第14話 事件後のスーサイド
道徳で世界は回らない。
世界を回すのは数学であり物理であり科学であるとする。
でもそれは違う。
そうだったら加害者狩りが起きていない。
「人は理屈では動きません。人は気持ちで動くんです。僕がそうだったように、世間は僕を助けようとして動いてくれています。彼等の失敗は自分を正当化する為に理論武装したという一点に尽きるでしょう。気持ちで動いている人間に理屈を並べた所で意味が在りませんから。理事長が警察署に来てくれた事だってそうでしょ?」
「そうだね。だからこそヒメちゃんも康平君に味方しようと決めたんだろう」
世界は確かに数学や物理や科学で回る。
しかし世間は道徳で動くのだ。
孤独に苦しんでいる人間に手を差し伸べる事は難しい。時には僕のように規律違反をしてでもしなくてはならないという事もある。だから彼等はその規律違反を雛型にして法律違反をしたのだろう。
優しくあろうとするのが僕の道ならば。
正しくあろうとしたのが彼等の道で。
その正しさが叩かれている事を認める事が出来ないから余計に自己正当化をしてしまう悪循環。
理不尽で不条理だと感じただろう。
正義と呼ぶには少しばかり義の部分が足りない感じもしたが。
正しいのに世間から詰問され断罪されなくてはならないのだから。
無論、それは僕が自殺する時に感じた事でもあったのだけれど。
だから結局、加害者狩りというのは僕が感じた事の追体験に過ぎないのかも知れない。
スーサイド・シミュレーション。
自殺の体験学習。
自殺が巻き起こす数多の不幸と幾多の憎悪。
そういうのが起こり得るのだと。
人々は学ぶ事が出来たわけだ。
今回の騒ぎは、そういう類の矯正プログラムだったのかもしれない。
割れた器を直そうとせず。
中身だけをテンコ盛りにして。
人々は義憤に駆られた。
それが間違いで。
それが狙いだったわけだ。
「加害者はそれでも自殺していませんから皮肉なもんですけどね。厚顔無恥というか盗人猛々しいというか、新遠野市を離れ逞しく強かに生きて行こうとしています」
「しかし、それは『逃げ』なんじゃないか?」
「三人目の彼女が悪いともこの場合は言えないでしょう。逃げ道を塞ぐ事が自殺教唆に自殺幇助なんですから、彼等は自殺させられるまで逃げるしかない。僕がそうだったように、僕等がそうさせられたように」
「神仏庁付属高校は康平君の他にも他人の功績を真似していたという事が世間にバレてしまったようだねえ。幕府の偽物でしかないテンプラーは解体されずに機能されるというし」
「正義の味方に本物も偽物も無いですよ」
「そうだろうか?」
そうだと思うしかないだろう。
優しくない彼等にはそういう優しさを考える機会が必要だ。
力無き民の為に自己犠牲出来る程、彼等は道徳を重んじていないのだから。
能力だけで世界が回るなんて思わないし、能力以外で世界が回るとも思わない。
ただ、人々が動くのはいつも気持ちだ。
だからこそ僕は加害者狩りという僕の自殺の弔い合戦に対して迷惑だなと思う気持ちもあれば感謝の気持ちも確かに在った。悪者をやっつけたいという幼い正義感から流れに参加した者も当然居ただろうし親より先に自殺してしまった事に心を痛めた大人も参加していただろう。誰が加害者狩りの狩人だったのかなんて僕には知る由もない。
「ただ、こっからです。物語は折り返し地点。ヤオロズネットは人々の負の思念を形にします。大神降ろし事件と加害者狩りが重なった五月九日。完全に僕の誕生日は人々に大きな事件が起こるのだというジンクスを植え付けてしまった」
「それさえ自分のせいだと考えてるね、康平君の場合は」
「苦しむ事だけが答えに繋がる道であると僕は信じています。ドMですからね」
そのドM道を侍道だというのだけれど。
ハードモードじゃないとトゥルーエンドには到達出来ない。
世の理はいつも変わらない。
理事長は大きく煙草を吹かしてどこか遠くを見つめる様な眼差しをして言った。
それが悔悟するような口調だったのは気のせいじゃない。
「康平君には余計な物ばかり背負わせてしまったね。私は失ってしまった康平君に新たな道が現れるようにと君を生徒会長に推薦したのだけれど、結局、君は君の自殺に縛られる運命だ」
「僕の不幸にはあまりに多くの人間が巻き込まれました。巻き込んだのは僕を殺した人間ですけど、それでも彼等が責任を取る事から逃げているならば僕が責任を取らなくちゃならない。これから加害者狩りじゃない『被害者狩り』が行われる事は間違いありません。次は世の中を騒がせてなんの説明もしない僕等が狙われる」
いつも攻撃性を向ける生贄を求める。
十字架に磔にした者に石を投げたいのだ、人々は。
誰かのせいにしたいのだ、人々は。
「…難儀な宿命だね。康平君は」
「それでも死人が命張る事が出来るってんですから、まだ救われますって」
「結局、犯人は妖怪モードが無い人間ってノリ君の推理は正しかったわけだ。裏神降ろしと呼ばれる妖怪モードどころか、表側の神降ろしさえしていない人間だった」
「騒ぎを起こした人間という意味じゃ確かに犯人はそうですが…」
殺されたって。
