第9話

 僕を自殺に追い込んだ人間が死ぬ。その犯人は僕であると誰もが思う。

 つまり其処まで僕と加害者の関係はある意味で深く濃密であると言えるかもしれない。友人ではないし友人なんかになりたくもないような世の中を計算式で動かせると考えている勘違いばかりだが、しかし繋がりという点でのみで言えば僕等は家族以上に強い絆で結ばれている。

 彼等はその絆を無かった事にしようと躍起になっているし。

 僕はその絆こそ彼等に懸けられた解けない呪いだと思っている。

 恐らく王子様のキスで目覚める事も無い。

 何故なら僕は眠り姫じゃないし、僕は普通の男子だからだ。その王子様のイメージが筋肉ダルマの忠宗だったので少しだけ嘔吐をしそうになったが、其処はなんとか我慢した。

 話を現実に戻すとしようか。

 昨晩、加害者の一人が死んだ。身体を濃硫酸で焼かれた状態で発見されたと言う。

 そしてすぐさま大量のお巡りさんが僕の家に駆けつけ、僕はパジャマ姿のまま何が何だか解らないままで警察署に連れて行かれたのでした。

 で。

 現在、取調室じゃなく。

 簡素な警備課の応接間にて。

 捜査課じゃなく。

 警備課の、応接間にて。

「いや、わりいな康平。大神降ろし事件の関係者が死んだとあっちゃ、まず最初に疑われんのはお前だからよ。それに調べられると色々と困る事情もあいつ等は掘り返そうとするだろうからな。お兄ちゃんとしては面倒臭い事はなるだけ回避してえんだ」

「いや、兄貴。お巡りさん達、普通に玄関のカギ空けて入って来たんだけど?母屋にこんな人間入るのかってぐらい、漫画みたいに大量のお巡りさんがさ?それも重装備の機動隊の皆さんがだ。僕はあまりに突然の出来事で普段から兄がお世話になってますってお茶を出す事すら出来なかったんだぞ?」

 ちなみに機動隊の皆さんはそのまま徳川家に残り、あの家とキヨミンを護っているとの事。僕が犯人だと思うのは警察だけじゃなく、世間様もそうだ。いわれなき風評被害や報復被害だのの二次被害への備えだろう。

 本当、夜も遅いのに重たい重装備でお疲れ様です。

「ああ先生の生活はなるべく邪魔しないようにと言っておいた。離れには近づくなってな」

「師匠の生活を守る為じゃなくて近づいたらお巡りさんが殺されるからだろ…」

「あのパッツン美人、オリジナルの神降ろししてんだろ?黙ってれば最高に可愛いヒメちゃんと同じ神降ろししてる奴の生活を邪魔するなんか自殺行為だからな」

 応接間に兄貴の吸うマルボロの匂いが満ちて行く。確か、署内は禁煙だったはずだが。

 そんなもん気にも留めずに慣れた仕草で火を点ける。

「署内全館禁煙でしょ?」

「この寒いのにベランダでなんか吸ってらんねえ。煙草吸いに行ってガタガタ震えて帰って来たんじゃ一服してる意味がねえ。喫煙者には厳しい時代だよな、喫煙者は多く税金を納めているってのにだ」

「だからって此処で吸うのはヤバいだろ。色々業者さんとか来るんじゃないのか?」

 此処は応接間である。間違っても休憩室じゃない。

「良いんだ。みーんな此処で吸ってんだから」

「本丸ん中での生徒会室みたいなもんか…」

 工業高校の男子高校生は煙草を吸う生徒が多い。未成年でタバコを吸う事と決して不良が多い事とは等号では結びつかないが、僕の周囲でタバコを吸わないのは僕だけだ。萌え豚の井伊君だってなんだか周りにいると鼻がスースーいうような匂いの煙草を吸っている。

 教職員交えて皆で仲良く生徒会室で、だ。

 この禁煙の波が押し寄せ今や教職員ですら喫煙場所に困る現代、教職員と生との垣根を越えて喫煙者の皆さんは生徒会自治が不可侵領域である事を利用して生徒会室を喫煙所とした。過ぎる取締りはこうやって抜け道を探すようになるので僕個人としてはあまり好ましくないと思っているが、それだって吸わない人には関係の無い事である。何にでも抜け道を探す事に慣れた人間が出来上がる事こそが受動喫煙よりも怖いと僕は思うがね。

「で?」

「んあ?人がなんだ一服してる時に」

「僕を拉致してどうすんのさ?もし僕が捜査線上に挙がったら例え容疑者を警備課に保護してますって言ったとしても、刑事さんあのおっかない顔して此処に来るぞ?」

「だってお前にはアリバイがあるだろ。そもそも大神降ろしが公に公開されていない以上は連中もお前を自殺を理由に特別扱いはしねえさ。此処にお前を連れて来たのは警察ってよりは世間から護るって意味合いが強え。それにお前ともなかなか会えなかったしな。次の加害者狩りが起きねえとも決まってねえんだ」

 その兄の想いは素直に嬉しかったが、それとは別の想いが僕には沸々と湧いて来ていた。

 そもそも加害者が死ななかったら、僕は疑われなかったんじゃねえか?と。

 そもそも人を自殺に追い込んでおいて、僕に謝罪もしないで勝手に死んでんじゃねえ。

「兄貴、僕もマスコミより早くガイシャの名前を知る事は出来る?」

「出来る訳ねえだろバカ。良いからさっさとお前はパジャマを着替えて来い。なんだ、その茶太郎そのまんまの着ぐるみパジャマ。身内として俺は恥ずかしい。そして、ちょっとだけ俺も欲しいと思ってきている。くれ、それ」

「残念だが、この着ぐるみは非売品なんだ。欲しいなら伝統工芸科に発注かけてくれ」

 結構、地元の子供達からも人気のこの着ぐるみパジャマ。

 勿論、このキャラクターのモデルは我が家のマスコットである茶太郎だ。

 旧市街の子供達に作るならクラスメイトも喜ぶだろうが、警察官に作るとなると彼等は思い切り手を抜く事が判っているし。誰が自分達を普段から叱りつけている口煩い不良警官に着ぐるみパジャマなんぞ作りたがるものか。

 伝統工芸科は全員が幼馴染だ。だからこそ徳川紀康に対する評判はすこぶる悪い。僕ん家でゲームして遊んでると「ときメモしてるんだろ?」と必ず部屋に入って来たからだ!

 ときメモ。

 この美少女ゲームが乱立されて飽和している時代に、ときメモ。

「大体、なんで僕が軟禁されなきゃなんねんだ」

「お前は小さな頃、優しいくせに他者への攻撃性がデカかった。まあ自分が虐待を受けていたんだからそれを当たり前だと思っていたんだろうけどな。だがお前が傷付けた人間はお前に明確な憎しみと明確な敵愾心を持っているだろう。そんな奴等はお前が犯人だってマスコミが騒げば堰を切ったように徳川家に押し寄せるぞ?被害者感情ってのは一生消えねえ」

「大神降ろし以外で、僕が被害者を作ってた?」

「ガキんときは誰にでもあるだろ」

「確かに、僕は女子を下に見ていたような、気が…」

 小さな頃、小学生の頃だったか。男女合同でサッカーの試合をしていて味方の女子を全員自軍ゴールの前にズラリと並べた事が在った。負けたくないから女子で身体の壁を作った事があった。勿論今考えるとトンデモない話だし、まず女子を矢面に立たせる捕虜扱いをしていた事が何より申し訳なく思う。僕にも在った。そういう、負けず嫌いな時代の事が。

 自分の負けず嫌いに誰かを巻き込む様な、そういう、人間らしい時代が。

 キヨミンが僕を敵視するのも当たり前の話だ。僕は、間違いなく女子の敵なのだから。

「ま、そういう苦情を俺が何とか誤魔化し揉み消してきたわけだが?」

「素直にありがと…」

「で?まだ大神降ろしの全容を言うつもりはねえのか?お前は誰を庇ってる?」

「庇う?僕は自殺をした被害者だぞ?」

 小さな頃、沢山迷惑をかけた事は知っている。だから肉親が胸を張れるような弱き人間を救うような人間になろうとした。どんな手を使っても、どんな立場になろうとも。サムライってのは信じた者の為なら死ぬ事も厭わない生き方だから。

 それが全ての間違い。世の中には、か弱き善人を装う悪しき遊び人もいる。

 知らない人じゃない、寧ろ知っていると言って良い人だった。僕が助けようと、した人だった。何故かは、彼女の名誉を護る為に言わないが。その理由は墓まで持って行くつもりだから。

 何の為に?

