第3話 

 信仰心厚い人々が暮らす土地でのみインターネットが変異するという事象を確認出来たのが今から三十年以上前の事。その変異型は人間に直接影響を与える霊的な力を持つとして、当然ながら専門の研究機関が政府主導で設立され乱立された。『ヤオロズネット』と呼ばれる変異型のインターネットは電子の海が形を変えて願望機に成ったのだという学者の先生も居た。


 物語の舞台は岩手県。

 政府指定特区、『実験都市・新遠野市』。信仰心厚い人々が多い旧遠野市を囲むように新技術を生活に利用する事を前提に開発されたモデル地区であり、ヤオロズネットという名前の神様の力を利用して僕等は日々を過ごしている。

 その神様は生活をする市民一人一人の心の傷に応じ、心にプログラムを与えた。

これがヤオロズネットの一部を宿す秘術、『神降ろし』である。

 誰だって過去に戻りたい心の傷がある。

 だからその傷こそが、自らが宿した神様。

 その傷こそ、純度百パーセントの自分自身だ。


 そんな電子の海が神様に変異したこの土地で。

 その神様の寵愛を裏切った僕。




 新年度が始まり生徒会、通称『幕府』が機能して二週間。そろそろ新入生達も学友と打ち解け始め、一年生達にも笑顔が出始めた四月の終わり頃。お助け掲示板に各部活動からの依頼が入っていた。

「新入生への部活動の紹介に幕府を使えませんか?」

 やってもやらなくても良いという案件である。

 しかしながら幕府は地域の困り事を解決するという名目上、やらなくても良い仕事なぞ無い訳であり。この日、僕等はどうやって部活動の紹介を幕府で行うかの話し合いの場が設けられた。

 幕府メンバーで部活動に入っていない者はいない。

 生徒会長である僕、徳川康平は剣道部に。

 副生徒会長である平坂陽愛は弓道部に。

 同じく副生徒会長である本多忠宗は柔道部に。

 議長である山内和穂は吹奏楽部に。

 書記である加藤清美は新体操部に。

 それぞれ、所属しているのだった。

 生徒会室の談話コーナーと言われている一段高く畳を積まれた部屋の隅、僕等は此処で会議を行う事が多い。卓袱台を片付けて布団を取り出せば寝る事だって出来る。

「部活ってその時に流行った漫画の影響がデカいよな。兄貴が中学の頃はスラムダンク効果でバスケ部が凄い事になったらしいし。るろうに剣心効果でウチの剣術道場がフィーバーした時もある。テニプリ効果で男子テニス部が多い時もあれば、ちょっと前はバンブーブレード効果で女子剣道部が、最近は黒子のバスケ効果でまた男子バスケ部が、ハイキュー効果で男子バレー部が多くなっている」

「アニメの影響は本当に大きいですからね。軽音楽部を作ってくれなんていう陳情が止まらない事もありましたし、でもアニメになりやすい部活は放っておいても人は集まって来ると思うんですよ。其処に幕府の人員を裂くと言うのも勿体無い感じがします。弓道部はあれですね、アーチャーの真似してカラドボルグを撃ち出したい子が集まった時期がある様な気がします」

「柔道はストイックで怖いというイメージが付き物じゃしなあ。実際に柔道部には不良が集まるという謎のジンクスがあった時代もあるんじゃし。実際は一番笑いを分かっている真面目で気持ちのええヤツが集まるのが柔道部なんじゃが」

「新体操は表現の世界だし、ワザと狭き門にしちゃってるところがあんのよね。女子の運動部の中で一番過酷なのが新体操だって自信持って言えちゃうしさ。下手に勧誘して根性の無い新入生が来てもそれは新入生の子の為になんないし。まあ、大奥の子は皆が美少女だから来て貰う分にはお姉さん嬉しいんだけど」

「吹奏楽は経験者じゃないとキツいかも…。コンクールは神降ろし関係無いから教える先生も本気だしね…」

 確かに、意見で一番重要なのはカズホッチの意見だろう。

 僕等は身体機能を強化する神降ろしをしている。

 その時点でスポーツと武道は公式な試合に出れない事を意味する。

 しかし文化部ならば、神降ろしは関係無い。特に吹奏楽部のように集団で一つの演奏を行うと言うのであれば神降ろしという特殊性は特別扱いされないのではないだろうか?

「よし。カズホッチの意見を広げよう。運動部は黙っていても人が入る。特に専門性の高い経験者でなければついてさえ行けないような柔道や過酷過ぎる新体操はヤル気がある新入生が集まると思うんだ。文化部を基軸に、人が集まりにくい部活動に幕府は介入する。人が居なくて本当に困っている部活から宣伝していく。それでどうだ?」

「確かに、殿が所属する剣道部なんか部長の十兵衛と殿の二人じゃしな…」

「女子弓道部は既に新入生が結構集まってますね。もう和気藹々としてますよ?」

「新体操部は二人来たかな。ただ丸っきりの素人の子は来なくなっちゃったわねえ…」

「吹奏楽は黙ってても来る…。でも玉石混合…」

 ならば平坂信条館の伝統ある部活動であり、部員が少なく困っている部活動からランキングで分けていく事にする。そうすれば幕府が尽力しなくてはならない順番が判ると言う物だ。今までの実績、現在の実績、現在の部員数、現在の部活動の状況を考慮し幕府でランク分け。


 さあ、栄えある、困っている部活動第一位は!

