第4話
僕だって部活ぐらい行くさ。
と言う訳で剣道部です。
はい、こんにちは。
今は部室で部長の十兵衛ちゃんと歓談中です。
噂の爆乳の女の子です。
両目の視力が二・〇のくせに眼帯してるのが意味わからない、ちょっと残念な女の子です。
身長は小っちゃいくせにオッパイだけが爆弾みたいな女の子です。
噂通り母乳なんか出たら通報するけんど。
「我が剣を握った時、この虚数理論に満ちた世界は我の存在を許さないだろう。それは我が虚数と実数の狭間に立つ存在であるからなのだ。我が存在が堕ちた星の色に染まる事を回避する為に我は剣を取る事を自らに封じた。解るか徳川!」
「何言ってるかサッパリ解らんが、部長が部活やりたくないって事だけは伝わる。狭間だの谷間だのはどうでも良いから、サッサと防具身に付けて武道場に出ろ」
「うぐ…。逃げろ徳川。我の意識からヤツが生まれる…。ヤツの封印が解ければ恐ろしい事となる!は、早く逃げろ!ふ、封印が解けてしまっ_。」
「オラッ!」
「グハー⁉」
何やら封印が解けそうだったので、肝臓にブローをキツ目に叩き込んでおいた。
胸が大きい事を非常に気にしているので、オッパイに触る事は厳禁。いくらバカで兄妹のように育った幼馴染だとしてもだ。胸に触れないように放つリバーブローは精密で緻密な体捌きが必要だからな。ピンポイントでアッパーを放つことが出来る剛の者にしかおススメはしない。
「で?封印は?解けるのか?解けねえのか?」
「う、うん。大丈夫みたい…」
お腹を押さえて蹲る部長。
さっきまでの変なキャラクターは消え、素であった。
「で?部活は?すんのか?しねえのか?」
「う、うん。アタシ、部活やる…。でも五分ブレイク…」
お腹を押さえて動かない部長。繰り返すが。ロリッ子ボインちゃんにキツ目のリバーブローをするのは本当におススメしない。
子供が真似したら大変だし。
最悪、普通に捕まる。
さて、我等が剣道部はたった二人しかいない。部長の十兵衛ちゃんと、部員の僕。顧問も居なければ剣道場も無い。柔道部に頭を下げて隅っこを間借りさせて頂いている状態である。
近年の剣道離れは凄まじく、新入部員なんか全然顔を出さなかった。それでも部長のオッパイを目当てに顔を出した新入生は居たには居たが。現在、その新入生は部長に喉元を貫かれ武道場の壁に刀で磔にされてある。
助けるのもなんか違うし。
助けないのも怖いままだし。
忠宗が来たら片付けて貰おうかなと、僕はグロくて直視出来ない問題を後回しにしていた。
さてさて剣道部の始まりは掃除から。
武道場の乾拭きから、気持ちを入れ替える。
ちょっと乾拭きをしている途中に何故か柔道着を着たマッチョが何人か居たので加速度を利用した乾拭きアタックで轢いておいた。邪魔が入っちゃ礼を重んじる剣道は出来ない。
例え出稽古であっても道場は清潔に。
我が家の家訓である。
倒れた柔道着を着たマッチョは何故かグッタリとしていたが。
首が変な方向に曲がって倒れてグッタリしていたが。
その虚空を見つめるまなざしには光が宿らず、物言わぬ肉塊のような有様であったが。
まあ、倒れているマッチョは全員が重度の花粉症なのだろう。
「部長。練習で無刀取りは無しだからな?」
「む、私に無刀取りをするなと言うのは田中にスプリット投げるなと言うのと同じだぞ?」
「あれ使われると何しても無効化されちゃうだろ。そもそも剣道に白羽取りなんて一本は無い」
「徳川、お前は小さな女子を竹刀で叩く事に悦を見出す変態か?無刀取りは力無き女子が狂気に対して使うべくして存在する修練の賜物。我は小さな女子代表として世に蔓延る暴漢から婦女子が己の力のみで身を守る術の一例を世に発信するべく_。」
「オラッ!」
「グハー⁉」
長くなりそうだったのでキツ目のリバーブローをかましておいた。
