第3話 出来損ないの娘
母が病で倒れると、ビビは使用人の服を着るように叔母であるペルニラから申し渡されたのだった。
「お前が出来損ないだから、お前の母は病んでしまったのよ」
ペルニラの娘であるマリンは、メイドのお仕着せを着るビビを見て、ニヤニヤ笑いながら言い出した。
「精々、母親のために働くがいいわ」
病が他に移ると困るからという理由で離れ屋へと移動することになった母の面倒をみることになったビビは、母が粗末な部屋で寝かされている姿を見て驚き慌てたのだが、他の使用人たちはさもそれが当たり前だという様子で、ベッドの他には小机と椅子しか置かれていない部屋にビビを押し込んだのだった。
母の部屋に運ばれて来るのは最低限の食事だけ、その食事ですら母は食べることが出来なかった。毎日、医師は顔を出すだけで母の顔を見ようともせず、脈に触れるようなこともせずに帰っていく。
母の世話をするのはビビ一人だけ。毎日、食事も摂れずに血を吐く母親の面倒をみていたビビが、絶望する暇もないうちに母は亡くなってしまったのだった。
母が亡くなったと医師が確認をすると、ようやっと母屋の方から使用人がやってきた。そうして血まみれの母は、使用人たちによって綺麗に拭き清められると、ようやく自分の部屋である伯爵夫人が使用する寝室へと移動させられることとなったのだ。
母が亡くなった翌日には父と兄が伯爵邸へとやって来たのだが、いきなり父に殴りつけられ、兄に罵倒されたビビは何も言えなくなってしまった。
泣きながら訴えるペルニラとマリンの言葉ばかりが邸宅内に鳴り響く。
文字も読めない、満足に文字も書けないビビは蔑みの象徴のようなものだったけれど、その出来損ないの娘の頭には『母殺し』という冠が載せられることになったのだ。
周りの突き刺さるような非難の眼差しを受けながら葬儀を終えた数日後、ビビの体に母と同じような紫斑のまだら模様が浮き上がる。
与えられる食事は最低限のものであったけれど、それに毒が盛られていたのだろう。体力はあっという間に無くなり、口から血を吐き出した時に、ビビはすぐ近くに忍び寄る死を覚悟した。
実の父と兄は葬儀が終わるのと同時に逃げるように領地へと移動をし、母が死んだのはビビの所為だと思い込んでいる。だから、彼らには何一つ相談することなど出来やしない。
毒に侵された体で必死に床の掃除をしていると、近くの部屋から漏れ出た声が、
「ビビは外で男遊びをした末に娼館に売られたということにしましょう」
という声が聞こえてきた。
「金持ちの老人のところに売る予定じゃなかったっけ?」
くすくす笑うマリンの言葉に、
「毒を入れる量を間違っちゃったのだから仕方ないわね」
というペルニラの声が聞こえてくる。
「毒に侵されていても、あの娘と遊びたいという子が屋敷にはそれなりの数は居るみたい」
「部屋に連れ込ませたうえで」
「今夜にも・・」
逃げるように廊下を移動したビビは貧血を起こして倒れ込んでしまった。それを見つけたマリンがビビの手の甲を踏みつけたけれど、虫ケラの骨を折ったところで彼女の心が悲しみに暮れることはない。
「もう・・死のう・・」
這いずるように屋敷の外に出たビビは、井戸まで何とか辿り着くことに成功した。ここから井戸に身投げをすれば、それで終わり。この苦しみからようやっと解放されることになる。
文字が読めず、書けないビビは、伯爵令嬢としては出来損ないで、生きている価値すらないのだろう。すでに毒に侵されている身では、母と同じようにすぐに死んでしまうだろう。だとするのなら、叔母たちの思惑通りにならずに死んでやる。
ペルニラやマリンの思い通りになってやるものか・・その一念で井戸までやって来ることは出来たけれど、井戸の上に乗り上げる力がビビには無い。
「死なせて・・」
「殺して・・」
「お願い・・」
誰かが自分を覗き込んでいた、だから、懇願した。どうか殺してくれと、母の元へ行かせてくれと。
◇◇◇
「この娘がビビなの?」
四人姉妹であるアリシアの、一番の末の妹であるヘレナの娘。
「これは・・一体どういうことなの?」
体に浮かび上がる紫斑の模様は、ペリギュラの根を利用した毒物の症状に他ならない。
公爵家御抱えの医師の見立てによると、回復するかはどうかは五分五分の見立てで、このまま放置していれば、十日ほどで死んでいただろうと言われている。
「ゼタールンド伯爵家の娘であるビビは、出戻ってきたペルニラ夫人とその娘を虐め抜いている苛烈な娘であり、娘のために心労が重なった所為で病が急速に進行し、ヘレナ叔母さんが亡くなった・・・という噂は嘘になるだろうね」
公爵家に運び込んだ少女は確かにグリーンサファイアの瞳を持つ。これは公爵夫人であるアリシアと同じ色の瞳で、アリシアの一族の女性にのみでる瞳の色でもある。
「暴力を受けて虐められていたのはビビだったということ?」
「彼女は文字が読めないというから・・」
「それは・・彼女に与えられたギフトの一つじゃない!」
「ヘレナ叔母さんがそのことを夫であるニコライ・ゼタールンドに言わなかったということは、信用していなかったということになるんじゃないかな?」
エドヴァルトはそう言って、頭を抱える母の姿を見下ろすと、
「もちろん、伯爵家も、出戻り親子もただで済ませるつもりはない」
と言ってにこりと笑う。
「もうすぐ、王家主催の大舞踏会があったよね」
開け放った窓から外を眺めたエドヴァルトは、公爵邸の後ろに広がる森を眺めながら言い出した。
「大舞踏会までに、何としてでもビビを治さないといけないね」
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ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!
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