・第一位 剣道部

(理由 部員が男女一名ずつ)(理由 部室が更衣室)(理由 部長が超絶巨乳で眼帯っ子)(理由 防具が高い)(理由 防具が臭い)(理由 先輩が手加減しない)(理由 コッペが居る)(理由 隣が柔道部)(理由 時代遅れ)(理由 親に無理やりさせられる部活のイメージ)


  これは、もう解ってたことだ。不人気過ぎる剣道部を救おうとすれば、手を差し伸べた支援者の幕府が奈落の底に引きずり込まれる。そもそも部長の柳生十兵衛が居る限り、剣道部に日の光が当たることは無い。

僕だって剣道を歩む者の端くれ。そりゃこのまま廃れるのを黙って見過ごしたくはないが。

 考えても見て欲しい。Hカップの先輩が一緒に練習する部活なのだ。

 集まる新入生の九割は間違いなく十兵衛ちゃんのオッパイ目当てだろう。そのオッパイ目当ての素人に、いきなりその爆弾オッパイが諸手突きを喰らわせるのだ。

 曰く、本物の剣士を求めるのが剣道部らしい。

 新人が集まるわけがない。

「なんかさ…、ごめんね…?」

「十兵衛ちゃんが悪いんですよ!あんなオッパイしてるから!私に六センチ寄越せって話です!」

「まあ、殿の場合は十兵衛に脅されての入部じゃったしな…」

「噂じゃ十兵衛のヤツ巨乳過ぎて母乳出るなんて言われてるからねえ…。十七歳で、んなわきゃねえだろって突っ込みたくもなるんだけど。剣の腕だけは確かに神憑りだしねえ」

「実家で剣道を叩きこまれて来た康平君が子供扱いだもんね…」

 部長を幕府に呼んで話を聞こうにも、あの中二病真っ盛りの女子とまともな会話が出来るとは思えない。邪眼がどうとか、魔眼がどうとか。封印が解けるとか解けないとか。

 部長には中二じゃなくて高校二年生だろって言いたくもなるのだ。

 しかしながら、怖いと思われている武道の中で最も礼儀を重んじる武道である事は間違いない。剣道で学ぶ事で重要なのは強さじゃない。まずは折り目正しい礼儀を身に付ける事が出来るスポーツだと言える。それは社会に進んでからも役に立つと僕は声を大にしてでも宣言する。

 そりゃ、負けるよりは勝つ方が楽しいけど。

 一対一の図式である故に勝敗というのが目に見えて解り易く出てしまうのも問題か。

 剣道だけは、世俗の人気に左右されない古からのスポーツだからなあ。

「でも剣道部は宣伝しなくて良いよ。本当に道具が高いし、何より精神修練を行うには経験者の顧問が必要なんだ。ウチの学校、柔道経験者は多いけど剣道経験者いないし。部長は色々残念だし色々と問題のある女の子だけど、あれを異常だと決めつけるのか彼女の個性だと受け入れるのかは僕等の人間性だと思う。僕は部長のあの勢いに任せたキャラを尊重したい」

「でもでも!十兵衛ちゃんっていう、もしかしたら母乳が出るかもしれない爆乳の女子の事を此処まで宣伝しておきながらスルーって言うのはあまりにもユーザーフレンドリーに欠けるのでは無いかと!幕府メンバー以外のサブヒロイン候補としてですね!」

「それ、メインヒロインのセリフじゃないぞい?」

「同じオッパイオバケとしたら十兵衛とはキャラ被るし、アタシは助かるけど?」

「もう剣道じゃなくて十兵衛のオッパイで悩んでる…」

 剣道部は良いんだ。

 本当に真面目な話、どの部活動よりも親御さんの理解が必要な部活だから。

 防具を一式揃えるだけで簡単に十万を超える。

 貸し出すだけの防具に余裕は無いのだし、貸し出しでも良いから剣道をしたいのであれば、それこそ僕の家の道場に来れば良いって話なだけだ。

 徳川剣術道場に爆弾のようなオッパイは無いがラブリーな豆柴が居る。

 それにお茶と煎餅ぐらいは提供しよう。

 門下生になり我が家に月謝を落とせ、若者よ!

「気を取り直して第二位に行こう」

「ちょっとちょっと!本気で十兵衛ちゃん登場無しですか?母乳を噴き出しながら戦う剣士とか新しいと思いますけどぉ!」

「そういうのを期待するならエロを消費してくれって話だろ。それに部長は自分の胸についてコンプレックスを感じているんだ。当人が指摘されて嫌な事を持ち上げて周りが騒ぐのは品性を失った人間のする事だ。部長の胸について騒ぐのは、僕の自殺について騒ぐのと同じ事だよ」

「ぬぐぐ…!会長さんの自殺を引き合いに出されると何も言い返せなくなります…!」

 生きていればコンプレックスなんて誰にでもあるけれど。

 それを個性だと割り切るだけのユーモアと度胸があれば良いのだろうが。

 誰もが素手で虎を引き裂くキヨミンのような女傑には、なれない。

 それもまた、人間だろう。


 さあ、第二位は!

 第二位 卓球部

(理由 ここ中国じゃねえし)(理由 地味です)(理由 温泉旅館では主役じゃが…)

(理由 女子卓球はユニフォームが何気にエロい)(理由 袖口からブラが丸見えです)

(理由 ブラ紐が背中で透ける…)(理由 お尻のラインが出過ぎる)


「うん。女子卓球がエロい事だけは伝わった」

「フィットした試合着じゃから身体のラインがハッキリと出るんじゃな…」

「構えた時のお尻のプリプリ感と太もものムチムチラインは他では味わえませんよね!ラリーの時にケツがプリンプリンと揺れる仕草は見ていて非常に劣情を誘う光景かと!」

「ヒーラー、発言がドンドン変態じみて来てるわよ…?」

「でも背中のブラ紐が透けるのはガチで嫌…」

 となると女子テニスもあまり人気が無いスポーツと言う事になるのだろうか?

