いでいるらしい。このような天候不順は王国中に広がりつつあるらしく、王家として緊急の発表があるのではないかと王都に集まった貴族たちは噂し合っている。その事をゼタールンド伯爵家の嫡男であるノアも耳にしているのだった。


「ねえ!お兄様!近くにとっても美味しいケーキショップがあるの!一緒に行きましょうよ!」

 大舞踏会に参加するとあって、従妹のマリンは注文したドレスの仕立て具合を確認しに店を訪れていた。人と会っていたノアは、途中でマリンと待ち合わせをして一緒に帰る予定でいたのだが、どうやらマリンはケーキショップに寄りたいらしい。


「人気のお店ですから、もしかしたらビビも訪れているかもしれませんもの!店員に話を聞いてみるのも良いかもしれませんわ!」

「・・そうだな」


 降りしきる雨の中、傘をさして移動するのは難儀なように思えたものの、従妹のマリンは泥が跳ねるのも気にしない様子で街の中を歩いていく。


 そうしてノアとマリンがケーキショップの中へと足を踏み入れると、

「あのぉ、お尋ねしたいんですけどぉ、ここにピンクブロンドの髪で鮮やかなグリーンサファイアの瞳の女性が来たことってありませんか?」

 マリンは店員に向かって親しげに問いかける。


「私の従妹の子で、街に出たまま行方不明になってしまったのですぅ。無事でいるかどうか心配で・・」

 マリンは大きな瞳に涙を溜めながら言い出した。

「心配で・・心配で・・街に出る時には・・出会った人に尋ねるようにしているのです・・」

「お・・お・・お嬢様?大丈夫ですか?」


 涙をこぼすマリンに驚き慌てた店員は、綺麗に折り畳まれたハンカチを差し出しながら言い出した。


「う・・うちでは・・そのような女性は来ていないですけれど・・行方不明とはそれは心配ですね」

「本当に・・夜も眠れないほどで・・」


 ケーキショップは流石に人気と言われるだけあって、喫茶スペースには雨が降っているというのに、貴族や裕福な家の子女たちが楽しそうにお茶をしていた。


 突然店に入ってきたマリンが泣きながら行方不明の女性がこの店を訪れていやしないかと尋ね始めた為、令嬢たちが興味津々となってこちらに視線を向けていることにノアは気がついていた。


「マリン、ビビのことは良いから、少し落ち着いて紅茶でも飲んだ方が良い」

 マリンの肩を抱き寄せながらそう言うと、マリンから距離が離れた店員は、心配そうにマリンを見つめながら言い出した。


「とりあえず他の従業員にもそのようなお嬢様が訪れてはいないか確認してみましょう」

「ええ、お願いします」

 マリンは涙を拭きながら言い出した。

「もし見かけたらすぐに、ゼタールンド伯爵家に知らせてください」


 マリンがゼタールンドの名前を出すと、こちらを伺っていた令嬢たちが騒ぎ出す。

「まあ!あの悪名高いゼタールンドの令嬢が、遂に行方不明になってしまったのね!」

「男遊びが激しいと聞いていましたもの!」


 窓際の席にエスコートされて座るマリンを見ながら口を開く令嬢もいる。

「あの方がビビ様に虐められていた方でしょう?」

「お母様が侯爵家を離縁されたとか」

「出戻りで虐められても構わずに、行方不明の令嬢を健気に探していらっしゃるのね」


 マリンはケーキと紅茶を、ノアは珈琲を注文すると、店内のかしましい声ばかりが耳の辺りへ届いてくる。


「本当に、ビビは何処に行ってしまったのでしょう・・」

 そう言って涙を拭うマリンの口元の端に笑みが浮かんでいることにも気が付かずに、目の前に座るノアは胸の前で腕を組み、悩ましげな瞳をテーブルの上に向けていた。


 母が急の病で亡くなった時、父はビビの頬を殴りつけた。

 領地までビビが遊び歩いているという噂が広がっており、社交界デビューもまだだというのに広がる醜聞が物凄いことになっている。どうやら文字が読めない、書けないということで教師との反りが合わず、ビビは非行に走ってしまったのだと叔母は言う。


 母のヘレナの心労は大きく、最近では体調も優れないため心配だという叔母からの手紙が届いた数日後に、母が急変したという知らせが領地に届いたのだ。馬を乗り継いで領地から王都へと移動したものの、母の死に目に間に合うことも出来ず、父と息子の怒りは出来損ないの妹へと向かってしまうのは仕方がないことだとは思うのだ。




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文字が読めないシンデレラ、毎日16時に更新していきます!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!

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