第2話 ほんじゃま、お付き合いくださいな?
◇
次の日、僕と忠宗が元時計塔である特別棟の生徒会室で相談窓口業務を淡々と行っていると特別棟全体に響くような大きな声で歌うお姫様の声が聞こえて来た。いつもの替え歌である。どうやら今日はブライガーの替え歌である御様子。誰も相談に来ない暇で閑散とした生徒会に楽しそうな平坂の替え歌だけが届く。
「ばくふぅーばくふぅー情けぇーむよぉー♪新遠野市のぉ路地裏ぁ♪アウトォロォーもぉー震えーだすぅーわたしたーちばくふぅ♪田圃道でも♪ぶっ飛ばすのさ♪コルナゴだぁ♪コルナゴだぁ♪会長さんが♪飛び出すんだよ♪スピィドォー♪トーリープルぅー♪広がる霊力、うー♪うー♪ウドのみーそしる、あー♪あー♪あいつはぁー♪とーおーのーせんぷー♪とーおぉーのぉーせぇんぷーぅー♪ブーラーイガァー♪」
扉を開けて生徒会室に入って来るお姫様。
いつもの通り、ニコニコ笑顔であった。
「ブライガー言ってんじゃねえか」
「ブライガー言うてしもうておる」
ほぼ、同時にツッコむ僕等二人。
「おおっと!これは暇そうなお二人さん。チャオー♪」
元気いっぱい。
見ていて、ぶっ飛ばしたくなるぐらいに元気いっぱい。
「…はーい。チャオ―…」
「…チャオ―、じゃ…」
授業の終った放課後にどうしてこんなにも元気なのか。そもそも大奥校舎から旧校舎に存在する生徒会までは結構な距離があり幾らロードを乗る平坂でもそこそこ疲れると思うのだが。
違うか。
平坂にとって放課後とは小学生みたいに授業が終われば遊ぶ時間だもんな。
そりゃ元気いっぱいにもなるという話だろう。
「此処で徳川千本桜がアニメ化したらブライガーみたいなオープニングを望みます、平坂陽愛です」
「無いだろ。兄貴でさえ産まれる前だぞ」
「紀康殿はガンダムがギリギリ放映されていた頃じゃろうからな」
世代のギャップが在って当然だ。
観てるガンダムが違うんだから。
自分が一番好きなガンダムはリアルタイムで観ていた物になる事が多い。
この現象を僕はガンダムギャップと呼んでいる。
「じゃあ、どんなオープニングが良いんです?」
「ウイングガンダムみたいにお前が草原で片手で片目隠してりゃ良い。そんで僕と忠宗は隅っこの方で目立たないように山菜採ってるから」
「うむ。タケノコにゼンマイ、タラの芽に山ウド。オープニング中に山菜を採って夕飯に備える訳じゃな。流石、時間の有効活用に隙が無い殿じゃ」
この時期、美味いのはやはりタラの芽だろう。
天ぷらもそうだが串焼きも美味い。
「いや…。主人公が隅っこで山菜採ってるオープニングって前代未聞ですよ会長さん。折角日本刀を使うんですから剣戟シーンとか入れるのが鉄板何じゃないかと」
「剣戟するって僕は誰と戦えば良いんだ?打ち合えば刀は摩耗するし痛い思いをするかもしれない。相手の方にも痛い思いをさせるかもしれない。もし相手の方に大怪我をさせてしまったら僕は御家族の方にどんな顔をして謝りに行けば良い?だったらお前達大奥組綺麗どころが動いてるその隅っこで山菜採ってネギ引っこ抜いて蕎麦茹でて天ぷら揚げて山菜の天婦羅蕎麦を作っていた方が有意義だとは思わないか?」
「うむ。なにせ岩手県は椀子蕎麦の地でもあるからな。其処に新遠野市旧市街の山菜の天婦羅が加わればオープニングの短い時間を利用して新遠野市の宣伝が出来ると言う訳か。流石、抜け目がない殿じゃ」
ガックリと肩を落とすお姫様。
ホトホトお前等には呆れ果てたぜという表情が腹立たしい。
「お約束ってあるだろーよ…。なんです、その女子だけ空回りみたいなオープニング…。こう、幕府メンバーが次々にカメラ目線で両サイドにいて最後に会長さんのアップでそのまま空にカメラがいって題字がどぉーん!っていうカメラワークとかそういう事です。そういうのですよ、オープニングって。それがなんですか!主人公とその相棒が隅っこで山菜採って天ぷら揚げて蕎麦茹でるって!私達女子が画面中央で頑張ってるってのに隅っこでチョロチョロ動いてる男子の方が楽しそうじゃないですか!私も混ぜて!」
プリプリと怒り出す平坂。
怒っても流石と言うべきか、その美貌は崩れる事が無い。
「僕等は警察や社会福祉協議会の下請けの組織だ。公的なサービスを行う機関が主役じゃ市民が脇役になってしまうだろ。いつの時代も市民が主役なんだ。なら、オープニングに出るのは新遠野市旧市街の方々にして貰って僕等幕府はそれを支えるようなものであるべきだし。公務員は決して主役であってはならない。それが下請けであるならば尚更だ」
