第5話  井戸に落ちたのかもしれない

 出戻りであるペルニラ夫人が伯爵家の令嬢であるビビを痛め付けていたのは間違いない事実であるし、古参の使用人たちは、ペルニラが伯爵夫人であるヘレナと娘のビビに毒を盛っていたことも知っている。


 最後に見かけたビビは毒の影響でまともに歩くことも出来ずに、這いずるように廊下を移動していたのだ。そんなビビを見つけたマリンが乱暴に蹴り付けている姿を見た者もいるし、手の甲を足で踏みつけて痛め付けているのを見た者もいる。


 毒で倒れた伯爵夫人を離れ屋へ追いやった後、毒入りの食事を食べさせられ続けていたビビには、夫人と同じような症状が出始めていたのも知っているし、喉の渇きと苦しみから彼女が井戸へと向かっていたことも知っている。


 その問題の井戸の淵には、擦り付けるようにして付着した血の跡が残っていたし、お仕着せを着たビビの姿はそれ以降、屋敷の中には見当たらない。


「恐らく水を飲もうとして井戸の中に落ちたのだと思われます」

 顔を青ざめさせた家令の報告を受けたペルニラは、苛立たしげに目の前に置かれた椅子を蹴り上げた。


「だったら今すぐ井戸の中を確認したら良いじゃない!」

「それは無理です」

 年老いた家令は雨が降りしきる外を眺めながら言い出した。

「恐らく井戸の底へと沈んでしまったのでしょう。この雨の中、井戸の中を捜索するのは非常に難しいですし、井戸に落ちた者はお嬢様と同じように死んでしまうでしょう」


 家令は額の汗を拭きながら難しい顔で言い出した。


「どうせ死んだのであれば、そのままあの井戸は塞いでしまった方が良いのでは?そうしておいて、夜遊びのままお嬢様は行方不明とした方が、旦那様のお心を煩わせることもないと思うのですが・・」


「そうね、確かにそうかもね」

 伯爵であるニコライが領地に引きこもっているのは、長雨によって領地の堤防が決壊したからだ。その対応に当たっているため、息子のノアと共に領地から出られないような状況となっている。


「南の雨が王都の方まで移動して来たのかもしれません。この雨はしばらくの間、続くのではないでしょうか?」

 だから井戸の捜索は諦めて塞いでしまおうと家令は言っているのだが、ペルニラは苛立ちを露わにする。


「気に食わないわね、出来損ないはもっと地獄を味わうべきだったのに」

 家令としては、もう十分にビビは地獄を味わっただろうと考えている。


 貴族令嬢として文字が読めないことは大問題となるけれど、文字が読めない平民はそれこそ世の中には山のように居るのだ。だったら、文字が読めないということを理由に修道院に入れてしまっても良かっただろうし、大金を積んででも貴族と縁を繋ぎたいと考える商人の元へ輿入れさせても良かったのだ。


 父であるニコライが居ないものとして扱っていたし、嫡男のノアが毛嫌いしていた関係で、娘のビビは伯爵家では冷遇されていたかもしれないが、それでも毒を与えた上で男たちの餌食にしようとするのはやり過ぎだと考えていたのだ。


 ここでビビが井戸に落ちて死んだのは、天の差配に違いない。屋敷内でのビビの扱いは視界に入れるのも嫌になるようなものだった為、ビビが死んでホッとしている屋敷の使用人はそれこそ山のように居るのだ。


「お母様、雨の所為でお茶会が中止になってしまいましたわ〜」

 ペルニラの部屋へとやって来たマリンは甘えるように言い出した。

「お茶会に参加できないのは残念ですけど、今度の舞踏会ではエドヴァルト様も参加されるでしょう?だったら素敵なドレスを作らなくてはなりませんわよね〜」

「マリン、どうやらビビが井戸に落ちて死んでしまったようなのよ」

「まあ!なんてことかしら!」


 マリンはクルクル回りながらはしゃいだ様子で言い出した。

「そうしたら、どんなお話にしたら私に有利となるかしら?ビビが男漁りをして夜になっても帰って来ないという話を広めているから、私が夜の街に勇気を出して探しに行ったというようにしましょうか?探しに行った先で、ビビが刺されて死んだらしいという噂を聞いたので、犯人を探そうと私がしているようにしましょうか?」


「この娘ったら、探偵気取りになってエドヴァルト様に声を掛けるつもりなのね?」

「良いアイデアじゃない?エドヴァルト様と一緒にビビを殺した犯人を見つけるのよ!」


 はしゃぐ二人を見つめながら、家令は生唾を飲み込んだ。

 ビビお嬢様を殺した犯人を見つけるって、間違いなくビビお嬢様を、更には伯爵夫人を殺したのはこの二人だというのに何を言っているのだろうか?


 先々代の伯爵夫人から溺愛をされて育ったペルニラは奇妙なほどに歪んで成長をすることになったのだが、その歪みが理由で侯爵家から出戻って来たのは間違いない事実となる。実の父と母からの矯正はうまくいかず、遂には殺人まで犯すようになってしまったのだ。


 可愛らしくも愛らしい伯爵家の令嬢は、今では毒の花となって君臨をする。毒を使って相手を苦しめるし殺しもする。気に入らない者は即座に解雇してしまうので、誰もがペルニラに服従しているような状態なのだ。




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文字が読めないシンデレラ、毎日16時に更新していきます!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!

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