徳川千本桜 ~猿蟹ウォーズ~

居石入魚

第1話 すべての始まりは、あなたの終わりでした

 器に穴の開いた人間に対して何か支援をしたとしてもその支えを受け止める事が出来ないのは当然である。穴が開いているのだから水を入れても満たされるという事が無い。しかし支援している側の人間は変わらず水を入れ続ける。何度水が零れようとも愚直に水を入れ続ける。

 穴を塞ぐ事が何より重要であるという事を知ってか知らずか。

 それでも水を入れ続ける。

 そしていつか自分がこんなに支えているのにと怒りと共に支えるべき者を見棄てるのだ。

 穴が開いたままの人間は壊れたままで独りにならざるを得ない。

 これを犯罪心理学では『二次的被害による犯罪被害者の孤立』とか呼ばれているのだが。

 まあ簡単な話、自分を傷付けた人間が捕まらない限りは空いた穴が塞がらないので犯罪被害者を支援する時は加害者を迅速かつ早急に然るべき法的機関に送り込む事が何より望まれるというわけだ。

 穴を開けた人間を憎まず。

 穴が開いた人間を憎む。

 それもまた本末転倒というか救いの無い話だ。支えてくれようとする者は身を切り売って壊れた者を満たそうとするのに、器が壊れている者はそれを身に溜めこむ事が出来ない。

 故に刹那的に生きるしか出来なくなってしまう。

 僕が果たしてそうなのかどうかは僕が判断する問題じゃないし、自分の事なんか一番自分が判らないのは世の常だ。自分を評価するのは他者である。まあ、それがどんな評価であるにしろ自分が変わらないのもまた世の常なのだが。

 例えば「徳川が作るラーメンは美味しくない」と言われたところで僕は同じラーメンしか作れないわけであって、同じように「徳川のラーメンを食べたら風邪が治りました」と言われたところで僕は同じラーメンしか作れない。

 _この話にラーメンは関係無いが。

 いや、極端な事を言えば僕と平坂は今現在ラーメンを食べているので全くの無関係ではないのだろうが。


 旧市街・人気豚骨ラーメン店「豚豚豚」にて。


 僕は『豚骨チャーシューメン・煮卵キクラゲ辛子高菜コンモリ盛り』のカタを。

 お姫様は『豚骨チャーシュメン・ニンニク背脂チャーシューコンモリ盛り』の粉落としを。

 仲良く、カウンター席に並んで食べていましたとさ。

「お前のラーメン、肉の塊が何個も乗っかってるんだけど?」

「長浜系ラーメンと次郎インスパイア系が奇跡のフュージョンです。モヤシが無いのでスルスルと食べる事が出来るのが特徴と言いますか、豚豚豚における重装備仕様のこのトッピングはチャーシューよりスープの表面を完全に覆ってしまっている背脂が曲者なんですよ会長さん。これが麺によく絡んでなぁ?」

「女子高生がニンニクの磨り下ろしを山のように入れられたラーメン食うってのも珍しい絵面だよな。チャーシューも一つ一つが豚の角煮ぐらい大きいし」

摂食障害の波が来ていないので今日は折角だから外食にしようと言い出したのは平坂である。丁度僕等は祟り〈ヒトガタ〉の群れを祓った事で幾らかの戦闘手当を頂いていたので勝利の美酒として豚骨ラーメンを食べる事と相成ったわけだ。

 ちなみに九州で出されるような極細麺を提供する豚骨ラーメン店は新遠野市に豚豚豚しかない。替え玉のシステムを知ったのもこの店だし、ラーメンに紅ショウガと辛子高菜を入れる文化を知ったのもこの店だ。

揚げたニンニクチップスと同じく揚げた万能ネギは各席に自由にトッピングするようにと容器が常備されてあり、僕はそれ等をこれでもかと入れて食べる事が多い。逆に平坂はニンニクは生を磨り下ろした物しか入れずに同じくご自由にどうぞと備え付けらているマー油をこれでもかと入れて食べる事を好む。

 麺を啜ると香るのは豚骨の優しい旨味とガツンと来る香味野菜の風味。

 平坂に至っては生ニンニクから発生している刺激臭しか無い。

「あー、んめえんめえ♪」

「ホロホロになるまで煮込んだチャーシューを多めに入れるとチャーシューの煮汁をスープで溶く喜多方ラーメンの様な風味がプラスされるのかもしれないな。お前の場合はニンニクの匂いがキツ過ぎてそれどころじゃなさそうだけど」

「このヒメちゃんスペシャルにはニンニクと背脂とチャーシューは欠かせませんからね。その度合いが豚豚豚の場合はやり過ぎなだけです。そして骨髄から脳味噌まで煮込まれた此処の豚骨ラーメンはお肌をカサカサにしないのです。女子こそヒメちゃんスペシャルを喰えと私は言いたいですよね。半分ぐらい食べると口飽きして来ますが、此処でマー油ですよ会長さん!」

「忠宗達より先に店に入れたことは僥倖だ。特にキヨミンより後に入ってしまうとこの店で食べられる人気サイドメニューの殆どが無くなるからな」

 内臓女王のキヨミンより早く店に入る事が豚豚豚における鉄則であった。この豚豚豚、ラーメンだけでなく豚の内臓を使ったサイドメニューが美味しい事でも有名であり、ホルモンとレバーと心臓とたっぷりの野菜を赤味噌で炒めた後に豚骨スープで作る焼きそばはテイクアウト出来ればその日の運を使い果たすとまで言われる程に大人気なのである。白ホルモンの串焼きと豚足の塩煮込みだけで満足出来るので僕等は焼きそばをテイクアウトするという事は無いが。

「介護疲れで介護する筈の人間を殺してしまうというのも今回の案件で何となく解りましたね。介護というか支援は届いて初めて報われるというか。穴が開いてしまった人間の開いた穴を修理せずに支えるしかしないとこうなるのでしたか」

「こんなにも助けようと色々しているのに何で貴方は前を向かないのってな。前を向くも何も病気の人間に無茶言うなって話だろ。まず病気を治すのが一番なのにそれをしようとしない支援者側が問題だった」

「病気じゃないから何もしなくて良いと要支援者が言ったなら話は解りますけど。要支援者が病気だから医者に連れて行ってくれと頼んでも連れて行かないのは虐待なのでわ?」

「だから支援者と名乗ってはいけなかったんだろ。アルコール依存症ならばアルコール依存症を治す為の治療が第一だし、そのアルコール依存症の原因が恋人の浮気なら恋人を殺すなりなんなりするのが最優先だった」

「いや殺しちゃダメでしょうけど。まあ、確かにそうでしょうね。困っている人の助けてくれを無視するような人間が支援者を名乗ってはいけないかもです。考えてみると原因に対して何もしないんですよね、この国って。私の故郷じゃ原因になった人物や出来事を特定して裁判起こして白黒キチンと付けるのが基本姿勢なんですけどねえ」

「人を殺してでも掴み取りたい夢があるって美辞麗句みたいに聞こえるけど。それ、殺した人間の関係者に殺されても文句言うなって事だしな」

 今回の祟りはそういう『助けて欲しい側と助ける側の温度差』が原因であった。人間関係なんていう物は温度差が殆どの原因となって発生するような気もしないでも無いが。そういう人間関係を軽視する人間ほどに嫌われているなんていうのもよくある話。幕府は個人の人間関係であっても介入出来る唯一の組織だ。ならば、その特異性 を使わない手は無かった。

 介入したところで加害者は何も無い事を主張し被害者を世間から隠すのだけど。

 個人を世間から隠そうとする時点でそいつが犯人確定なんだけどな。

「あ、大将!替え玉一つ!粉落としで!」

「あいよ!ヒメちゃんは今日も元気いっぱいだね!」

「はい!それと次ファーストネームで呼んだらぶっ殺すからな?」

「おおっと!怖や怖や」

あれだけ器に乗っかっていたデカい肉の塊を完食したお姫様は早くも替え玉。親しみを込めてファーストネームで呼んでくれた大将にGSRの銃口を向けて微笑む。

「あいよ!粉落とし一丁!」

「どうもぉ~♪あ、大将。モヤシと辛ネギを追加で」

 塊肉が無くなりニンニクと背脂だけが浮かぶ器に平坂はこれでもかとニンニクチップスと揚げ万能ネギを散らし、更に辛子高菜と紅ショウガ、マー油を追加した。

 ヒメちゃんスペシャルは二段構え。

 此処に大量のモヤシと辛ネギをトッピングする事で東北で食べられる野菜たっぷりのネギ味噌ラーメンのような味わいに変化する。

 ラスボスが変身するような物だと考えてくれればいいです。

「相変わらずお前は豚豚豚を心行くまで堪能してんのな?」

「替え玉に加えてトッピングの追加を別の器に頼める此処ならではです。キヨちゃんは二杯目に豚足と白ホルモンを入れますし、カズちゃんは二杯目にブタキムチを入れますよ?」