「ワシのような寺生まれの二世坊主もそうじゃな。信仰を司る者は人々の信仰を普く支える存在であり人々の信仰を先導する者ではない。この地域に生きる人々が健やかに生きる事が出来るよう祈り、そして不幸があった場合には供養を全力で行う。支える柱である事こそ幕府の本懐。なんでも裏方が一番楽しいからのう」
更にプリプリと怒る平坂。
メインヒロインである意義を見失っている顔だ、あれは。
「義経公と弁慶を宿した二人がそんなジジイみてえな事を言っててどうするんですか!活力溢れる学生ですよ!前に前にと主張をするのが学生の役割である筈!そぉーれをオメエ等は一歩どころか三歩ぐらい身を引いて生きる事こそ日本人だみてえな年寄みてえな事ばっかり!血沸き肉躍るバトル展開とか!神降ろしの奇跡を行使した派手な戦闘とか!ヤオロズネットを巡る各勢力に暗躍する組織とか!会長さんと私のロマンスとか!親友である忠宗君の死とか!そういうのがジュブナイル物なんじゃねえの!」
「え。ワシ、死ぬんか?」
「神降ろししてれば命を式で固定される。面白いから平坂はそのままにしておこう」
怒ったお姫様は面白い。
暫く、そのままにしておこう。
「神降ろしの変身だってバンバンやってさあ!そうすればグッズ展開される時にはさあ!普段着と制服と神降ろし起動時で三体分作れるんだしさあ!女子は勿論水着にもなってさあ!そうやってバンバン経済を回してさあ!聖地巡礼とかで遠野市に来てくれた方々が前沢牛とかを皆で食べてくれてさあ!旧市街巡りとかで遠野市を観光するツアーが組まれたりさあ!そういうのは被災地支援にもなるんだしさあ!」
「神降ろしバンバンするって、ヒーラー、今はワシ等の頑張りの成果で祟りがあまり発生しないんじゃから、そもそも神降ろし起動の機会が少ないんじゃぞ?」
「忠宗、良いから平坂はそのままにしておこう。面白いから」
眼を血走らせ顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら熱弁するオカッパ頭の美少女。
なかなか、こういうヒロインも珍しい。
なお一層の力を込めて、地団太を踏みながら歯を食い縛って主張する現世の太陽神。
「春の交通安全運動の時とかさあ!私達が公共の電波に乗って注意喚起をしたりさあ!全国の社会福祉協議会の活動の紹介とかを私達が公共の電波でしたりとかさあ!そんで新遠野市の平坂信条館が文部科学省から表彰されたりすればさあ!ガッポガッポ儲ける事が出来るんじゃねえの!そんで儲けたら今度は私がオヤジに変わって新遠野市の市長に立候補すんの!そんで私が市長になったら其処等中にゲームセンターと雑貨屋作ってやんの!私が楽しむ為に!基本的に私の為に!」
「儲ける為に電波に乗るんかお主は…。『癒しの姫君』が聞いて呆れるわい…」
「旧市街は確かにゲーセンも何も無いから釣りかゲームぐらいしかやる事無いけど…」
僕等、地元の幼馴染のみで構成される伝統工芸科の生徒も二分化される。
釣りを趣味にするのか。
ゲームを趣味にするのか。
釣りが趣味の人間はその内に川釣りに飽きて陸前高田市までバイクで行くようになり、ゲームが趣味の人間はドンドン上手くなりプロになる事もある。要は都会と違って他者と時間を共有する機会も場所も少ないので自分による自分の為の時間が多いのだ。
それは勿論悪い事ばかりではない。
そうした暇を潰す事から才能を開花させる物も決して少なくないのだから。
「ちなみに会長さん。お誕生日プレゼントはどんな物を貰ったんですか?」
「えっと。忠宗から手作りのクッキーにキヨミンから牛脛肉にカズホッチからホタテの詰め合わせだったな。他には母ちゃんに焼香を挙げに来たって方々から海苔だのサラダ油だ」
「うむむ。葵オバちゃんを殺してしもうたワシにとってはそれを聞くのは辛いぞい…」
僕の誕生日、僕は自殺した。
そして気が触れた母親を忠宗が殺した。
そうして町は桜の幻影に包まれた。
それが大神降ろし事件。
イジメによる自殺から家庭崩壊まで、それは堕ちるというにはあまりに急降下だった。
「全ての始まりは、貴方の終わりでした」
そう、お姫様はいつもの癒しボイスに戻って僕に言う。
そう。全ての始まりは僕の終わりだった。
死のうとして死ななかった僕。
殺そうとして殺された母。
死ぬまで追い込んで死ぬまで追い込まれた彼等。
僕の自殺は僕の自殺が起点となって新たな物語を紡ぎだした。
僕は思い出す。
自殺させると。
自殺に追い込まれる。
因果応報。
物語は加速的に終わる。
これは、そういうお話だ。
始まります徳川千本桜。
チャンネルは、そのまま!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます