第7話  それは禁句

「まあ!ビビ、癒しの泉で回復することができたのね!良かったわ!本当に良かった!」


 教会から戻って来たアリシアは、ベッドに腰をかける姪の姿を見るなり安堵の声を漏らしたのだった。アリシアがビビと顔を合わせたのは十年ほども前のこと、ビビの父であるニコライが妻や子が外に出ることを嫌った為に、実の姉であるアリシアすら会うことが出来ずにいたのだった。


「本当に心配したのよ」

 ベッドの淵に腰掛けたアリシアがビビの髪を撫でながら言うと、

「シアおばさま?」

 と、自信なさげにビビが問いかける。

「そう、あなたのお母様の姉であるアリシアよ」

「で・・では・・やっぱり、あの方はエドお兄様なのですか?」

 窓の淵に背を預けてこちらの方を見るエドヴァルトの方を指差して問いかけると、

「ああ、瞳の色や髪の色が変わっちゃったから分からなかった?」

 と、アリシアは言い出した。


「私たち精霊の血を引く者は、その血が濃くなればなるほど順応の儀式をする必要があるの。つまりは、精霊寄りの体から人間寄りの体に順応させる訳だけれど、エドはその儀式を精霊都市で行ってから、瞳と髪の色が変色したのよ」


「せ・・精霊?」


 遥か太古の昔に、精霊や魔族と呼ばれる者も住んでいたとされており、殺戮を好んだ魔族を排除するために、人と精霊は協力して戦った。今は楽園の世界へと精霊たちは移動してしまったけれど、その精霊の子孫たちは今でも世界に君臨をしていると言われていることはビビも勿論知っている。


「それっておとぎ話みたいなものですよね?」

「まあ!ビビったら!」


 ビビにはアリシアが驚愕を露わにする理由が分からない。

 確かに物語の中では、妖精や精霊が出てくるし、教会で行われる説法の中にも精霊の慈悲に関わる話は星の数ほど存在する。


「三代前の王、ハルステン三世の弊害が中級から下級貴族の間に残り続けているということなんでしょう」

「そんなことがあるのかしら?」


 息子の言葉に、アリシアは形の良い眉を顰めると、ビビが不安そうにアリシアの顔を見上げてきた。


「あの・・つまりはどういうことなのでしょうか?」

 ビビの瞳に怯えが色濃く現れてきた為、アリシアはビビの痩せ細った手を安心させるように握りしめた。

「あのね、これはつまり、本当にどうしようもない話になるのよ」


 遥か昔には精霊がこの地に住み暮らしていたものの、彼らは人とは訣別をして楽園へと旅立ってしまったのだ。残された人々は精霊の血を濃く引き継ぐものを王として祭り上げて、自分たちの国を作り上げていくことになった。


 やはり年月が経つうちに精霊の血は薄くなるのも当たり前で、三代前の王の時代、つまりはハルステン3世が王位を引き継いだ時、エステルスンド王国の王は精霊の加護を持たない状態となっていた。


 精霊の加護を持つ者は様々な特徴を兼ね備えているため、加護があるか無いかは即座に判断出来るのだ。ハルステンが加護を持たないのであれば、他の王子を王位に就かせれば良いはずだったのに、その時代の王の子はハルステンだけ。


 戦もなく平和な時代が続いたため、加護を持たぬ者が王となっても何の問題もないだろうと考えられて、ハルステンは加護を持たぬまま王位を継承することになったのだった。


 加護を持たぬたった一人の王子だったハルステンは、王位を継承するまでの間、多くの苦難を乗り越えることになったのだが、彼が王位を継承した後も、やはり加護を持つ人間を王にした方が良いのではないかという意見が燻り続けることになったのだ。


 その結果、ハルステン3世は当たり前に出来ることがきちんと出来ることが全てであり、当たり前に出来ることが出来ない者こそ悪であると宣言をした。精霊の加護を持つ者は色々な特徴を備えているのだが、それが故に、普通の人が当たり前に出来るようなことが出来ない場合が多くある。


 精霊の血筋を脈々と繋いできたエステルスンド王国は、ハルステン3世の代で精霊の血を真っ向から否定するようなことを宣言した訳なのだが、伯爵以下、中位から下位の貴族たちは何を当たり前のことを言っているのだろうという気分に陥った。


 貴族として当たり前のことを当たり前にやるのは当然のことであり、それが出来ない者は出来損ないなのは間違いない。今まで『精霊の恩恵を得ているのかもしれないのだから』と言った理由で責められることを免れてきた出来損ないたちを、我らが王は彼らこそが悪であると遂に宣言されたのだ。


 精霊の血は確かに残されているし、高位の貴族や王族の中には精霊の加護を持つ者が多い。その精霊の加護があるからこそ、国は平和で安定した治世を送ることが出来たというのに、その存在自体が否定された。


「ハルステン3世の治世はたった五年ほどだったのだけれど、加護持ちへの迫害は続き、精霊の怒りによって王国は飢饉や災害に見舞われたの」 

「結局、ハルステンは暗殺されて、ハルステンの従兄となるヘドヴィグが王位を継いだ。ちなみにヘドヴィグ王はお前が金色の文字を見たっていう屋敷の裏の森の中にある泉で精霊と交渉を重ねて、ようやっと怒りを解いたっていうのは貴族なら誰でも知っている話だと思うんだが・・」

「私・・そんな話、聞いたこともないんですけど・・」


 ビビとアリシア、そして窓際に立つエドヴァルトが互いの視線を絡み合わせると、

「「はーーーっ」」

 と、二人は大きなため息を吐き出したのだった。


「精霊の話はヘレナから聞いていないの?」

 アリシアの問いにビビは首を横に振った。

「されていませんし、伯爵家では精霊の話は禁句だったので」

「禁句?」

「何故?」

「お父様が精霊神話が嫌いですし、先代様も同じようにお嫌いだったそうで、教会で説法として聞く分には問題ないけれど、家の中ではすることはなかったです」

「本当に・・許せないわね」


 ビビがキョトンとした顔で見上げると、アリシアの美しい顔がみるみるまに怒りで真っ赤に染まり上がってしまったのだった。 




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ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!

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