さっきの真横に打つリバーブローとは違い、斜め下から突き上げるタイプのリバーブローをだ。
部長の肝臓はそろそろ潰れているかもしれない。
「リ、リバーはやめよう?呼吸出来なくなるから…」
「キヨミンから体得したのがまず最初にリバーブローだったからな。七歳からあの人にリバーブローされて生きて来たんだ。直伝とは言わないまでも経験から見よう見まねで出来るぐらいにはなったと自負している。そしてグダグダ言わずにとっとと竹刀を構えろ」
キヨミンは自分の思い通りにならなかった時に思い通りにする為の手段としてリバーブローを用いる。暴力こそが彼女の持つ交渉のカードだ。石斧で脇腹を殴打されたかのような彼女のリバーブローは全身に痛みが走る。呼吸だけを止める僕のそれとは質が桁違い。
脇腹押さえて蹲る少女は何とも苦しそう。
それでもまだまだ、部長は自分のキャラを崩そうとしない。
立派だと言うべきか。
闇が深いと言うべきか。
やがて回復した部長はいつものように窓の外の遠くを眺めながら言う。
「さて徳川。今回の修練では目付について共に天上の世界を目指そうぞ?」
「目付って、視線の事だな。てか普通に喋れ、その喋り方だと僕のお師匠とキャラが被る」
「えっとぉ。じゃあ今日の部活は視線について重点的に学ぼうっか?」
キャラが被ると聞いた瞬間、今までのアイデンティティを即座に捨てた部長。
立派だと言うべきか。
必死だと言うべきか。
眼帯をした小さな女の子が皆に覚えて貰おうと涙ぐましい努力をする姿は。
なんだか、笑えた。
「道場剣術って相手との距離の測り方がスッゴイ大事でねー?目測を見誤っただけで負けが濃厚になっちゃうんだよねー。でも刀を持った相手との距離を正確に推し量るなんて緊張するし怖いしでさ?絶対に無理っしょー?」
「そのキャラはそのキャラでムカつくな…」
部長は完全に自分を見失っている。
眼がさっきから泳ぎっぱなしだ。
「剣術全般に言える「遠目の目付が大切なんだよ?」って教えは言っちゃえば客観的に自分と相手の距離を知るって意味なんだろうとアタシは思うんちや、その遠目の目付を一つの技にまで昇華させた『水面の月』って目付の仕方はウチの剣術の極意なんでおじゃる。その『水面の月』を習得しろとは言わないからイメージだけはさ?天井から剣を構えて対峙する二人の位置関係をイメージするってえかね?」
「確かに摺り足も急な飛び込み技もかち上げもブチかましも部長には効かないからな。なるほどな、距離の測り方、目測の正確さ、いや此処まで来ると危険予知ってか未来予知か」
間合いを狂わせる為のフェイントや体勢を崩す技が全く意味を成さない。
それは正に水面に浮かぶ月めがけて石を投げても空に映る月は在り続ける事と同じ。
道場剣術ベースの戦い方しか出来ない僕にとって、これは脅威だった。
「康平君は居合と剣道と剣術をごちゃ混ぜにして使うけん、祟り相手なのだとしても目付の仕方一つで剣劇は楽になると我は思うのだよ。距離を正確に知れば、自分がこれからどう動くのが最善手なのかを知る事になるで?しかし?よかばってん」
「もう口調もイントネーションも何もかもが日本各地混ざってて訳が分からなくなってるけど。つーか部長、よく眼帯したままで距離を正確に測れるよな」
眼帯に隠れた眼には金色のカラコンが入れられてある。本気を出す時、その眼帯を外して封印された何かを解放するのが部長設定らしい。部長の、部長による、部長の為の設定。
誰にも迷惑をかけないなら、自分にだけ都合の良い世界に浸るのは構わないが…。
部長の場合、積極的に他人に迷惑をかけに来るので問題である。
自分の世界は自分だけで楽しむべき。
周りに理解を求めちゃいけない。
「我の鬼包丁と康平君の籠釣瓶じゃ刀身の長さが違うし、我と康平君の身長も筋肉量も全然違うから一足飛びに踏み込める間合いもそれぞれ別物なんだけどさ。そもそも鬼包丁の規格は打刀じゃなくて脇差だし」