 同じようなユニフォームなのだし。

「会長さんは解ってませんねえ。女子テニスはお尻のラインが隠れるんです!」

「それに女子テニスはワザと見せてる感があるわよねえ?撒き餌って感じがするもん」

「爽やかだけど、扇情的なエロさは無いかな…?」

「いや、どの部活がエロいかを語る会議ではないんじゃがな…」

 確かに、そうかも知れない。

 女子テニスはエロさよりも先んじて爽やかさを感じるから。普段、あまり活発じゃない女の子が運動をしている姿を見ることが出来るのも女子テニスだと言えよう。

 まあ、人気の部活だし幕府が手を貸すまでも無いかもしれない。


 さあ、第三位だ。

 第三位 女子バレー部

(理由 なんか怖いイメージ)(理由 女子の部活で唯一本気なイメージじゃな。ストイック過ぎて怖い気もするわい)(理由 サイズの小さなブラをしないと胸が揺れる)(理由 胸が揺れてる仲間への劣等感…)(理由 エロさが現実的で肉感が半端無いですよね!)(理由 女子バレーで選んだ男に嘘は無い)


「もうさ。この企画辞めよっか…?」

「じゃなあ…。新入生には自分で選んで貰うのが一番じゃて…」

「なんでですか!女子バレー部のエロさはそのまま本人の等身大のエロさですよ!ムチムチプリンなお姉さんが一つのボールを求めてコート内を走り回るんです!もうありとあらゆる角度から見てもエロしか伝わりません!」

「女を棄ててるところから産まれるエロスだしね」

「女子バレーを受け止めることが出来る男子は本物…。逃げる男子は偽物…」

 さっきから女子側の意見があまりにも生々しい。この企画は部員数が足りていない 部活動への支援策を検討する会議であって、エロさを語る会議では断じてない。

「てか、そもそもエロさを語るならキヨミンとこの新体操が一番なんじゃないか?」

「試合着がレオタードじゃしなあ…」

「むー。弓道部も試合着をレオタードにすれば良いのにぃー」

「ヒーラー、そんな事したら弓道部の皆はただの変態集団になっちゃうでしょ?」

「でも新体操部は部員充分に居るし…」

 新体操の星と呼ばれるキヨミンお姉さんの影響か、部員の数も実績も充分。

 確かに幕府が宣伝する必要は無いか。

 支援策も何も決まらない、いつもの会議。

 この放課後雑談倶楽部こそが幕府の真の姿である。

「流行のアニメのコスプレをしたCFを学内のホームページに張り付けるってのはどうです?画像よりも動画の方が新入生に伝わり易さは大きいでしょうし!」

 癒しの姫君がまた無茶な事を言い出した。

 着せ替え趣味のあるお姫様の事である。

 色々なコスプレを自分が楽しみたいだけである事は明白であった。

「んじゃ平坂、例えばどんなCFを作るって言うんだ?」

「部屋と私と部活とセーラ服と機関銃と俺とお前と大五郎です」

「却下だ」

「あーん!」

 語呂はビックリするほど良かった。

 だが、語呂だけの出オチに金をかけたCF製作なんぞするはずが無い。

 幕府予算は常にカツカツなのだから。

 まあ、コマーシャルフィルムの制作っていうのは確かに良い案だが。

「ならアタシに考えがあるわ」

 と、チンピラ姉ちゃんが自信ありげに言った。

 卓袱台を囲んで煎餅を食べながらの会話から、立ちあがっての未成年の主張。

 まるで生徒会長のようなカリスマ性に溢れる清美お姉さんの発言には説得力が産まれる。

 書記だけど。

「抱き合わせ商法よ。人気の部活と不人気の部活のコラボでCF作れば良いじゃない」

「またお前はギリギリな所を攻めるのう…」

「…でも、良い案かもしれない…」

 そうだろうか?

 僕にはコラボって言うか、ジャンルごった煮の異種格闘技って思えて仕方がないんだが…。

「キヨミンの言う通りに例えば運動部と文化部をコラボさせるとして、ある程度の共通項が無ければ無理な設定になってしまう。運動部と文化部は温度差が在るモンなんだぞ?」

「だから其処は青春よ。野球部で頑張る幼馴染の男の子の事を美術部の女の子は絵に描く訳よ。秘めた想いを込めてね。この案件で重要なのは帰宅部を減らすって事でしょ?なら部活動を行う事は青春を過ごす為には必要なファクターなんだよって事を新入生に伝えるだけで良いじゃない。運動部も文化部も青春には変わりないんだからさ」

 キヨミンにしてはまともな意見だった。

 確かに、近年帰宅部の学生が多い事が問題となっているとの話も聞こえてきてはいる。しかし金銭的な事情による事も含む為に部活動への所属は強制出来ない。そんな問題を抱えてもいるのだが、そうした学生への支援策として神降ろしを用いた祟りの討伐部隊に登録している生徒には助成金が支払われるなんて事もあった。それを本丸の連中は祟り相手に小遣い稼ぎぐらいにしか思っていないのだけど、それで地域の安全が守られるのであれば万々歳だろう。部活に打ち込む事だってできる。

 沖縄でハブを捕まえて役所に持って行くような物だ。

「ハブって素揚げして食うと美味いらしいぞ…?」

「何故に此処でハブの素揚げが出て来るんじゃ?」

「会長さん、お腹空いてるんです?私、海外に居る時にヘビ料理食べた事ありましたけど。そんな何度もリピートする程に美味しいっては感じませんでしたねえ。皮が厚くて噛み切れないって言うか、ゴム噛んでるみたいでした」

「ヘビ肉は美味い個体とそうじゃない個体の差が激しいわよね。アオダイショウは臭くて食えないって話でも、ハブとかニシキヘビは美味いって聞くし。山岳部とか森林地帯で不正規戦を行う部隊はだから匂い消しの為にカレー粉を携帯するんでしょ?」

「これ、部活の話だよね…?」

 そうだった。

 金銭的余裕が無い生徒が部活動に参加出来ないという話から、何故かヘビを喰う話に脱線してしまっていた。

 ヘビはお金の神様だから、だろうか?