 彼女の未来を護ったと言う記憶が欲しくて。

 誰の為に?

 僕と、彼女の為に。

 か弱き善人を装う事が生きる道であった、悪になるしか生きる道が無かった彼女の為に。悪に成るだけの痛みを耐え続けていた彼女を護れなかった僕の失敗を糧にする為に。僕は意地でもサムライを続ける。ちなみにお巡りさんに本当の事を言わない、嘘をつき捜査をかく乱するってのは犯罪なんだが。

「てかひどい話じゃねえか?手前勝手に僕を殺しておいて、手前勝手に殺されたら僕が自動的に犯人って。其処に僕の自由意志は全く無いんだから」

「まあ、そうかもしれねえな」

 自分ではどうにも出来ない他人の事情に振り回され、そして犯人扱いされるかも知れないと言うだけでこうして警察署に保護と言う名目上の軟禁だ。バカバカしい、本来保護するべきなのは僕じゃなく他の加害者だろうに。僕が警察官と仲が良く普段からお世話になっている事実や事情はさて置いてもだ。僕を自殺に追い込んだ連中の内の一人が死んだとあれば、他の人間も続いて殺されるかも知れない可能性を危惧するべきだ。基本的に『べき論』を嫌う僕だが、この場合は生命保持の為の定石である。

「まあ、お前が大神降ろしについて何も言いたくねえってんなら良い。だが警察の邪魔になるような事だけはするな。もう俺等は残業出来る時間が残ってねんだ」

「警備課、超勤使い過ぎなんだって…」

 公務員は月に稼働出来る超過勤務時間が決まっている。何処の部署でも超勤の使い過ぎはある話だろうが、警察組織が慢性的な人材不足なのは狭き門であるゆえの弊害か。まあ其処で民間に業務の下請けを行うモデル事業が幕府というか僕自身なのだが。その僕でさえ超過勤務可能時間の残りは三時間も無い。

「兎に角、お前はパジャマを着替えて此処でジッとしてろ。殺人事件ってかな、田舎町で起きちゃいけねえんだよ。こういう顔を濃硫酸で焼かれるとかいう異常な事件っつーのは。地域住民の不安が広がる早さは都市部の何倍以上も早い。そしてそれは祟りの発生に直結する」

「あ、其処で祟りに対する即応要員として僕を連れて来たって側面もあるのか」

「殺人事件にしても、今回のはちと狂ってっからな。祟りが発生しても不思議じゃねえだろ。お前を自殺に追い込んだ他の加害者が誰なのか、大体のところは警察も把握してるがよ。正直なところオメエしか解らないグレーなゾーンってのがあんだよな。んで真実ってのは大体がその曖昧なグレーゾーンに隠れてるもんだ。敵なのか味方なのか、加害者なのか被害者なのか、そういう境界線の上を視る角度によってコロコロ行き来するヤツが大抵真犯人なわけだが」

「いや、それ真犯人もだけど被害者もコロコロ立場が変わるんじゃない?」

「法における被害者ってのは財産と生命を脅かされた者の事だ。その立場は変わらねえよ」

「その見る立場ってのに警察も入ってんだから難しいよな。僕はもう警察側でしか物事を見る事が出来ないようになってるんだし。それが正解かって言えば正解では無いだろうし」

 そのグレーゾーンにこそ大量の人間が居る。直接イジメに関わらずとも、極端な話をすれば同じクラスメイトだったというだけで警察は容赦なく任意同行を求め内臓をグチャグチャに掻き回されるような独特のあの見透かす眼をして質問を続けるはずだ。

 それを回避する有効な手立てが無い。

 無いからこそ、僕は大神降ろし事件に関して一切何も喋らないと決めた。

 兄貴の吸う煙草の煙が応接間に広がっていく。煙草を吸わない人間は信用しない。僕が煙草を吸わないからだ。殺風景ではない応接間には大きめのテーブルと簡素な造りのソファが二つ。テーブルの上にはお茶請けと兄貴が置いたドリンクホルダーに設置するタイプの携帯式の灰皿。

 不思議なものでタバコというツール一つを置いただけで親近感がわくのは何故か。本来嗜好品であるはずの煙草は今や禁煙の波を受けて数少ない喫煙所でのコミュニケーションツールとなったと兄貴は言う。なら喫煙所で吸えと僕は思ったがこのクソ寒い時にベランダで吸いたいとも思うまい。恐らく署長はそう喫煙者に嫌がらせをする事でタバコを吸う人間を無くそうとしたのだろう。自分に都合の良いように環境を作り変える嫌がらせをする体質、だから煙草を吸わない人間は陰湿な感じがして信用ならないんだ。

 今度会ったらケツに火の点いた煙草でも突き刺してやろうか。署長は切れ痔だし、タバコの葉には血管収縮による止血作用があるしな。まあ、思いっきり火ぃ点いてんだけどな。それでも傷口を焼いて塞ぐという応急処置も世の中にはあるので、署長は自分のケツにどの道煙草が突き刺さるという悲しく狂気じみた未来を回避する事は出来ないだろう。

 切れ痔の新たな治療法が確立された瞬間である。

「まあ、お前の場合教えなくても自分で調べて強制捜査かますぐらいはしそうだしな。今回変死体で発見されたのは新市街に住む女子生徒だったろ。神仏庁付属高校に通う、な?」

「学校側も大忙しだろうなあ」

「で、だ。アチラさんはお前の身柄を要求してくる可能性も高い。なんせ犯人は徳川康平で決まりだと騒いでる連中も向こうの高校内部には既に居る。その騒ぎが大きくなればなるほど、教職員もその流れに便乗するしかなくなる。学校ってのは驚くぐらい生徒全体の動きに左右される脆弱な組織だ。教員が反徳川を掲げる生徒を抑えつけているなんてのは三日も保たないだろ。まあお前が通ってる学校があまりにも大らか過ぎるんで忘れがちだろうけどよ?一つの大きな学校ってのを構成する歯車は間違いなくガキ共だ。そのガキ共が一斉に回る事を辞めたら学校何てもんは簡単に壊れる。その場合、お前は生贄としてもう一回神仏庁付属高校に通学しなくちゃならなくなるな」

「転校した人間を迎え入れるとは思えないけど…」

 元々神仏庁付属高校に通っていた僕は一年もしないうちに転校した。その理由は無論イジメと自殺なのだが。転校したのは僕だけじゃなく、主犯格の一人であったキヨミンもだった。彼女もまた、元々は神仏庁付属高校の生徒。恐らくは昔の連絡のつく友人から僕の居場所を聞くぐらいはしているだろう。それで聞いたうえで僕を護ろうと躍起になるのだろう。彼女の神降ろしは罪を償おうとする心によって支えられているから。