伝統工芸科・刀鍛冶コースに在籍する僕が講師の村正先生と一緒に鍛えた彼女の脇差は鬼包丁と呼ばれている。出来のいい脇差を○○包丁と呼ぶのは昔からある文化らしいが、この中二病の女子は道具に対して異常なまでに拘るので僕は本当に面倒な客を持ったと受注した後で後悔したのだった。
「部長、あの脇差、僕に六回も造り直させただろ?」
「だって我に全然しっくり来なかった」
鬼包丁が村正製品ではない為に僕はわざわざ他流の鍛冶屋さんに出向いてまで造り込みをした。ヤオロズネットが内包する概念量が復元を行うのに不足している場合には反応炉による召喚が出来ない。だから鬼包丁は手作りだった。籠釣瓶のように歌舞伎の演目にでもなる様な逸話があれば記憶や歴史と言った概念を固めて復元も出来るのだが。
ま、こんなもんでいいやと手抜きで鍛えたんだし。
返品されるのも当たり前なのだが。
「でも鍛錬分の代金は全額請求すっからな?」
「え⁉」
手抜きでも貰うモンはシッカリと貰う。
それが伝統工芸科・刀鍛冶コースの鉄則であった。伝統工芸の定義が「全ての工程が手作りである事」なのだから反応炉を用いた作品は厳密には伝統工芸だとは言えないのかも知れないが、鬼包丁は本当に手作りだし代金は発生する。
「お、お幾らですか?」
「部長は祟りとの戦闘にあんま出ないし地域交流も全くしてない。積極的に戦闘に出たり地域の負の感情を抑制したりしていれば、割引とかも出来るけど。多分その『自分さえ良ければ別にいいや、だって誰にも迷惑かけてないし』ってスタンスじゃ学生割引適応されねんじゃね?」
人が嫌がる事を進んでやればそれだけ自分に返ってくる。
此処の場合、それが眼に見える形で。
「大体、四百万ぐらいかねえ?」
「さよなら。沢山の思い出をありがとう。貴方の事は忘れない」
ダッシュで逃げ出す部長。忘れないからと言いつつも一刻も早く忘れる事を望む精神が成せる技だろう。巨乳のチビはトンデモねえスピードで武道場を去ろうとする。
僕は回り込み、キツ目のリバーブローをカマした。
「オラッ!」
「グハー⁉」
走っていた事による慣性の法則が交差攻法気味に働いたのか、転がりながら悶絶する部長。
超高出力である神代の神降ろしをしている人間を一撃で悶絶させた、我ながら良い角度のリバーブローだった。
「精神感応兵器の支払いは別に現金じゃなくてもヤオロズネットから祟りが産まれないようにするだけで良い。ツケといてやるからキリキリ働け、この中二病患者」
「もうこれ部活って言うか私の公開処刑じゃんよぅ?神降ろししてたとしても、痛いモンは痛いじゃんよぅ?酷いじゃんよぅ?でも我頑張るじゃんよぅ?頑張るじゃんよぅ?よぅ?よぅ?」
叩かれ過ぎた肝臓が機能停止したのか、部長が壊れ始めた。重ね重ねにはなるが女子へのリバーブローは決して真似しないようにお願いしたい。子供が真似したら大変だとは理解しているのだが、何故か止められない部長へのリバーブロー。
「徳川。我、女子ぞ?」
「刑法には女子である事には何の免罪効果も無いと記されている。残念だったな」
「でも最低限女の子に対する気遣いみたいなのはあって良いと思う…」
「女の子だから殴られないと思って好き勝手してる奴等が多過ぎるからな。そういう連中に一番よく効くのが暴力だ。骨の一本でも折ってやれば、大抵素直になる」
女子に手をあげて喜ぶ趣向は無いが。
いつからだったか、女子にも攻撃しても構わないと僕の精神が変化したのは。
そんなのは、考えるまでも無い。確かに警察が僕をマークするはずだ。自殺歴のある者は退廃思想を持ちやすいとは言われるのだが、そのマークされている組織に奉仕している今の環境もおかしく、正しく歪だけど。
「しかし。結局剣道部に新人は一人も無しかあ…」