 いや神様喰うなよって言われたらそれまでだが。

「でも、部活動に所属するって結構私達の学校の場合は特殊な意味で重要ですよね?」

 と、卓袱台を囲んでスルメを食べている癒しの姫君は言った。

「ほら、神降ろしをして自分に同期する武器って自分が思う所のある物になるじゃないですか。剣道を小さな頃からしてた会長さんは日本刀ですし、お父さんが自衛隊のお偉いさんである忠宗君は銃剣ですし、キヨちゃんは新体操部だからリボンみたいな鞭ですし、吹奏楽部で世界中の演奏会に引っ張りダコのカズちゃんは楽器を使って音で戦います。そう考えると、この学校で部活動に所属するって意味は祟りとの戦いの時にどの立ち位置に立つかに直結するんですよねえ。まあ帰国子女の私は弓道部でも銃なんですけどぉ」

「クチャクチャとスルメを噛みながら話すんじゃない。でもまあ、確かに平坂の言う事はその通りだよな。文化部だからって支援部隊になるわけじゃない。神降ろしはそのまま概念武装だから何が自分にとって一番しっくり来る精神感応兵器なのかは過ごす日常の中で決まる」

「本丸で多いのは手槍と曲刀じゃな。盾を構えつつ片手で扱うことが出来る武器に同期しておる生徒が大半じゃ。逆に両手持ち、ワシの銃剣や殿の日本刀のような者は少数派になるか。陣形を組んで祟りとの戦闘に当たる場合は確かに盾を持つ者が多い方が効率的なんじゃが」

「大奥は殆どが突撃銃か狙撃銃よね。アタシや和穂みたいな武器を持つ旧市街出身者は大奥の中じゃ珍しいかも」

「そもそも楽器が精神感応兵器なのは、世界で私だけだし…」

 部活動に所属する事が自身の戦闘スタイルを決める、か。

 出来るのであれば、ゼロレンジやショートレンジで戦う様な事は避けて欲しくも思うのだが。

 この前まで中学生だった子にいきなり殺し合いをやれと言うのは無茶だ。

 それに幕府が有する主力戦力は幼馴染の伝統工芸科の生徒だけで充分である。

 新入生を鉄火場に出すのは好ましくない。

「しかしながら祟りと戦いたいから平坂信条館に入学したって生徒も多いのう…」

「祟りとの戦闘を行う学校は神仏庁付属か平坂信条館が最大規模だからな…」

 戦闘に心躍らせるような人間は今すぐに戦争に参加してみれば良い。

 日常からの脱却を非日常に求める様な人間は何処にも居場所が無い事に気付くだろうから。

 非日常は求めるような代物でもなければ個人が扱いきれるだけの代物でも無い。

 なのに僕等は非日常に心を躍らせる。

 つまらない今を打破してくれる何かがあるのではないかと、淡い期待を胸に秘めて。

「でも戦争規模の戦闘って最近無いけど?発生する祟りも群体じゃなくて個体じゃん」

「人の負の感情が減ってるから…」

「好景気ですからね!主に私達が暴れるせいで!」

 ウチの大奥生徒が宿す神降ろしは成分無調整。出力がデカ過ぎるのだった。流石に街中に大穴を開けるような事さえまだ無いが、田圃や施設なら既に幾つも吹っ飛ばしている。

 その度に工事を発注するのだ、仕事が無くなることは無い。

 キヨミンが蹴り殺した〈美と戦の女神〉が新遠野市市民体育館を巻き込んで吹っ飛んだ。鞭を使えと言う僕の懇願も聞き入れず、剛毅の舞姫と呼ばれるキヨミンはは妖怪モード〈化粧の前〉の力を使い甲冑に身を包んだ金髪美女の脇腹に強烈なミドルキックを叩き込んだ。

 初めて、僕は外人の綺麗なお姉さんが白目を剥いてゲロを吐きながら吹っ飛ぶ様子を見た。

 神話級の女神をノックアウト。

 魔裂斗ばりの強烈なミドルキックだった。

 結果、市民体育館が新設されるという大きな工事が仕事として産まれた。

 その日、僕は理事長から殴られた。

 祟りを倒せば町は必ず破壊され、破壊された街は新たな姿と生まれ変わるべく人々にパンと仕事を与える。ヤオロズネットという石油資源にも近い利益の湧く泉は未だ枯れる事を知らずに滾々と新たな神様を産みだしている。

 破壊と再生の間に人は金のやり取りを設け、意思の疎通を図った、か。

「んじゃCFは平坂が美術部の女子役。キヨミンが野球部の男子役。忠宗が野球部男子の母親役。カズホッチが野球部男子の父親役。僕が未来からやって来た宇宙警察ジョバン役で行こう」

「うむ。殿がもう部活動の案内なんぞどうでも良くなってるのが伝わるわい」

「えー。私が宇宙警察ジョバンやりたいですよぅ!」

「和穂。アンタ、シャワーシーンあるから準備しときなさい」

「…え…。…マジ…?」

 全く決まらないCF作り。

 もう会議と言う名の雑談である。

「ピッチャー役のキヨミンが投げた球を忠宗が手にする大根で打つ。はい此処で一言『最近の野菜の値上がりは死活問題じゃー』。其処で平坂がカズホッチが飲んだくれで家の生活費を酒代にしている劇的瞬間を絵にする。そして僕はその平坂を光線銃で射殺な?」

「全くもってカオスじゃな~」

「会長さん。なら此処はキヨちゃんが投げた球を卓球部の忠宗君が打ち返して、調理部のカズちゃんがキャッチしてファーストに送球の方が部活動案内っぽいですって。そしてその光景を私が絵に描いて、ジョバンの光線銃で射殺された方がまだ伝わります。一応、部活動案内なんですから」