「で、此処からが重要だ。可愛い弟よ。今回死んだ仏さんはたまたまお前を自殺に追い込んだ人間だったのかも知れねえ。殺人じゃなく自分で硫酸被って死んだのかも知れねえ。変死体である事は殺人とは結びつかねえからな。でもな?『これが一人目だから』お前はまだ無事なんだと言う事を知っておけ。そして『もし連続で加害者側に死傷者が出た場合』の時の身の振り方もお前は考えておけ。いいか康平。加害者が死ねば死ぬ程に容疑はお前に降りかかる。容疑というよりは逆恨みだな。俺は神仏庁付属高校ってところの人間性を良く知ってるつもりだ。なんせお前が自殺した時に一斉に自分は悪くないアピールをするような輩だからな。だから俺はお前に一つ宿題を出す。『このヤマをどんな手を使ってでも連続殺人事件にするな』。お前、それ失敗したら本気でトンデモねえ祟り発生すっからな?」

「言われるまでもないよ」

 祟りは災害みたいなものだ。発生させないにこしたことは無い。しかしその思いとは別に僕の中には一つの大きな感情が沸々と湧き上がる。やはり、理不尽だと思うのだ。自分を殺した人間が死ねば、自動的に殺された人間が犯人だという世間の眼は。

やっていない事をやったんだろと言われる事は辛く、何よりも納得させるのに多くの時間と多くの物的証拠を用意する必要がある。兎角、イジメ問題に証拠は出辛い。しかし被害者である僕が声を上げる事自体が一つの、そして唯一の証拠になる事は加害者側も承知しているようであり、承知されているからこそ僕は執行猶予と言う形で何も喋らずを決めたというのにだ。

 なんだよ、これ。

 やった事をやってないと言われるのもキツいけど、今回のはそれ以上だぞ。

 何を言っても納得なんかしない連中を相手にしなきゃなんねえんだから。

「兄貴。僕さ、伝統工芸科の実習で打掛、振袖と小袖の製作があるんだよね。迎賓館での会合に出席するお姫様の奴だから納期厳守なんだけど?」

「んじゃ此処で作れば良いだろ。そもそも刀鍛冶コースのお前がなんで振袖と小袖なんか作らなきゃなんねーんだ。ムチャクチャ難易度高いんだろ?」

 それは誰よりも僕が聞きたかった。材料の縮緬も先方から指定されてきたから、かなり気合を入れなくてはならない。職人としては振袖に縮緬使うなよって思ったけど。安い縮緬と高い縮緬じゃ見た目ですぐに解るから作る方も大変なんだ。

 刀鍛冶コースの筈なのに伝統工芸科は何でも作らなくては単位にならない。

 確かに自然と喧嘩しない伝統工芸や民芸品の製作というのはヤオロズネットからの霊力を通し易く、ある種のエンチャントを含むのは理解しているが。

「神降ろしあって本当に良かったと思う。スキルパックが無けりゃ僕みたいなガキが職人技なんか使えるはずが無いんだし。そして宿したのが〈クロウ〉で良かったと思う。追加のオプションプログラムを詰め込める量が多いからこうして器用貧乏になる事が出来た」

「俺の〈ヨリトモ〉は完全に戦闘用のオプションプログラム入れてっけどなあ」

「そりゃお巡りさんと職人じゃ違うだろ」

「お前は職人じゃねえ。サムライを自称するパート警察官だぞ」

「仕事の無いサムライは番傘を作って飢えを凌いでいたらしい。しかもその番傘がまた出来が良くて吉原で働く女性に人気だったとか。平坂が吉原に行くとは思えないけど」

「ヒメちゃんがそんなんなったら俺は退職金全部使ってでも身請けするがなあ。あの子の場合、ほんっとエロに抵抗無いからなあ…」

 アメリカ人だから、だろう。ヤツの本籍はまだサクラメントにあるはずだ。サクラメント州なんか何処にも無いと思っていた僕だが、サクラメントは都市の名前であり州の名前じゃない事を知ったのはつい最近だったのは秘密である。

「そういや、茶太郎は?あの豆柴はどうしてる?」

「交通課の婦警がどっか持って行ったな。愛玩品としてアイツはアイツで頑張ってるんじゃねえか?食う為には働かなきゃならないのが社会だしよ」

 犬ですら働くというのに。その飼い主の僕は今、その働き者の犬を模した着ぐるみを着てなんもしていない。警察署に軟禁されつつ、兄と生産性の無い話をしている。身辺警護を軟禁と呼ぶのかどうかはその対象者による。護ってくださいと頼んでいない人間を守ろうとする事自体が迷惑となる場合もある。僕の大きな失敗もそれだった。

 しかし、どうしたものかね。流石に普段からお世話になっているお巡りさんをぶっ飛ばしてまで脱出をするわけにはいかないだろう。寧ろ普段からお世話になっているからこそぶっ飛ばしても許してくれるのではないかとも思ったが、それが仕事以外の場所でならば許されそうだが今回は仕事として僕を保護しているわけであるからして。

 僕が逃げる、それは彼等の仕事の邪魔でしかない。

 そして逃げずにお巡りさんと協力して加害者を傷付けようとしている輩を何とかしようにも、世間様の考える第一容疑者が僕であるのでそれもイメージダウンに繋がるので出来ない。

 あれをしてはダメ。これをしてはダメ。僕が兄貴の結婚式で無理やり歌わされた関白宣言にも似た何かを感じる。しかし、こう、何重にも枷を僕に与えるのは何故か。

僕が動く事が多くの人間の迷惑になるからなのか。

 それとも、誰かに不利益を与えるからなのか。

 僕がどこかに行ってしまわない為に首輪に足枷に手錠を付けようと?

 着ぐるみのまま考える。

 勝手に死んで、そしたら勝手に疑われて。

 それでジッとしてろというのは、ちと僕に失礼過ぎやしないか?

 あまりにも僕と言う命を、軽視し過ぎてやしないか?

 そう扱っても怒らず許して貰えるから、僕にならば理不尽を与えても良いと思ってるからか?

 ふざけんな。

「加害者狩りって、結局彼等が加害者だと言われる所以は僕を自殺に追い込んだからだろ。なら当事者の僕が動いていけない道理は無い。大人の事情とか世間様の事情とか、結局それは僕に関係の無い経済面での話だろ。僕が動けば余計な仕事が増えるとか余計な気苦労が増えるとか。僕が自殺をした時に救おうともせずに火消し作業だけをやっていた大人の事情になんで僕が合わせる必要があるんだ?そもそも加害者って呼ばれてる連中は元は僕の友人なんだぞ?」

「元は、だ。誰か一人でも菓子折り持って謝りに来たか?誰も来てねえだろ?俺は一人の警察官だが警察官の前にお前の兄だ。弟がイジメで自殺に追い込まれたってだけでムカつくのに、その追い込んだ連中が誰も謝りに来ない時点で連中には加害者の呼び名しかねえんだよ。人を殺して無かった事には出来ねえ。やっちまった事を無かった事には出来ねえ。だがよ?もう康平に関わらないから許して?という罪滅ぼしの選択肢は明らかに自分が可愛いだけの自分に都合が良いだけの甘えだ。それにその選択肢はお前以外の誰かをまた自殺に追い込んだら、またそいつと縁を切りゃあ罪に問われない。そう言う事だろ?」

 兄貴はまたマルボロに火を点けた。さっきまでの飄々とした感じは無く、相当怒っている事が伺える鉛の様に重く冷たい空気を作りながら。兄貴が怒るとすぐに解る。上目遣いで人様を睨み、副流煙を誰彼構わず吹きかけて来る。確かに無関係を貫く事に償いの意味は無い。けれど、彼等は他に何が出来ただろう?

 縁を切る事さえも奪えば、それこそ彼等は逃げるしかなくなるぞ?

 自ら死を選ぶしか、無くなるぞ?

「このまま彼等を追い詰めてみろ。加害者が一族郎党自殺して終わりだ。自殺の流行なんか、それこそどんな祟りを産みだすか解らない」

「それを選んだのは連中だ。人を殺すというのは殺されても良いという意思表示だ。なんか、お前、さっきから聞いてると頭おかしいんじゃねえかって思うぞ?なんで殺した連中を護ろうとしてんだ?優しいのも度が過ぎると周囲からの不信感に繋がるぞ?」

「殺されたからって殺したいわけじゃねえよ」

「ウソをつくな。いいか康平?お前が宿した妖怪モードは何だ?理不尽に自殺に追い込まれた事による恨みが形になったモンだろ。自殺如きとお前は思うかもしれねえが、ドラッグ体験だの援交体験だのとは全く異質なんだよ、自殺だけはな。イジメによる、自殺だけはな?」

 結局は嬲り殺しにされる他殺だからな。

 そう言って、兄貴はマルボロを満足そうに吹かす。

 どうやら、これ以上話す気は無いという彼なりの意思表示らしい。

 だがこのまま着ぐるみパジャマで此処に居る訳はいくまい。平坂の着物の製作だって、まだ一歩たりとも進んじゃいないんだ。何とか、誰もが納得した形で僕が家に戻 る選択肢を選ばなければならないだろう。

 僕が連れ戻されない為にも。

 彼等を死なせない為にも。

 自然、全身にグッと力が入る。

「もし此処で僕が暴れて脱出したとして、結局、また此処に来る事になるんだよなあ」

「警察官が肉親である宿命だな。諦めな?」

「今、加害者の親御さんはどんな心境なのかを思うとこうしてる場合じゃないってのに…」

「犯罪者の子を持った親の事なんか知るかよ。お前は此処に居るのが最善なんだ」

 誰のための最善なのか。

 それは僕の為なのだろうか?

 面倒な話である。自分のやりたい事をやる事すら問答無用で誰かの影響を受ける。

 お前が何かをする事が他人に影響を与えるから黙ってろという、暗黙の脅迫。

 枷。

 社会的責任という枷。社会的役割という身勝手に与えられた枷。

 出来ない事をやれと僕に求められるハードルは高くなるばかりで周囲は僕の「出来ないです」を許さない。そして僕は焚き付けられて「やってやるよコンチクショー」となる程に自分のプライドを護りたい人間じゃないし自分が其処まで好きな人間でもない。粛々とマイペースにやるべき事をやるだけ。

 なのにそのやるべき事すら許されない。


 考えろ。

 僕が此処に居て得をする人間は誰なのか。

 僕が外に出て損をする人間は誰なのか。

 世の中、損得で大局を見ればすぐに黒幕は見えてくる。


 応接室の外からはバタバタと忙しそうに走り回る騒音にも近い喧騒が耳に届く。加害者狩りの情報が内と外から入って来ているのだ。外側からの情報は提供された物であるから何処まで信用出来るのかは判らないが、情報は多い方が良い。そして彼等の生活を守る事もまた警察の仕事である。加害者狩りを止める事と加害者狩りから護る事は当然同時進行。そのどちらかの業務は恐らくこのまま幕府に回されるだろう。捜査権を持つ僕が此処にいるので加害者家族の護衛が主要な任務として与えられる筈。

僕を自殺に追い込んだ連中を守らなくてはならない。だからこの任務に積極的に参加する人間はきっと一人も居ない。僕以上に怒っている忠宗は勿論、加害者と同じ立場であり僕を救う事が自分の贖罪なのだと決めたキヨミンも謝罪と贖罪両方から逃げた彼等を護りたいとは思わないだろう。やりたくない事をしないというスタンスのカズホッチはそもそもやらないかもしれないし、お姫様は「やるわきゃねえだろぉ?どうしても警護をして欲しかったら酢豚とエビチリを夕食として私に与えろぉ徳川ぁ?それと杏仁豆腐も忘れるなぁ?」とゴネるだろう。

 飯作れば素直になるお姫様以外、多分この案件で動く人間はいない。

 幕府のスポンサーだとはいえ、警察からの依頼に強制力は無い。依頼の数は日に日に増えており、別に加害者狩りの案件でなくてもヤオロズネットの安定と発展に貢献するという活動の目的は達しているからだ。となると警察はお抱えの幕府でなく神仏庁付属高校に外注を出す事となるのだが、寧ろ彼等は自主的に加害者狩りの脅威から身を護ろうとしている筈だろう。僕を自殺させた彼等が動くとは思えない。

 此処までで自由に動けるのは平坂一人。

 大神降ろし事件を知らないアメリカからの転校生だからこそ、動けるお姫様。

 部外者が正しい選択と判断が出来る唯一の存在であるというのは皮肉だし真理だ。

兄貴にバレないように平坂にナノマシンの相互通信でのコンタクトを取ってみる。

『こちら徳川。聞こえるか?』

『はいはーい♪私ですよぉ?ヒメちゃんですよぉ?』

 夜も遅いのにテンションの高い癒しボイスが僕をほんの少しだけ楽にしてくれた。視界上部に表示されたサブカメラには女子寮で文字通りゴロゴロ転がっているお姫様が映し出されている。どうやら部屋にはルームメイトのキヨミンも居るらしく、ベッドの上でポテチを食べながら転がる平坂の後ろには何やら電話中の姉代わりが見えた。

『ベッドの上で物を食べながら転がるんじゃない。行儀悪いぞ?』

『もう本日の営業は終了なんです。お休みの時はスイッチを完全にオフにするのが私の休憩術ですからね。てか、何です会長さん?そのラブリーな豆柴の着ぐるみ』

『伝統工芸科特製の着ぐるみパジャマ、茶太郎ヴァージョンだ』

『そして其処何処です?会長さんの部屋じゃないですよね?』

『新遠野市警察署三階の警備課応接室だよ』

『間違っても着ぐるみで行くとこじゃないと思うんですけど……』

 例え制服だとしてもあまり来たくない場所だが。

 そんな事を話す為にお休み中のお姫様を呼び出したのではない。

『今、巷で騒がれてる加害者狩りの事。お前どんだけ知ってる?』

『んー。出回ってる情報以上の事は私も知らないですね。噂程度の確証の無い情報は探せば幾らでも出て来ますけど。会長さんを苛めていた人が濃硫酸かけられて死んだんでしょ?心理学の先生の家で見たテレビ以上の事は知らねえっす』

 言いにくい事をサラッと言う。この辺りがアメリカの地域性なんだろうか?