「新人はすぐ其処に磔にされてるけどね。弱き者は剣を持つべからずだよだよ」
「剣道は心を鍛えて礼節を学ぶスポーツなんだけどなあ…」
「勝たなきゃ惨めになるだけ。惨めが続けば心は砕ける。だから強くなくちゃ礼も何も学べない。それが剣道の現実だよだよ。ただ日本刀を使いたいってだけで剣道部に来られるのは日本刀に対しても剣道部に対しても失礼だよだよ」
「んな事言ってたら誰も来なくなっちゃうだろ…」
狭き門で篩いにかけるのは何処の社会でも同じだが、その篩から零れ落ちたからこそ僕等は神降ろしが出来るのだし。失敗したからこそ神様を宿してやり直している。
また同じように篩を用意する事、秤を用意する事自体が残酷だと。
僕個人はそう思っている。
なかなかに難しいけど。心に傷が無ければ神降ろしは出来ないし、成功する為に努力を続けていても今度は神降ろしが無いという事がレッテル扱いになり心の傷になってしまう生徒もいる訳で。だからこの街では努力の意味を見失う生徒も多いと聞くのだが_。
努力に意味は無くとも絶対に価値は在る。
経験値が花咲くのはレベルアップの時だけである事は三十年以上前に認知されているだろう。
積み重ねた量が質に転化するという成長は幾ら神降ろしがあろうと無かろうと変わらない。
継続は力なりと誰かが言った。
そして努力とは力を入れるに努めると書く。
ならば続ける事こそが努力だと言えるのではと僕は思う。そりゃ結果が出れば一番だけど、結果として表面化しなくても内面の変化は自分の中で確実に起こっている。特に剣道はそうだな。時間をかけた分だけ、確実に強くなるんだから。
剣道人口の平均年齢が他のスポーツや武道に比べて異常に高いのは此処が理由だ。
いきなり強くなることが無い。
ケヤキのように時間かけてゆっくりと成長するしかないのが剣道。
まあ三歳から剣道やってる僕が自殺してんだけど。
「んで?壁に磔にされてる新入生もそろそろ解放しなくちゃだし。武道場に転がってる筋肉ダルマも掃除しなくちゃだし。今日の剣道部は結構忙しいわけだ。生徒会も動き出すから僕もなかなか部活に来る事は無くなるだろうし」
「顧問の先生も居ないから部活って言えるのかどうかは、かなり微妙だけどさ。ほんでも他の部活動に比べたら剣道部の戦力って高い方だぞ徳川。大規模な戦争クラスの祟りとの戦いもそうだけど、我は小規模な制圧クラスの戦いにこそ剣道は向いていると思う。それこそ軍隊ではなく警察に向いているとな。街中で暴れる酔っ払い相手に鎧甲冑を着込み槍を持っては住民が不安がる。まあ住民が不安がっているのは鎧を着て酔っ払いと対峙する私のオツムだろうが」
「確かに、喧嘩の仲裁とかは木刀とかあれば何とかなっからなあ…」
「我はよくナンパに絡まれる。この小さな身体に大きなオッパイというアンバランスな魅力がそうした男を引き寄せるのだろうが。それでもそうした手合いを懲らしめるに剣など不要だ」
「んじゃ何がありゃ良いのさ?」
「さては徳川、女子の必須アイテムを詰め込んだポーチを知らんな?女子高生ともなれば誰もがそうしたオサレアイテムを詰め込んだ秘密のポーチを鞄に入れているのだ。そのポーチの中には充分に武器に転用が効く物が数多くある。オサレポーチとは別に様々な市販薬が入ったクスリポーチを持つ者も多い。女子にはより多くのアイテムが必要なのだよ徳川。覚えておけよ?女子は細々としたところで支出が嵩むのだ」
ああ、たまにキヨミンや平坂が生徒会室で鏡を見ながら何かしてる時のあの小物入れか。
確かに男子はあんなん持たない。真空パックされた救急治療キットなら僕も学生鞄に仕込んであるけど、恐らく部長の言う話はそういう無粋で合理的な有事への備えの事では無いだろう。
女子は支出が嵩む、か。
その女子よりお金の無い僕は何なのだろう?