「そして和穂のシャワーシーンに間違えて入って来るジョバンでオチね?」

「…変態……!」

 なんかもう、それで良いような気がしてきた。

 こんな案件に時間はそうそうかけていられない。

「よし。んじゃ各自で衣装の準備。キヨミンはソフトボール部に行ってユニフォーム。忠宗も卓球部に行ってユニフォーム。カズホッチは割烹着と三角巾と旧スクール水着。平坂はデニムのツナギとチューリップハット。僕は宇宙警察機構に行って変身セットだ。ちぇっちぇと動こう、ちぇっちぇとな。今日中に撮影終わらすぞー?」

「「「うぃー」」」

「…え?マジでスクール水着でシャワーなの…?」

 そうなの。

 マジなの。




 なんと言うか、出来たCFを見せてみたら未完成ながらも本丸男子に大好評だった。

 主に、カズホッチのシャワーシーンがだ。

 これにナレーションを付ければ完成である。此処まで作業が進めば後は人数は不要。

 なので撮影を終えた僕と平坂は詰めの作業の為に残業を行っていた。

「会長さん本気でカズちゃんに殴られましたね。折角悪ふざけで伝統工芸科の皆さんが作ってくれたジョバンのスーツがバキバキに割れてます」

「もう撮るとなったら命懸けで撮るからな。僕には生徒会長としての責任がある」

「そりゃ水着の肩紐引っ張ったり背中を上向きに引っ張るのは殴られますって…」

「それを視聴者は待ち望んでいるからな。期待されたら応える、それが生徒会長だ」

「あ、動かないでください。肉に食い込んだ破片取り除くの、難しいんですから」

「僕の体内に残された破片を全て取り除いたら早急に止血と消毒を頼む。あまりにもダメージがデカ過ぎて神降ろしが緊急起動したぐらいだ。折れたアバラと潰れた内臓は霊力を消費して治療する。出来れば〈アマテラス〉の治癒奇跡の使用も要請したい」

「会長さんの神降ろしは英霊タイプでしかない〈クロウ〉なんです。そりゃカズちゃんの神降ろしである〈ベンザイテン〉の出力に当たり負けするのは当然でしょうに。元人間が神代の神様に勝てるはずないんですから…」

「大怪我の中でも、カズホッチのケツのラインがハッキリと解った事は収穫だと思いたい」

「もう喋ってないと気絶しそうだってのは解りましたから。本当に会長さんは日々を命懸けで生きてますよねえ…。はい、これでジョバンの破片は全部取り除きました。カズちゃん、無言で会長さんに怒涛のラッシュでしたからねえ。よくもまあ、生還したモンです」

「新入生憧れの山内先輩の身体のラインを完璧に見せたんだ。部活動案内のCF以上の仕事はしただろうな。これ以上を求められたら次はお前かキヨミンを犠牲にするしかない」

「私にはお見せ出来るような大したものが付いてませんからねえ…」

 現在、僕は癒しの姫君から本当に癒して貰っている。

 治癒能力を持つ神降ろしである〈アマテラス〉があってこその無茶だ。

 僕の記憶はジョバンがカズホッチ宅の浴室に颯爽と登場し「おるぃぃ~!」と低い声で叫びながら彼女の水着を出来るだけの腕力で引っ張った所までしかない。どうやら僕は無口で無表情な美少女にボコボコにされたようだった。

「くっ、それでも笑いとしては及第点と言ったところか…」

「本丸の男子って笑いに命賭けますけど。それ女子側からしたら本当に迷惑ですからね?」

「伝統工芸科の連中は笑わないで僕の笑いを冷静に分析するだろうな。ジョバン登場の際は、もっともっとテンションを上げて行くべきだった…」

「いや、あれ以上したら本気でカズちゃんから嫌われますって。それで無くてもカズちゃんは男子にモテモテなんですから、会長さんが山内信者に殺されちゃいますよ?」

「いや、山内信者は僕を崇めるであろう未来が視える」

「カズちゃん、お尻の形クッキリでしたもんね…」

 確かにカズホッチは男子に異常にモテる。

 無口で無表情はあるけど、美人でありその演奏が心を魅了するからだろうか。

 旋律の天使なんて呼ばれているのが良く分かる。

 ま、その女の子のケツを低い声で「おるぃぃ~!」したんだけどな。

 子供が真似をするといけないから、あまり連呼はしないでおこう。

 絶対に流行らせちゃならない犯罪行為だ。兄妹のように育った僕等だからこそ、初めて可能な荒業である。


 ちなみに徳川剣術道場の隣には加藤精肉店が在り、女学院・大奥に通うキヨミンの実家になる。更に逆側の隣には大福寺という御寺が在り、親友の忠宗は此処の息子だ。そして僕の家の斜向かいにカズホッチの実家である山内鮮魚店は存在している。平坂陽愛ちゃんは帰国子女なのでチーム・旧市街に途中参加なのだった。


「超絶癒しボイスのお前にナレーションは任せるけど、問題ないか?」

「別に良いっすけど。そういうのって生徒会長がしなくて良いんですかね?」

「その生徒会長は現在瀕死の重傷である事を此処に主張したい」

「自業自得じゃないですか…」

 姉代わりのキヨミン、妹代わりのカズホッチ、兄代わりの忠宗の三人。

 僕を含めた四人は小さな頃から何をするにも一緒だった。

 高校時代になり、其処にお姫様が加わって五人。

 幕府はこうして活動を続けるのだろう。

 そう、僕が消えても…。

「ゴフっ…」

「主役がアホな事で死んでどうするんですか。もう会長さんは談話コーナーにお布団敷いて休んでて下さい。ナレーションは私がしておきますから」

「あ、じゃあ十八時まで寝るけど。良い?」

「了解です。もう寝てて下さい」

「あいあい。んじゃ寝かせて貰うよ…。秘技!セルフラリホーマ!」

 セルフラリホーマ(本気で寝る事の意)を使い、ちょっとだけ身体を休めよう。

 必死でナレーションを吹き込んでいる声が、丁度良い子守唄となって。




 さて後日、全校集会では新入生と同級生と三年生の男子、つまり本校に存在する全ての山内信者から喝采と称賛の声を浴び続け、これそろそろ自家中毒になるんじゃね?と思った辺りで今年度の部活の入部申請が始まった。