 日本でも相当大人しい東北の文化がおかしいと言われれば、その通りだというしかないのだけど。

『その加害者狩りが原因で僕はお巡りさんと一緒に居るんだ。僕が最有力の容疑者だって世間が騒いでも、大丈夫なようにって』

『ああ、なるほど。彼等の罪に対して罰を与えるに相応しいのは被害者である会長さんしかいないと安易に考えちゃうって事からでしたか。お疲れ様ですー』

 サブカメラで漫画本を持ちながら転がるお姫様がどうでも良い風に労ってくれた。

 実際、どうでも良いのだ。平坂も忠宗以上に怒っているのだから。

『あ、会長さん。先に行っておきますけど。私、動きませんからね?』

 そして先手を打たれる僕。

 ピシャリと、シャッターを閉められる。

『具体的に言えば会長さんがご飯を作ってくれたとしても動きません。例え私が大好きな料理だけをテーブルいっぱいに並べられても私は動きません。明日になればきっと生徒会室のパソコンには加害者狩りについての案件が依頼として挙がるでしょうけど。それも重要度の高い優先すべき依頼として挙がる事でしょうけど。ですけど、きっと誰も動きません。当然キヨちゃんもカズちゃんも忠宗君も動きません。幹部級以外の生徒の皆さんもきっと誰も動きません。会長さんの個人的なお抱えである酒井君や井伊君ならばとも思いましたけど、やっぱり動かないでしょうね。確かにこの街で加害者狩りと騒がれているのは知っています。会長さんを自殺に追い込み大神降ろし事件を巻き起こした張本人が次々と殺されていくんじゃないかという憶測とか次に狙われるのはこの人間なんじゃないかという推測もヤオロズネットに相当流れています。もう既に主犯格の家族構成や両親の勤務先の情報だったり自宅の住所までが漏れていますから、一刻も早い解決を求められるのは理解出来ますけどね。私は、動きませぇん』

『ぐ…、でも、罪に罰を与える事が必ずしも正しくはないんだ』

『知らへんですよ、そんなん』

 どうやら本気で癒しの姫君はこの案件に対して我関せずを貫く姿勢の御様子。僕の予想は見事斜め上に吹っ飛んで行った。ポテチを食べ終わりポッキーを齧りながらゴロゴロと転がるお姫様は加害者狩りについて本当に無関心らしく、今は部屋でバラエティを見て笑っている。サブカメラの彼女は僕の言葉が届いていないような錯覚さえ覚える程に此方の話に無関心だった。これでは怒りを露わにする忠宗の方がまだ会話になる。愛情の反義語は憎悪で無く無関心だとは言われるが、此処まで無関心だと冷徹を通り越して非情であるとも言えないだろうか。

 癒しのお姫様は、優しくない人間が大嫌いなのだ。

 身勝手に人を殺すような人間が、死ぬ程嫌いなのだ。

 死んでんの、僕だけど。

『僕は警察署に軟禁状態なんだ。二人目の被害者がもしも出た場合、人の負の感情はヤオロズネットに必ず溜まる。次は自分かも知れないという狩られる事に対する恐怖と、あまりにも大きな問題となった事件だから自分が助かる為の自首さえ出来ないという閉塞感は確実に祟りを産みだす。なんとなく凝り固まったバグぐらいなら良いさ、祓う事も出来るし。でも負の感情に同調した[悪魔としての名前のある祟り]が産まれてしまったら今の僕等じゃ街に被害を出さず祓う事は不可能だ』

『それは逆に街の被害を考えなかったら祓う事が出来るんです?』

 可能だ。その方法も至極単純だ。

 単に祟りよりも大きな力でぶつかれば良いだけである。

『僕の場合、妖怪モードを使えば祟りを祓う事は出来る。でも街が消し飛ぶんじゃ意味が無い』

『熱核ナパーム弾を懐に抱えたお巡りさんですもんね、会長さんって』

 なかなかに上手い表現だ。

 皮肉が効き過ぎていて座布団をやるとは思わなかったが。

『そもそも会長さんが自殺したのってパレート最適によるものでしょ?会長さんは不満タラタラな国を救う為に見捨てられた村なワケじゃないですか。皆の為に犠牲になった会長さんがまた皆の為に頑張るんです?』

『パレート最適って説明が適切なのかは解らないし、そもそもパレート最適がどんな状態を指すのかも僕は知らないけど。小難しそうで知りたくも無いけど。そんなん言ってたらお巡りさんは嫌いな人を助けませんってのと一緒だ。驚愕すると思うぞ?一一〇番して「ああ、俺お前嫌いだから自分で何とかしてな?」なんて言われたら』

 兄貴なら本気で言いそうだったので怖くなった。

 そしてそんな対応をされたらきっと人間って爆笑すると思う。

 THE・職務放棄。

『私達、嫌いな人間でも助けなくちゃならないんです?』

『税金から僕等にバイト代っていうか職務手当が出てる以上はそうだな。てか、一人で任務に当たるのが嫌ならキヨミンにも手伝って貰ったらいいだろ』

『キヨちゃんは今、モモタロゾンビを倒しているので忙しいのです』

『じゅうべえくえすと知ってる世代じゃねえぞ?僕等…』

 兄貴さえまだ子供の時であり、僕に至っては産まれているかいないかだ。

 確か、貝獣物語のシステムを受け継いだ続編だと僕は記憶していたが。

 すげえネーミングセンスだと改めて感心する。

『キヨちゃん、レトロゲームにハマっているみたいですね。じゅうべえくえすとをクリアしたら次は忍者らホイ!に挑むようです。ヤオロズネットに検索をかけてみると当時話題となったゲームのようですね。完全に私達産まれていませんけど』

『さだいじんドクロを倒したら一旦帰って回復した方が良いと伝えてくれ…』

 忍者らホイ!に限っては、既にクリア済みだった僕。旧市街だけじゃなく新市街の電気屋さんと巡ってすんごい探したもんだ。でもなかなか見つからず、結局、忠宗が見つけて来てくれたのだった。現在専門店では物凄い高値で取引されているらしく、忠宗は自作の時計を代金代わりにおいて来たのだとか。

『キヨミン、レトロなRPG好きだからなあ。多分クリアするまで動く気ねえなあ…』

『カズちゃんは横スクロールのレトロなアクションゲームにハマってるみたいですね』

『横スクロールのレトロなアクションゲームっていうと、やっぱロックマンか?』

『いいえ、シュビビンマンです』

『だから僕等その世代じゃねえんだって…』

『シュビビンマン知ってる高校生ってなかなか居ませんよぉ?』

 居てたまるか。

 お前等揃いも揃って時代に逆行し過ぎだ。

『で?お前はなにやってんだ?がんばれゴエモン外伝Ⅱ~天下の財宝~でもやってんのか?あれは名作だぞ?僕も剣道を必死で頑張ればいつかゴエモンブレイクが使える様になるんじゃねえかって思ってた事も在ったぐらいだ。RPGとして戦闘のバランスが絶妙でな?それともマニアック路線でラグランジュポイントか?不朽の名作のMADARAか?MADARAは僕もやり込んだぞ?マダラと顔が似てるとか昔から言われてたから興味が出てな?忠宗から探して来て貰ってな?最初のダンジョンのヨウチエンで何回ゲームオーバーになった事か』

『もう会長さんがどうでも良くなっちゃってるじゃないですか。私はあの二人みたいにレトロゲームはしませんもん。今はちょっと懐かしい名作をしてるぐらいです』

 ゲーマーのお姫様の事だ。

 またコアな奴をしているのだろうか。


『アストロノーカしてます』

『ああ、確かに名作だな…』


 普通に懐かしいゲームだった。

 さして笑いも起きないレベルで。

『がんばれゴエモン繋がりだと、ゆき姫救出絵巻の音楽はハズレ無しだよな。一応僕も皆に歌舞伎みたいに戦うって言われてる人間としたら、ああいう和風でオサレな音楽はチェックしておかなきゃならん。ほろほろ寺の幽霊とかテンション上がるし』

『マッギネスの紀州峠も良いですねえ♪』

 この振れば応じるレスポンスの良さはお姫様ならでは。しかしレスポンスが良くてもどうしても加害者狩りの任務を引き受ける事に抵抗があるらしく未だにウンウンと唸っている。