「皆が皆、『十兵衛』って部長を呼ぶから僕も忘れてたけど。部長、普通に本名は蓮ちゃんだもんね。それは本名を皆が忘れるぐらい渾名が浸透してるって事なんだろうけど」
「そうだ。我の名はレンちゃんだ。草冠に車に之繞で蓮だ。両親は泥中の蓮のように生きよという願いを込めて名付けたらしい」
「女の子らしい名前で何より」
「だがそれすらも世を忍ぶ仮の名。真名とは親ですら知らぬ。その真名とは魔術的な束縛を受けぬ為に隠し通す必要があり、我は十兵衛であり連であり、そしてまたどちらでも無いのだと言えるのだろう。それはこの世界に古くから伝わる教会と魔術師との諍いで産みだされた防御術。德川よ、我の真名は_。」
「オラッ!」
「グハー⁉」
予備動作の無い真横からのリバー炸裂。
ドムン!って。
小気味の良い音がした。
「教会が何だって?魔術師が何だって?オメエん家、仏教徒だろ。曹洞宗だろ」
「うん…。アタシん家、仏教徒。てか、アタシ等、皆が曹洞宗。大福寺、忠宗ん家にお墓ある…」
「お前、忠宗に謝れ」
「え、いや、此処に忠宗いないし…。アタシ、忠宗に何もしてないし…」
「謝れよ!」
「ワヒィィィィィー⁉」
リバーから未だ立ち上がれず、裏返った声で悲鳴を上げて座ったままの体勢でバタバタと後ずさる部長。
どうしようか。部長が面白過ぎてメインヒロインである筈の平坂に申し訳ないんだが。
もう少し部長を使って遊んでみよう。
どうせ目付なんか一朝一夕で身につくようなもんじゃあない。常日頃から自分の中の何を鍛えるのかを決めて生活するしかない。それを決めてしまえば、生活の中でのどんな経験も技の経験値となる。例えば人が密集する朝の駅とか、授業中での教師と自分の距離とか、目測を実測に近付ける。お月様から眺めているかのように、自分も客観視する。それが祟りとの戦いでどう機能するかは判らないけれど、使える手札は多いに越したことは無い。
今はただ、面白い部長をもう少し弄ってみよう。
「よしお前、「デコ眉毛ですいません忠宗さん」って言え」
「え、いや、アタシ髪の毛いっつも下ろしてるし…。眉毛も濃くない方だし…」
「良いから「デコ眉毛ですいません忠宗さん」って言え!」
「ワヒィィィィィィィー⁉」
ちっちゃな身体を震わせて、その動きに連動して大きなオッパイも震わせて。
部長は言った。
「デ、デコ眉毛ですいません、忠宗さん…」
「もっと人生舐めてるチャラチャラした下っ端みたいに言え」
「あのぅ、自分デコ眉毛ですいやせんっした、忠宗さん!」
「ドラえもん風に言え」
「え…、ちょっと、それは流石に無理があると…」
「脳天に銃弾を喰らって壊れてしまったドラえもんみたいに言え!」
「ボ、ボクのデ、デコデコオデコ…。の、のび太君。ま、ま、ま、眉、毛…。忠宗眉毛…」
壊れた人形のようなカクカクとした動きをしながら言う部長。
フフッてなった僕。
「よしお前。飛んでぶーりんの物真似しろ」
「いや…。今の子、飛んでぶーりん絶対に知らない…」
「よしお前。オバケのホーリーの物真似しながら飛んでぶーりんしろ」
「いや。オバケのホーリーの物真似ならまだしも、飛んでぶーりんしろって無茶ブリは…」
「じゃあ体育会系の部活の新人みたいに自己紹介しろ」