生きてさえいりゃ、道は何処かに繋がる。
自殺に追い込んで自殺せずに逃げ出した加害者。
きっと彼等はこの先、過去を無かった事にしようとしながら生きるのだろう。
狩る者と狩られる者の鬼ごっこ。
それを必死で知らんぷりしながら生きるのだろう。
それならそれで良い。
殺されても仕方のない理由を抱えたまま生きるのだって自由だ。
普通は。
そんな事、出来る筈がないのだけど。
普通は。
謝って、弁償して、償うのだけど。
まずは謝るのが、普通なのだけど。
「そういや康平君。三人目の彼女は君が壊れる決定的な一言を言い放ったとの事だったけどさ。一体、彼女は君に何と言ったんだい?」
「覚えていない、なんて言うのはダメですかね?」
「彼女の名誉を守るためかい?そりゃ甘過ぎるってモンだろう」
「じゃあ、秘密って事で。なんせ多感な高校生なので」
僕が言われた、僕が決定的に壊れた一言こそ。
今度は僕が彼女等に言うべき台詞であるのだが。
そもそも僕が何故三人目の彼女にそう言われたのかを考えると。
やっぱり僕はイジメが原因で険悪な雰囲気になっている学校そのものを守ろうとしたからで。
ああ、やっぱり僕はあんな学校を守ろうとせずに爆破してしまえば良かったんだと。
今更ながらに気が付いた。
僕が言われた、僕が決定的に壊れた一言こそ。
正しく、人殺しを擁護する彼等に向かって言うべき台詞なのだから。
そのセリフを思い出す。
僕を壊し、彼等に言い放ちたい言葉。
いつまで逃げてるの?。
これもまた皮肉な事に。
『彼女』にとっては比喩でも暗喩でもなく、そのまんまの意味になったわけだが。
「しかし解からない事がまだ存在する。何故、犯罪心理学の先生は君へのイジメ自殺についての情報をリークしてまで人々の感情を煽ったのだろうね?そんな事をすれば暴動騒ぎになるのは当然だろう?君は〈巷で話題の紅い武者鎧の神人〉として新遠野市の治安を護っている大人気の正義の味方なんだから」
「別に正義の味方は人気商売じゃないんで…。そもそも理事長の為に暗部で動く僕は不人気であるべきなんですけど。そうですね。あの犯罪心理学の先生は守りたかっただけだったんです。僕が孤独な少女を守る為にルール違反をして皆から殺されたように、彼もまた大事な存在を護ろうとしてルール違反をした。そういう意味でのみ、今回の加害者狩り騒ぎは僕の自殺踏襲していたと言えるのかもしれませんね」
猿が蒼い柿を蟹に投げつけたのは蟹がムチャを通していたからだけ。
真っ当な正義感とは言わないし幼い正義感という未熟さから選択した行動なのだろうけど。
その猿を守る為、猿蟹合戦という物語に事の次第を大きくしたのだ。
加害者は三人目の彼女だけじゃない。
キヨミンのような主犯格は何人も居るし、残念な事に被害者になってしまった二人の女の子のようにあまり深く関わらなかったものの僕の自殺を知る人間は決して少なくない。
木を隠すには森。
彼はたった独りの扇動者を守る為、加害者全員に罪の重さを等価値に与えたのだ。
人を自殺させて人生を狂わせているのだから五十歩百歩なのだが。
人は理屈じゃ動かない、である。
「理事長、なんか御酒が全然進んでいませんね?本日は理事長が好きな土佐の栗焼酎もご用意していますし、肴も大船渡の魚介を用意してますんで」
「そりゃ飲みたいけどねえ。加害者狩り騒ぎが落ち着いたとは世間が言っても私のような政治にも関わる人間にとっちゃまだ進行している事柄なんだよなあ。君が契約している神様はなんと話しておられるのかな?」
ヤオロズネットを介さない、アナログな神様も当然新遠野市には存在する。
信仰心厚い土地に現れるのは電子の神様だけじゃない。
そもそも僕が生きているのは何故だ?
首を括ったというのに。
母親になます切りにされたというのに。
その答えは簡単。
僕は、ヤオロズネットを介さない神人だからだ。
神降ろしをしていれば命を式で固定される。
そして僕は、五歳で既に神降ろしをしていた。
その辺のお話はまた別の物語で語る事になるのだろう。
この物語は僕の誕生日のお話なわけだし。
「人間の起こす事件に神は干渉出来ないと。神様といっても土地神なんですけどね。お地蔵様は人間が起こした事件は人間が解決しなさい、だそうです。事象になれば神様は手出し出来ても今回の騒ぎは結局事件の枠組みを出ないと。それと旧市街裏山の社がそろそろ積雪で潰れそうだから助けてとも話してました」
「難儀な神様だね、お地蔵様も…」
「笠地蔵が信仰基盤の僕だからこそ地蔵菩薩が契約神なわけですけど。本多・加藤の両名は遠野の赤河童と契約してますので問題とするならばあの二人の方が危険です。あの魔人カップルは遠野妖怪の王様と契約してんだから」
「だからこそのあの強さだろうしねえ…」
平坂の父親とは思えない程に落ち着いた理事長はこうして僕の家にお酒を飲みに来る。
心配して来てくれる。
その気持ちには応じなければなるまい。
壊れた器であっても中身を詰め込まんとするのは、それだけ人々が優しいからなのだから_。
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