 頭では祟り発生が懸念されると言う事は理解しているのだろう。

『このまま祟り発生させちゃって、皆で祟りを祓うって選択肢は無いんですもんねえ…』

『アホ。街中でG級モンスターみたいな怪物とドンパチなんか出来るか』

『其処なんですよね。会長さんを自殺に追い込んだって事は祟りの発生する場所は間違いなく人の営みのある市街地なんですよ。人の営みの中で会長さんは居場所を無くしたんですから。こう、方向性のある祟りってんですかね?なんとなーく負の感情が溜まって固まった祟りなら良くないモノが集まる場所をある程度特定して予防線も張る事が出来るんですけどぉ』

『原因が明確であれば明確である程にハッキリとした祟りになるからな。そういう輪郭のある祟りは例外なく強力だ。だから街中での戦闘を行うって状況が既に任務失敗を意味する』

 公共工事がドンドン行われて経済は廻るが、信用を失っては元も子もない。

 それでなくてもキヨミンや平坂はハグレ祟りの討伐の際に多くの建造物を壊して来たんだ。

 無人の公共の建物ならばまだ良いが、それが住民の生活する一般家屋となると大問題だろう。

 幕府が暴れたせいで生活する場所を失ったと騒がれれば僕等は二度と活動を許されない。

『勿論、お巡りさんの方も身辺警護で動いてるんですよね?』

『だな。現在主犯格とされる人間の自宅周辺を警備課が警戒してる。その中でも重要参考人の一人であるキヨミンの家は兄貴が実家に寝泊まりして警戒するみたいだな』

 その兄貴はさっきから携帯でゲームをしているのだがね。そのマルボロを何本も消費しながらサボる姿は威風堂々としていた。

 サボりを極めた人間が持つ独特のオーラを出しながら。

 肉親として同僚の皆様方には本当に申し訳ない。

 この人、昔からほんと要領よくサボるからな。

『じゃあ私達幕府はどう動くのが正解です?やっぱり会長さんを追い込んだ連中一人一人の自宅にブッコンでみるしかないです?』

『それじゃお前が加害者狩りの犯人だと思われるだろ。彼等の自宅は警察が視界内戒護を徹底してくれてるだろうから、幕府はいつも通りに遊撃だな』

『好き勝手にしろって事ですねえ…』

『犯人は捜査課の怖いオジサン達が調べてくれてるから手出し無用だ。この街のデカは鬼より怖い。勝手に動いて捜査を撹乱なんかしようものならデッカイ声を出されて一生分怒られる』

 当然、犯人が誰なのかを調べるのも僕の目的の一つとしてあったが。

 今はこれ以上の被害者を出さない事が何よりも重要だ。それに顔の見えない犯人に対して此方から仕掛ける事は難しい。仕掛ける事が出来ないのではなく、仕掛けの威力がデカ過ぎると言い換えても良いだろう。それは一族郎党を崩壊させるような一手だ。そしてその一手を打つ事が出来るのも平坂ただ一人。ヤオロズネットの生体サーバーである平坂陽愛ならば、この街の全てをその気になれば知る事が出来る。

 無論、そんな事をすれば平坂の精神が狂う。

 だから、難しい。

 匿名の暴力に対しての傾向と対策はいつも後手に回る。

 それは空気中に漂う悪意に向かって剣を振る行為にも似た無味無臭で無為な時間。

 網を張るのが捜査課の仕事ならば、僕等幕府が張るのは自身の気だろう。

 気張って、気を配り、気を練る。

 何処に居るのか判らない相手に対して、その尻尾を掴む為、その牙から護る為。

『会長さんは完全に動けないんですよね?』

『此処から出ようものなら機動隊の猛者が全員で襲い掛かってくるだろう』

『有無を言わさず、やっつけちゃえば良いんじゃないです?』

『無理だ。機動隊の皆さん、普段から僕を気にかけてくれる本当に良い人ばっかりだし。それに僕の家に重装備の機動隊員が居座っている以上は幕府本部が使えん』

 最悪、というか最終、その手段を選ぶと選択肢もあるんだけど。僕が出て行ったから事態が急転する事はあるまい。僕は確かに物語の主人公かも知れないけど、英雄でも何でも無い。ただの柴犬とゲームが好きなだけの貧しい学生だ。だから軟禁状態を突破して平坂と合流するような事態にならない事を祈る。出来るならば、この加害者狩りが解決してからノンビリと警察署を出て行きたいのだが。

『取敢えず明日の放課後、平坂は僕ん家で兄貴と合流してくれ。何をしたら良いか判らなかったら兄貴に指示を仰げば何かしらやるべき事を教えてくれるだろ。誰が犯人なのか判らないから勝利条件の無い任務になるけど、敗北条件を満たすわけにはいかん』

『なんだって面倒な任務になりそうですねえ。まずやれるだけやってみますけどぉ?』

 兄貴が煙草を吸い終わり、応接室には濃密な匂いが漂う。

 どうやら僕以上にサボり癖のあるこの男もようやく動くらしい。

「康平、ヒメちゃん、なんだって?」

「やれるだけやるってさ」

 そうか、兄貴は僕と平坂の通信が終わるのを待っていてくれたのか。ただ煙草を吸って携帯でゲームをしていた訳じゃなかったようだ。僕も忘れてたけどこの人妻子持ちだもんな、そりゃ空気ぐらい読めるだろう。

 そして普通に内緒でテレパスをしていた事もバレていた。

「兄貴は犯人の目星とか推理とか進んでんのか?」

「あん?おいおい康平君。推理だのなんだのってのは結局は消去法だろ?論理的展開だの数式的な理論だの、そういうのは可能性が在ったのかどうか、可能性が無かったのかどうかを理屈っぽく言うだけだろ?この街で探偵ごっこなんか意味ねえぞ?ヤオロズネットあんだから」

 確かにそうだ。奇跡の力を存分に利用しているこの街じゃ推理だの証拠集めだのはあまり効力を持たない。当然、兄貴は警備課の人間であり捜査課の人間では無いからという理由もあるのだろうが。昔からこの人は匂いで何となくなんとかしてしまう人だったからな…。

「ま、俺の持論だけどよ?俺等警察がお前等ガキ共に期待する事がそのまま犯人に繋がってんじゃねえかって思うんだよな。神降ろしなら警察官もパッケージングされたナノマシンを定期的に注射されてっから其処まで重要じゃねえんだが、お前等が宿した変異型の神降ろし、妖怪モードっつったか?あれはもう祟り相手の最終兵器みてえなもんだ。お前の自殺、大神降ろし事件でお前に連なる人間の大半が同時に変異したわけだがな」

「悪かったよ。自殺しちゃって」

「ま、それは終わった事だから良いんだ。俺が思うのは妖怪モードってのはお前の自殺に対して真摯に向き合ってるかどうかが変異条件だったんじゃねえかと思ってんだ。自殺したお前、自殺しているお前を救えなかった忠宗、お前を自殺に追い込んだ清美、清美達のような加害者一派に怒りを覚えた旧市街のガキンチョ共。でもお前を追い込んだ神仏庁付属の連中には妖怪モードの発現が無い。つまりはお前を殺した事に向き合ってねえと言う事になるだろ?」

「普通向き合えないって。人の生き死になんか」

 向き合っても良い事無いし。

 向き合ったら妖怪を宿すんだし。

「そうだ。加害者ってのは自分の犯した罪を認めようとしない。なんとか正当化しようとあれこれと考え根回しをする。だから神仏庁付属の人間も加害者狩りの犯人じゃない。そうなると犯人はお前に近しい人間に絞られる訳だが。しかし此処でその妖怪モードってのが邪魔になって来るんだ。お前の自殺に対する激しい感情が変異条件なら、妖怪モードを持ってる人間は他の人間よりも多く痛い思いをしているって事になる。そして激しい痛みを知る人間は例え加害者であっても無闇に傷付けるような真似はしない。早く大人になるからな」

「妖怪モードが邪魔?」

「察しの悪い奴だな。つまり犯人は妖怪モードが無い奴。お前の自殺に無関係な奴だ」

「それこそ在り得ないぞ?大神降ろしで友達は全員が妖怪モードを宿したんだし」

「本当にそう言い切れるか?」

「ん?」

 いつもヘラヘラ笑う兄貴の眼が笑っていない。いや、今は凄みを以て嗤っている。

「お前、自分の周りにいる人間が全員友達だとか思ってねえか?」

 その声がやけに響いたように聞こえたのは、音が遠くまで聞こえる深夜だからだというだけでは無いだろう。考えるのも気が滅入る話だが確かに僕は友人に恵まれ過ぎていてその考えは思い至らなかった。

 なるほどな。僕の周囲の人間で妖怪モードの無い人間が怪しい、か。

「ま、俺の仕事は加害者であった清美を護る事だしな。犯人なんざどうでも良い」

 そう言って兄貴はサッサと応接室を出て行こうとする。

 着ぐるみパジャマの僕を無責任にも残して。

「あとお前、こっから出んなよ?トイレもこの部屋あっからしばらく此処に居ろ。飯も職員に用意させっから」

「出ないって。普段からお世話になってる方だ。仕事の邪魔はしない」

「なら良いけどな」

 そう言うと本当に兄貴は無情にも弟を残して出て行ってしまった。


 さ、早速出る為の準備をしよう。


 取敢えずは武器だ。応接室にあるフォークや灰皿を最低限の武器として考えて、やはりまずは給湯室に向かって刃物を入手する必要がある。

『平坂。んじゃ明日から頼むな?世話懸けちゃうけど』

『全くです。じゃあ明日、また此方から連絡しますね?』

 サブカメラに映るお姫様はそう言ってゴツい寝袋に入った。もう時間も遅い。どうやら今日は寝る事にしたようであり、その野宿のような様子はレバノンの兵士のようだった。

『ほんじゃ、バイバイキーン』

『バイバイキーン♪』

 ブッ、と。

 視界上部のサブカメラが閉じる。

 僕は早速応接室の中央に備え付けられたテーブル、その上に敷かれたテーブルクロスを引き抜く。兄貴のマルボロが未だに煙を吐き出している吸殻に婦警さんから出されたコーヒーをかけて消火。ゴミ箱へ。ズシリと重いガラスの灰皿をテーブルクロスで覆い包み込み三角巾の要領で両端をしっかりと結んだ。そのままでは真ん中から飛び出す事もあるので灰皿に巻きつけるように石油ファンヒーターの電源コードで固定。そしてテーブルクロスの両端同士を更に結べば手製のフレイルの出来上がり。あとはコーヒーと一緒に出されたケーキに添えられたフォークを着ぐるみのポケットに忍ばせておけば取敢えずは大丈夫だろう。

 僕は一体、何故こんな事をしているのか。

 それはさっきの兄貴の言葉が理由だ。「お前、自分の周りにいる人間が全員友達だと思ってねえか?」それは。あまりにも直接的な注意喚起の言葉。周囲で妖怪モードを持たない人間が怪しいと兄は言う。その友達は子供だけじゃなく、大人も含めて。

つまりこの署内にも、犯人の可能性がある人間、お友達じゃない人間がいるって事だ。




 照明の落とされた公共施設というのは何処か国が死んでしまったかのようだと小さな頃から僕は思っていた。それは溌剌と働く両親が此処の職場に居た事が嬉しかったからであるし兄が両親と同じ職場で働いていた事が誇らしかったからこそ、その職場が死んでしまったような感覚がして小さな頃の僕は夜の新遠野市警察署を見るのが嫌だった。今はその警察署の中で、僕は照明の落ちた署内の一室で暇を持て余していた。窓から見える月は大きく応接室で待っているのだとしても結局牢屋に入っているのと変わらないと何処か間抜けな感想を抱く。

 神降ろしの火は入れたまま、それも機能は『巡航』ではなく『戦闘』に固定したまま。神降ろし起動時に変身する武者鎧でこそ無いものの、僕は茶太郎を模した着ぐるみパジャマのままで周囲に気を張り詰める。

 クソ兄貴はクソだけど意味の無い事を言わない。ならば応接室に軟禁されている僕に対して加害者狩りについて何かしらの情報を持つ者がアクションを起こすのは間違いなく今夜だ。

 子供の頃に大好きだった警察署が大嫌いになる夜。

 僕は死んでしまった藤堂彩について思いを馳せた。

 向こうは嫌いだったようだが、別に僕は嫌いじゃなかった。普通に友人だった。友人じゃなくなったのは学者先生の言う二人目の彼女を救おうとした辺りからか。殺されなくても良いと、益体も無い事を思う。殺したくせにと言われそうだが、殺される必要はないんじゃないのか。親御さんの気持ちを考えると僕が此処に居る事すらおかしい事であり、親御さんのケアをしない事は僕が腹を立てている『被害者のケアを第一にしない社会』を擁護してしまっている事に繋がるんじゃないかとか、親御さんだけじゃなく当然藤堂彩を殺した真犯人(僕はそもそも犯人じゃないんだけど)について何でそんな事をやったんだとかも考えてしまう。人が人を殺す時は単なる利害の一致か根本的な欲求によるものであるとは言われるもんだとはいえど、まだ十六歳が殺したり殺されたりというそれがそもそもおかしい事に気付かない事がおかしい。

 正しく戦争だ、それは。

 人が死んでも仕方がないなんて普通は思わない。

 エンターテイメントの世界じゃ人がポンポン死ぬけど、エンターテイナーだけが生きる世界なんか多分三日として保たないような気がするもんな。

 インフラ管理する人間がエンターテイナーだったらとか考えただけでゾッとする。

 ダムの開け閉めを踊りながらやったり、目隠ししてやったり、そんな事をされたらまず間違いなく増水で大変な事になるだろうし面白いと思ってるのは本人だけだし。真面目に生きてる人間を護ってこその幕府なんだけど。

 なんでこうも人が死ぬ事に寛容なのかね、日本人ってのは。

 特になんでイジメを苦にした自殺について寛容なのかね、この国は。

 加害者狩りなんて起こるし。

 僕は警察署内部で暗殺者みてえに気配を殺してるし。

 見てる人間だけが楽しいのがエンターテイメントで、やってる本人必死だからな?

 プープープー、と。

 アラーム。

 周囲に敵慨勢力の確認。神降ろしに表示される、そんな残念情報。

 もうこの神降ろしのサイボーグ気分もどうかと思うぜ?

 網膜にデジタル表記される残念情報とかさ?

 今日一日はこんな風にぼやいて行くぞ。

 十七歳になっちゃったし。

 ハッピーバースディ?

 何もハッピーじゃねえよ。

 イジメ苦にして自殺してんだから。

 そもそも誕生日を命日にするんじゃねえよ。

 友達がお祝いし辛くなっちゃうでしょ?