「自分はぁー!柳生蓮と言いますぅー!実家は新遠野市東地区旧市街で剣術道場を営んでおりますぅー!好きな食べ物はナマコ酢やモズク酢のワサビ仕立てでしてぇー!やはり酢の物にはワサビが欠かせないと言いますかぁー!しかしながらぁー!女子高生がナマコを好んで食うというのは少しばかり世間体が悪いと言いますかぁー!」
コッチはしてくれるのか。
そしてなるほど。酢の物に練りワサビを加えれば確かに女性にも受けが良さそうだ。
更に風味付けにカボスを垂らしたりすれば和風のカルパッチョみたいになるかもしれない。
ナマコのコリコリとした食感は勿論、キツい酸味を和らげる効果もあるか。
となると必要な材料はナマコに三杯酢にワサビと柑橘系だな。まずはスーパーに売っているナマコ酢やモズク酢にチューブのワサビを入れてみてから色々と試行錯誤してみよう。
「オラッ!」
「グハー⁉」
リバーをしておいて話は脱線するけど。
朝、トースト食べる方は是非ともワサビを軽くトーストに塗ってみて欲しい。美味しいし、夜の間に口の中で増えた雑菌を殺す効果もある。あの平坂も毎朝ワサビトーストを食べて来ているのだとか聞いたのは随分と前の事だが。今や大奥女子寮の朝食メニューにも加えられるほどの文化となっている。
欧州じゃ実際にワサビを朝食のトーストに塗る。
いつか叶うのであれば、北海道に生息しているという根ワサビとかいう代物を食してみたい物だ。聞けば殺菌効果も栄養価もズバ抜けているとか。その風味はワサビと言うよりはショウガに近く、湯豆腐や水炊きなどの鍋物に向いているらしい。
多くを食えない、摂食障害ならば。
折角食べるのは、良い物を食べたい。
北海道の方、是非ともね、その根ワサビとかいう宝を大切にして貰いたいよね。
そして出来れば僕の家に送ってください。
苗をね。
そんで栽培してやろうと思う。
北海道の土じゃないと根ワサビは育たないのかどうかは判らんが。
畝を作って根ワサビを栽培してやろうというのが僕の野心。
ガツンと来る辛味が特徴らしいので蕎麦や冷麦を食べる時に重宝しそうだ。
北海道の方、是非とも根ワサビの美味しい食べ方を僕に教えてください。
これはと思った方には、なんか、粗品を贈りますので。
この部長をグルグル巻きにして段ボールに詰めて贈るぐらいはしますので。
「日本最強の薬草は間違いなく行者ニンニクだ。あれはヒットポイントが限界値を超えて回復する。一度行者ニンニクを湯がいてカツオ醤油で食べた事があるんだが。体力の回復は勿論、神降ろしの霊力だって限界値を超えたんだ。しかも濃厚な山の風味であるのに後味が残らない。その風味を例えるならタラの芽に近いのかも知れないんだが。テンプラで食べても充分に美味しいと思う。美味しいうえに霊力も体力もブーストするんだ。だから僕は本丸の一年生に野山に入って行者ニンニクを採取する事を命じている。目的の物の採取は勿論、山に入る事自体が修行だからな」
生態系が狂う程に採取しろとは言わないが。
あのお姫様はタラの芽を山一つ分根こそぎ採って来た事が在る。この春が訪れない異常気象の中、ようやく芽吹いた新芽を容赦なく刈り取るあの精神。食いしん坊こそ、大自然の一番の敵であろう。
あのアホ、ゴミ袋がパンパンになるまで採取してきてな。
冬眠明けのクマは一体何を食べたら良いんだ?
近い内、ツキノワグマがコンビニに「食べ物無いクマ―」なんて言いながら出没するぞ?