 無理やりジョバンをやって良かったと思う。

 当のカズホッチは相変わらず無表情なので何を考えているのか窺い知る事が出来ないが色恋沙汰に価値を見出せない彼女の事だ、ケツの形を知られたところで別にイイやと考えているのかも知れない。

 僕の嫌な仕事の一つとして全校生徒の前での訓示だの挨拶だのがあるが。

 本日の全校集会は部活動の宣伝がメインだった為に僕の出番は無し。それぞれの部長さんがそれぞれのブースで所属する部活動の内容を話したり勧誘を行ったりと講堂内部は簡単な学園祭のようにも見受けられる。

 僕は講堂奥の壇上に座り込み、新入生の流れをボーっと見つめていた。

 隣に気配を感じると、癒しの姫君こと平坂陽愛が僕の顔を覗き込んでいる。

「かーいちょーぉ、さん♪」

「帰れ」

「なんですとぅ!」

 アメリカ仕込みのオーバーアクションがいちいち五月蠅い。そしていちいち古臭い。

 本日、帰国子女の癒しの姫君は通常通り絶好調。

 平坂も僕の隣にペタンと座り、人の流れを見ている。

「忙しいんじゃないのか?弓道部、癒しの姫君効果で凄い新入部員が入ってるだろ」

「弓道部ブースは部長に任せて来ました。いやあ、ブースは場所取りが命ですねえ」

「我が剣道部なんかブースあるの講堂準備室だからな。講演や集会の時に使う折り畳み椅子と折り畳み机の間に茣蓙を敷いてコッソリと勧誘してる」

「それ、もう勧誘する気無いっすよね…」

 新人が入る事で部活動の質を下げたくないとの部長の意向だ。確かに量の増加は質の低下を招くのだが。現在そう言った部長の十兵衛ちゃんは準備室で携帯ゲームを楽しんでいる。

「男子剣道部が僕一人で女子剣道部が部長一人。もう廃部で良いんじゃねえか?」

「精神感応兵器も日本刀に同期する人、減少するだけ減少してますもんね。今の所は本校で会長さんと十兵衛ちゃんの二人だけですし、本校以外の神降ろし運用校でも稀ですね」

「この大量の新入生はこれから何人ぐらいが祟りとの戦闘で心折れるんだろうな?モンハン感覚で討伐に参加しても戦闘で損壊する人間の部位に吐き気を覚えるもんだし神降ろしの修復も慣れないと内臓を掻き回されているような感じでやっぱり気持ち悪くなる。部活が戦闘ありきだとは言わないけども、神降ろしをしていればどうしても祟りとの戦闘義務がある」

「誰の物か判らない耳とか指とか飛んで来る事も普通ですからね。戦闘ですから仕方の無い事なんですけど。しかしカズちゃんのお尻効果なのか吹奏楽部が凄い人気です」

 吹奏楽部のブースには長蛇の列が出来ておりその対応に追われるカズホッチも無表情ながら動きが怪しい。多分、あの反応は多過ぎる人に苛々している。その内、新入生側に死人が出るかもしれん。

「精神感応兵器が楽器に同調したってのはカズホッチだけだ。この中から本気で音楽が好きで本気で音楽で飯を食いたいって人間が居れば後方支援に使える『音使い』が増えるな」

「大半がカズちゃんのお尻目当てですけどね…」

「並んでんの、男子ばっかだしな…」

「不憫です…」

 壇上で並ぶ生徒会長と副会長。

 此方に視線を送る新入生は間違いなく僕ではなく隣の美人を見ている。

 コイツの優しい所はこうして同じ目線に降りて来てくれるところだ。

 どんな人間とも視線の高さを合わせる。

「大奥の制服って材質絹なんだろ?んな地べたに座って良いのか?」

「別に良いんですよぉ。男子から見られる機会なんて部活か集会か生徒会でしかないんですからねぇ。擦れて破れてても私は全然気にしないです!大奥生徒は下着でウロウロする事もありますし、女子校ってのは凄い自由ですから!」

 一応、平坂信条館・女学院は全国各地からお嬢様が集まるお嬢系なんだが。

 女子は人の目が無いと自宅感覚になるというのは仕方ないだろう。

 お嬢様であれ一般の方であれ。

「僕は小さな頃から姉代わりのキヨミンとか妹代わりのカズホッチがいたから女性に夢を見るような事も無いけど、あんまそういうのは男子の前で言わない方が良いな。お嬢様に夢を見てる男子も沢山いるんだ。お嬢様はトイレに行かないし鼻水も涎も出さないってな」

「お嬢様だって出るモン全部出ますよぅ!」

 御尤も。

 出なかったら大変だ、高確率で病気になる。

 若しくは高確率で既に病気だ。

 是非とも、気を付けて頂きたい。

「新入生へのナノマシン投与はもう終わってるんだっけか?」

「入学時の健康診断の時に注射されますからね。あとは性格が変わる程の激しい心の揺さぶりを経験すれば晴れて神降ろしをします。既に心に痛みを持つ生徒は投与時点で神降ろしを発現しているとの報告もありますね。その大半が中学時代に苛められていて不登校だったって生徒さんですけど、そんな『大人になったのが早い新入生』の会長さんへの憧れが凄いと言いますか。なんせ神降ろしをした途端に『本校生徒会長、徳川さんにお仕えしたく思っているであります!』って騒いだとか騒いでいないとか。良かったですねえ、後輩に人気で」