 もう今日一日はこんな風にぼやいて行くぞ。

 こんな風にぼやいて行くも何も、僕は今応接室の入り口天井付近。壁と壁がぶつかり合う隅の角に両手両足を突っ張って忍者みてえに隠れてるんだから最早ぼやきしか出ないんだけど。

 ギギィィィィと。

 ゆっくりと応接室の扉が開かれる。

 神降ろし、サーチモード。

 ARで表示されるナイトビジョンを使ったかのような世界に映ったのは一名。制服警官だ。神降ろしが抗脅威目標の武装内容を視界に表示。対神人用スタンロッド、対神人用ブレード。名前は知らない。見た事も無い。この人が真犯人なのかどうかは解らない。

 僕を探して完全に背中を見せた所で飛び乗り即席フレイルで後頭部を打つ。

 フォークで武器を持つ方の右腕を刺し、フレイルの可動部を使い頸部を締め上げる。

_抗脅威目標沈黙。

 部屋の電気を点けて、気を失っているお巡りさんを確認。まだ若い。けれど僕はこんな人を知らない。使っていたスタンロッドとブレードを手にするも『不正なユーザーです』と言われて使用する事が出来ない。そういや警察組織の備品にバイオメトリクス技術を使ったのも実験都市である新遠野市ならではだったか。この僕を襲おうとしていた警官が加害者狩りに関わる人間なのかどうかはこれから兄貴達が調べてくれるだろうからこのまま縛り上げて応接室に放置していれば良いだけだが、此処で重要な疑問が浮かんでくる。もしこの警官が加害者狩りであるとするならば。


 なんで、僕が狙われなくちゃならない?僕こそ被害者であり当事者なのにだ。


 神降ろし、サーチモード。

 何かこの警官が持つ荷物に証拠でもないかと調べてみても表示される情報は警察官の一般的な装備品だけが無為に続く。当然拳銃の携行は無し。しかし対神人用ブレードを持ち出していた事からも万が一の場合は僕を斬ろうとしていた事は明白。

 サーチモード解除。

 視界がフィルターを通して視る世界から普通の網膜に映る世界へと変わった。霊力はまだまだ充分にある。武者鎧を具現化させて警察署を突破する事も視野に入れておかなくてはならない。まだこの時点では霊力を消費するような真似はしなくて良いだろう。任務中であっても節約の心が大切なのは変わらない。車輛にはガソリンが、銃には弾薬があるように、神人には霊力が消費物として存在する。加えて御神酒も無い。出来る限りの省エネを心がけなくてはならん。

『兄貴。応接室にて警官一名を確保。加害者狩りに何か通じているかもしれない』

『おー。やっぱりか。クハハ、加害者狩りつっても結局其処には正義は無かった訳だな』

『何で僕が狙われなくちゃならないんだ。本末転倒も良い所だぞ』

『お前が動けなくなるようにだろ。なんせお前は〈紅い武者鎧の神人〉だからな。これから加害者狩りを続けようって時にお前から邪魔されたらそれも成し得ねえと思ったんじゃねえの?』

『キヨミンは無事なのか?』

『清美は大丈夫だ。つーかお前、実家を民宿代わりに使い過ぎだろ。こんな状況だってのに土方薬局のガキンチョが風呂借りにやって来たぞ?』

『地域貢献がヤオロズネットに負の思念を溜めない一番良い方法なんでね』

『まあ、家長はお前だから風呂は貸してやったけどよ。空き部屋もいつの間にかヒメちゃんの私物が大量に入ってんだけど。お前等仲良いのは良い事だけど、結婚するつもりじゃなく遊ぶ為にヒメちゃんと一緒に居るんなら、それお前自分の価値下げるだけからな?』

『アイツ、勝手に私物置いてたってのか⁉』

『ヒメちゃんと結婚するつもりなら俺は大賛成だ。可愛いし気が利くし元気いっぱいだし』

 妻帯者は忠宗の役割だ。

 それに平坂はヒデキが大好きなので僕に勝ち目は無い。

 永遠のスーパースターだ。

 ヒデキ、かっけえからな。

『次の加害者狩りの標的が誰なのか判らないのか?』

『判らねえ。お前、犯罪心理学の先生んとこに行って来て何か聞いてねえのか?』

『加害者が危ないと。それと、僕を殺すに至った流れを作り出した三人の扇動者について』

『アジテーターについてだぁ?』

『三人目の、女の子女の子してる少女が危ないって話だったけど…』

僕の誕生日に人を殺す可能性が高いと、そう言っていた。しかし、死んだのは加害者グループに属する者であった。まさか三人目の彼女が自分の作り出した流れに沿って動いた者に硫酸をかけたりはしないだろうが。

『三人の扇動者ってのは世間一般に知られてるのか?』

『いや、僕の自殺についての情報はシャットアウトしてあるから一般の方がそれを知る機会は無い筈だ。それを知られたらそれこそアジテーターは加害者狩りの標的になる』

 賞金首モンスターと変わらん。

 斃した所でハンターズオフィスから賞金を貰えるわけではないのだが。サルモネラ一家が次々に仲間を呼ぶので小一時間近くも戦闘をしていた懐かしい記憶が蘇る。副砲なんか銃身過熱で溶けるんじゃねえかって思う程に撃ったからな。装備が弱い序盤は予備弾を積んでおかないと僕のようになるという教訓だ。

 加害者狩りでは次々に仲間を呼ばれたところでその仲間が全員殺されるだけなのだろうが。

 しかし、殺されたら奪われた物を返して貰えない。

『僕はまだ署内に留まっておいた方が良いのか?僕を仕留めに来た人間が警察署内に居るって事からも捕捉されないように動いた方が良いような気がするけど?』

『藤堂彩が殺された時点でお前に容疑者としての立場が与えられてんだ。此処で逃げたらお前が真犯人だと思われるだろ』

『濃硫酸を女子生徒に浴びせるような殺し方をするなんて普通は無理なんだけど』

『だから犯人は普通じゃねえんだろーよ。自分がやられたからやり返すって場合は過剰な攻撃反応も見せるんだが今回においてそれをする役目はお前だろ。だからお前は隔離ってか保護されてるんだから』

 復讐は倍返しが常だとは確かに犯罪心理学でも立証されている。だからこそ犯罪被害者が重犯罪人にならないようなケアが重要になる、だったか。今回の加害者狩りにおいては確かに復讐で硫酸などというバイオハザードでしか武器として使う人間が見た事がない非日常的な凶器を使っているとは説明出来ない。復讐をするべきはずの僕が世界で一番安全な警察署に閉じ込められているからだ。

 当然、藤堂彩を殺したのが僕でなければの話だが。

 僕には完全なアリバイがある。

 藤堂彩が死亡したと思われる時刻、僕は多くの人目に付く場所に居た。となると五月九日に誰かが藤堂彩を殺したという事になるのだろうが、其処には当然もう一つの可能性が隠されている。それは考えるまでもなく、藤堂彩の自殺だ。

『兄貴。藤堂彩は殺されたのか?自殺じゃなくて?』

『普通、硫酸自殺は頭から薬品を被る。だから肩口まで焼け、火傷の範囲が広いってのが特徴だ。しかしまあ、今回の藤堂彩に関していえば他殺だよ。腹部の皮膚が内臓と骨を露出するほどまでに溶解していたってんだから』

 食欲の失せる話であった。

 元々摂食障害の波のある僕でも。

『神降ろしをしていなかったってのも不思議なんだよな。普通、人を殺してしまったり人を自殺に追い込んでしまったりしたら後悔って形で神降ろしを体現するもんなんだけど』

『人を殺して後悔すらしなかったからこその加害者狩りなんだろうよ』

ならば、加害者狩りの標的は僕を自殺に追い込んでいて神降ろしをしていない『人間』か?

 可能性は決して低くない。

『兄貴。僕を自殺に追い込んだ連中の中で神降ろしをしていない人物が次の標的とは考えられないか?僕を自殺させたのになんの反省もしていなければなんの罪の意識も持っていないって事が神降ろし無しの人間である何よりの証拠になる。そしてそうした盗人猛々しいというか厚顔無恥というか恥知らずを世間様は絶対に許さない』

『あー。その閃きは悪くねえんだが…』

 兄貴は言い淀んだ。

 僕は確信してしまった。


『たった今、次のガイシャが出た。同じくお前を苛めていた人間だ

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