「我、行者ニンニク食べた事ない」
「行者ニンニクは基本的には野草扱いだ。どんな雑菌が潜んでいるか解らない以上、お嬢系の大奥には提供出来ないだろ。そりゃ部長は旧市街出身の地元組だけどさ。ちなみに男子校舎である本丸はタラの芽の天ぷらだの、蕗の薹味噌だの、刺身にした山ウドだの、スベリヒユだの、フキの葉だの、ナズナだの、ミツバだの、ノカンゾウだの。食えるもんは全部喰う。春の七草粥なんてメじゃない。本丸の四月は新芽の野草と冬の間に干しておいた野草のコラボレーションだ。そして灰汁抜きさえしておけば全部をブチ込んで雑炊にしてしまえば良い。蒲鉾と三つ葉と卵を入れれば美味しく頂ける」
「もう食べる物がお爺ちゃんじゃん…。なかなか居ないよ?山ウドの刺身を春の楽しみだって言うような男子高校生って。そりゃ皮落としてスティック状に切った山ウドに味噌とマヨネーズ付けて齧るのは美味しいけどさ」
お酒の肴に山ウドの刺身は粋な計らいだろう。
しかしながらなかなかに難しい。お金を積んで手に入れる事が出来ない贅沢と言うものは。
天然物じゃなきゃ刺し身なんて食えないのだし。
そして天然物である以上保存は効かない。
まあ、山ウドはムチャクチャ美味しいというだけで霊力のブースト効果は無いのだが。
「基本的に野草は薬草で毒消し草って考えはされていないんだ。弱った身体を立たせるって言うのか支えるって言うのかは判らないけど。病原菌を殺すのでなく、身体を元気にする。ゆえに適切な処理をしない野草に病原菌に対する薬効成分は無いと学術的に言われる」
「ほんと徳川は料理の事となると雄弁になる」
「でも北海道の根ワサビだけは違う。数多い山菜や野草の中、あれだけは完全な毒消し草だ。軽微なウィルス性の感染症ならば大抵治せる程の強い抗菌作用があるってんだからな。だから根ワサビを常食している道民は風邪の患者が少ない。国内で最寒の地だと言うのにだ。そして北海道の異常とも言える美味しい刺し身に芯まで残る辛さの根ワサビ。海と山のコラボの最高の贅沢だと僕は思う。子供にはキツいかもしれないけど、根ワサビを喰わせておけば健康優良児に育つだろう。食べるクラリスロマイシンだと僕は考えている」
「この話、お腹減っちゃう…」
「剣道もそうだよ。数ある武道は身体を鍛え自分を良りよくする薬草だ。だけど剣道だけは毒消し草だと僕は信じている。剣道だけは心の毒を消す。主に相手の」
「それ、德川道場の考えでしょ?活人剣なんて結局は自分に制限を付けた縛りプレイだし」
「峰打ちこそ、不殺こそだ。サムライならば」
「それで自殺してんじゃん」
その通りだった。
なかなか辛辣な事を言ってくれるな。それは単にゲームオーバーになったという事なのだろうが。その事実はあまりにも多くの敵意と悪意が存在していたのでなかなかに僕の弱さだけを原因だとする安直な考えには反旗を翻したくも思うのだが。
だからと言って、刃を立てれば良かったのか。
それは違うだろう。
自分の殺傷能力をゼロにする。
それが僕の在り方だったはず。
「許して貰えると、皆が信じた。徳川にならば何をしても良いと。それがあの結果だ。あの皆が不幸になる結果だ。自分が死んでいては何が活人剣だと我は思うぞ?」
自分さえ救えない活人剣など。
自分さえ幸せに出来ない男が誰かを幸せになど。
と、部長は言う。
「それでも剣を磨いていれば、いつかは届くさ」
「いつって、いつ?」
「部長…」
そんなん、僕が聞きたい。
「オラっ!」
「グハー⁉」
ムカついたからリバーブローだった。
これが僕が生きる日常。
そしてこれから始まるのが非日常。
自殺で終わった僕の物語。
それとも自殺で始まったのか。
生徒会は始動する。
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