 全くもって良くない。

 人気が出れば視線を集める。

 それは隠れてコソコソ動かなければならない僕にとって致命的だ。

「幕府・暗部担当だからなあ。暗殺だの要人警護だの、僕は人斬りとしてコソコソ動かなくちゃならないし、キリキリ働かなくちゃならない。僕に人気が出れば依頼主の理事長が困る」

「お父さんは放っておいても良いんです!私はいつも寂しそうにしてる会長さんが人の輪に入れるキッカケとして、後輩の皆との交流を持つ事を深く推奨します!」

「僕、そんな寂しそうかねえ?」

「今だってボッチ侍じゃないですか。こーんなステージに一人で座って不貞腐れたような顔してます。凄い寂しそうなのにコッチ来んなオーラが出てますし、一歩でもパーソナルサークルに踏み入れたら斬られそうなんですもん」

 パーソナルサークルなんて在って無いようなものだが。

 この街じゃ特にそうだ。ヤオロズネットが〈神人〉の個人情報の全てを管理している為に有る程度までの情報の閲覧は何時でも出来る。だから神降ろしをしている生徒は民間軍事会社に登録している社員のようなものだ。不正・不義を厳格に取り締まり、神降ろしの悪用もヤオロズネットに管理されている為にすぐに悪事は露見する。そもそもヤオロズネット自体が一つの大きな、それこそ宇宙のようなデカい神様であり、神降ろしはその神様から細胞の一つを借りているようなものだ。

 パーソナルはネットと混じった瞬間に消え失せる。

 個人が広大なネットを形成する一部となる。

「今度は今年度の各部活動に必要な部費を決めなくちゃならないな。我等が剣道部には一銭も要らないけど、忠宗がいる柔道部やキヨミンの新体操部、それとカズホッチの吹奏楽部には結構な額が必要となる。基本的にこの学校、学費以外にも収入があるから赤字にはならないんだけど。それでも節約はしたい。具体的に言えばお前の所属する弓道部とかだ」

「おやおや?それはこの私に対する挑戦ですか?」

「なら弓道部は年間四百万も何に使ってる?」

「黙秘しまーす♪」

 弓道部の部費だけが異常に高い本校。

 間違いなくお姫様が関与している事は疑いようも無い。

 剣道部なんか年間三十円だというのに。

 前生徒会の先輩は三十円で何か出来ると考えたのだろうか?

 どう考えても端数を押し付けているとしか思えんのだが。

 ザワザワが鳴り止まない講堂内部は春なのに夏の蝉の合唱を思わせる。松尾芭蕉が「静けさや 岩に染み入る 蝉の声」とはよく言ったもので、騒がしいのは講堂内部だけであり外に見える田圃風景は穏やかで静かなまま。

 耳に聞こえる雑音が遠く感じる程に春の旧市街は静かだ。

 ただ、まだ雪が残り。

 未だ冬の中であると言っても良い程に寒いだけで。

 壇上にジッとしているのだってヒーターが壇上にあるからだ。

 この寒さの中、ヒーターの温もりを独り占め。

 これこそ生徒会長の特権であろう。

「つーか寒過ぎるぞ。五月だってのにツララあんだから」

「子供達はまだ雪遊びが出来るって喜んでますけどね。貴族街の子供達はあまり外で遊ぶ事が無いですからどう思っているかは解りませんけど、旧市街の子供達はまだまだ雪だるまを作ったりソリ滑りを楽しんだりしてますし」

「お前も旧市街の子供と一緒になって遊んでるからな…。そりゃ旧市街の子供の事情に詳しくなるはずだ」

「だってえ。楽しいんですもん」

 北地区・貴族街住まいであるのに東地区・旧市街の子供達に人気の癒しの姫君。

 同じ目線の高さで同じ視線を持つ事が出来る優しさがあるからこそだろう。

 決して、子供と一緒になって本気で遊んでいるわけではない。

 多分。

 きっと。

 パタパタと動きながら壇上より下界に降りたお姫様はニコリと笑いつつ僕に言う。

「後輩の皆は会長さんに憧れてるんです。新入生サービスして来るのも良いもんですよ?」

「新入生サービスって言ってもな。先輩って基本的に怖いって思われてる存在だろうし」

 特に僕は血気盛んな連中が集う工業部の伝統工芸科。

 畏れの視線を強く感じる事は恐らく僕の所属も関係している。畏れの感情は信仰に繋がりヤオロズネットの安定に働く為に悪い事では無いのだが、やはり一個人としては何処か寂しいと思う所もあった。無論、先輩後輩の上下関係が破綻する程に仲良くなり過ぎるのも問題なのだが。

 それでも僕が生徒会長になった時は前任者の会長から随分と助けていただいたものだし、今でも先輩から助けて貰う事は多い。僕も後輩が困ったときは助けたいと思うし後輩の目標になりたいとも思うのだが。

 それでもサービスしてまでご機嫌取りと好感度アップを狙う必要は無い。

 僕はある意味で全校生徒の中では一番有名な生徒であり立場上は公的な物になるのだから、新入生が困った時には向こうから助けて欲しいと言ってくるはずだ。生徒会長という立場になり一番大きな利点が出来たと感じる事は集団の中で埋もれてしまいやすい個々のニーズを拾い易いと言う事に限るし尽きる。

 幕府はお助け集団なのだから人を助けてナンボ。

 しかし過度に寄り添えば最低限の礼を失する事に繋がる。

 それは太古の昔から取り締まる側と市民との間に存在していた溝だ。

 システム的に取り締まる側が上の立場にいなくてはならない。

 そうでなくては治安維持など出来る筈が無い。

 まあ士農工商の階級制度が無くなり取り締まる側も民間人である事から警察と市民との距離は昔に比べれば遥かに近づいただろうが。しかしながらそれが今度は取り締まるべき市民の理解無くして治安維持活動が困難になるというジレンマが発生する事となってしまった。

 言わばそれは取り締まる側の株式会社化。

 曰く、税金を沢山払っている者の味方へ。

 取り締まる側と市民の立つ位置が同じ高さへ。

 それが今の社会。警察が犯罪の予防に積極的に動けない組織になった理由だろう。

 悪い者を見つけたらすぐさま御用といかない社会の中で、悪者はすぐさま斬る事を可能にしているのが幕府の暗部なのだが。困った事に僕が暗部で働いている事は幕府に深く入り込んでいるメンバーしか知らない。

 後輩にサービスをして人気が出れば、人目に尽きやすくなる。

 暗殺や要人警護が主要任務である暗部にそれは致命的だ。

「新入生にサービスしつつ、新入生に人気が出ないようにするには…」

 僕は考えた。

 新入生を可愛がりつつ、新入生に嫌われる方法。

それは_。

「ダメですよ?新入生の女の子に「おるいぃ~?」しちゃ。あれは会長さんの妹分であるカズちゃんだからこそ成り立つ荒業です。この前まで中学生だった女の子のケツのラインをくっきり出しました何て日にゃ、最悪逮捕されちゃいます」

 ダメか。

 先んじて僕の行動を封じてきやがった。

「大奥の一年生ならエロに多少の耐性もありそうだけど?」

「忘れたんですか会長さん。大奥の生徒は全員が超が付く程の箱入りのお嬢様なんです。未だテレビで勇者シリーズと言えばファイバードだと信じている女の子の集まりなんですからね?」

「平成と昭和が混じりあう時代で止まってるな…」

「火鳥さんとかシーブック君みたいな髪型の主人公はあの時代に多いですよね。何気に会長さんも火鳥カットです」

「だからシーブック役である僕がセシリー役のケツのラインを出そうとしてる。僕がセシリーのオシリーを狙うのも自然なわけだ。そして今作のセシリー役はお前になるわけなんだが?」

「悩みどころは私のお父さんがこの学校の理事長ってところですよねえ。オシリー狙ったら、鉄仮面が来ちゃいますよお?ラフレシアに乗って鉄仮面が来ちゃいますよお?」

「ラフレシアってか、乗ってんのセルシオだけどな」

「普通のセルシオですけどね。もう、かなり長い事乗ってます」

 ボロボロだもんな、あのセルシオ。

 理事長、走行距離にして四十万キロ走ったとか言ってたっけか。

「金有るんだから買い換えればいいのに。それこそお前ん家ならベンツやレクサスとかの高級車どころかフェラーリとかのスーパーカーだって所持出来るんだろ?」

「物を直して長く使う事に美意識をって伝統工芸科で学ぶ生徒の言葉とは思えませんけどね。確か、初めて成功した研究成果の報酬で買った車だから手放したくないんだそうです。それにベンツなら大奥の送迎バスがシルバーアローですし、大奥は公用車がレクサスですからね」

 これから部費の査定をしなくちゃならないってのに随分と羽振りのいい話だ。

 本丸なんか軽トラが移動の足だってのに。

 耕運機に乗って移動する農業部だっているぐらいだ。

 総合学部を持つマンモス校ならではの格差というべきなのだろうか?

 マンモスの部分、大奥だけの様な気がするんだけど。

 本丸は土地が広いだけでウサギみてえなもんだし。

「まあ、初任給で買ったモンを大切にしているってのは僕等みたいな職人からは嬉しいけど。そもそもこの新遠野市の顔役がボロボロのセルシオ乗ってるってのは、どうもなあ」

「私だって乗りたくないっすからね、あんなオンボロ。でも家の車があれしかないですし、別れた母親は良い車乗ってたんですけどね」

 大女優・平坂日向か。

 そりゃ、世界的な女優があのセルシオ乗ってるイメージはつかない。

  VIP仕様の車を乗ってカッコいいと思ってる人間が田舎にはまだ居るモンだ。

 フルスモークのクルマとか本当にまだ旧市街を走ってるし。ただまあそれは旧市街には旧車が多く走る文化にも繋がるので旧車好きな僕としてはそれはマイナスだけに働く文化ではなかったのだが。

 シトロエン2CVと聞いてキチンとイメージ出来る読者諸兄が何人居るのだろう?

新遠野市旧市街にはシトロエンが普通に走っている。フィアットだって初期のパンダがオシャレだとして地元の女子大生とか若い女性が好んで乗っていた。自然と共存する文化こそヤオロズネットの機能を阻害しないと言われているが、自然と共存し過ぎるデザインの旧車が旧遠野市にゴロゴロ走るようになるとは柳田国男先生も終ぞ思わなかっただろう。

 しかし雪国でFR車を乗るアホが路面凍結する冬に田圃に落ちる文化もまた。

 愛するべき東北の文化という事でもあろう。

「新入生には新入生で色々思う所があるだろ。剣道部は誰も来ないだろうけど、どの部活動に入るかは新入生に決めて貰うのが一番だ。僕は此処でヒーターの温風を独り占めしてるから平坂は平坂でやるべき事をやんなさいって」

「はぁーい♪」

 そういってお姫様は新入生が列を作る弓道部ブースへと駆け出して行った。

 相変わらず講堂には沢山の新入生と部活動の勧誘を行う同級生の姿。

 独りが良いのだ。

 生徒会長なんてのは結局のところは孤独でしかない。

 やりたくもない役職に無理やり就かされて何が孤独だとも思うが。それは孤独を強いるのと何が違うんだろうか?

「別に良いけどな」

 自殺してからずっと僕は孤独だ。

 その自殺だって他人にさせられている。

 そんなもんだ。人間なんてのは。

 僕がこうして壇上で独りでいるのは。

 未来に夢を馳せる新入生にこんな絶望に満ちた僕の呪言を聴かせない為であった。

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