「ふーむ。確かにトッピングが後から追加注文出来ることは嬉しいが…」

 替え玉というシステムが機能する豚骨ラーメンならではだろう。

 新たな麺と一緒に具材も替え玉出来る。

 ちなみに僕は揚げ餃子とニラキムチを入れる事が多く。

 相棒の忠宗は豚挽肉の胡麻味噌炒めである事が多かった。

「今回の事件というか案件もまさにそれなんですよね。器が割れてるというのに器を治す事をせずにスープからトッピングを注ぎ足して行っただけで何の解決にもならなかったのです。それに対して割れた器に対して怒ってるんです。割れた器を出した店主にじゃなく」

「臆病だったんだろうな。だからやり返してこない弱い人間にしか言えなかった」

「その結果がこれです」

 今回の祟り騒ぎによる人的被害はなかったがなんせ数が多かった。

 旧市街の町は彼方此方が破壊され田圃や畑も穴が開いている所が目立つ。建設業者は職人さん不足に悩んで復旧は遅々として進まず、その復旧の遅れは更なる地域の不満としてヤオロズネットに吸収されていく。

 一つの事件が事件現場周辺のストレスを上げるという事は珍しくない。

 小さな事件を同じ場所で積み重ねるというテロリズムも提唱されているぐらいだ。

 そういう目標攻撃の方法も存在するという話でしかないがね。

 存在しているのと実行するのかどうかはまた別問題だけど。

「大将。僕にも替え玉をお願いします。それとトッピングでニラキムチと揚げ餃子を」

「あいよ!康平ちゃんも大変だねえ?あんな化け物と戦わなくちゃならないなんて」

「今回のは弱い祟りでしたから大変ではありませんでした。寧ろ大変なのは旧市街に暮らす地域住民でしょうね。道路を寸断されてしまいましたし水田に通じる水路を破壊されましたから。独居老人や母子家庭の住民に対する幕府の支援の手も行き届いているとは言えませんし、其処は僕等の実力不足であるとしか言えないのですが…」

「元気いっぱいな女の子と礼儀正しい男の子って組み合わせがオジサンから見りゃ嬉しくなるんだよ。お約束というか鉄板というかね。しかし、ヤオロズネットに負の思念は溜まってないんだから万々歳なんじゃないのかい?」

「そう楽観視も出来ません。現在新遠野市をぐるりと囲む環状線に向かう道路が寸断されているという事は地域住民が使う主要道路が使えない事を意味するんです。毎日の通勤や退勤でもいつもは感じないストレスを感じるでしょうし、それがヤオロズネットに溜まる事は避けられないでしょう。そして水田から水が抜けた事も米農家の方からすれば大きな痛手です。僕等は次の祟りが今回の祟りより早いスパンで現れると備えなくてはなりません」

「じゃ、そんな康平ちゃんにオジサンから感謝の気持ちだ」

 替え玉の極細麺とトッピングの器にはニラキムチと揚げ餃子。

 そして別の器には豚豚豚の賄いとして有名な背脂高菜チャーハン。

「大将。こんなの頂けません」

「良いんだよ。子供が大人を護るってだけでオジサン達は情けない思いをしてるんだ。なら、その子供達を支える事が大人の役目だろう?」

 髭の無骨な顔がクシャクシャに歪んで豪快に笑う大将。

 こういう優しさが何よりの力になる。

 優しくないクソみたいな人間を知っているからか。

 人を殺してニコニコ笑っている人間を知っているからか。

 人を殺して祝勝会を開くような人間を知っているからか。


 んじゃ次は僕がお前等全員を殺してやる。

 殺して、祝勝会を開かなきゃな。


「隙ありぃぃぃぃぃー!!!!!!」

此処で賄い丼を掻っ攫うお姫様登場。

「あっ!オメエ、何すんだ!」

「何やら会長さんが闇に囚われそうだったので此処は私が背脂高菜チャーハンを喰わねばと。調理油を背脂のみに限定し、卵と高菜と白ゴマと刻んだチャーシューが光る黄金のチャーハン!正直、このタイミングで会長さんが闇に落ちかけてくれてありがてえっす」

 パクパクと物凄い速さで平坂は大将の気持ちであるチャーハンを食べだした。

 怪獣みたいに何でも食べるお姫様。

 口を開く度に物凄い強烈なニンニクの匂いがするのは敢えてツッコむまい。

「あっはっは!康平ちゃんも元気いっぱいな女の子にはタジタジってわけだ」

「まあ、良いっか。僕は替え玉だけでも充分だし」

 ニラキムチと揚げ餃子をスープに浸し、スタミナ系ラーメンにクラスチェンジした二杯目のラーメンを楽しむ僕。二杯目のラーメンとチャーハンを食べながら漫画を読むお行儀の悪いお姫様を横目に、僕は物語開始前の勝鬨をこうして噛みしめていた。


 割れた器の支援をするならば。

 まず器を割った人間を責める事が何よりの支援。

 でも望むのは加害者の死じゃない。

 望むのは加害者が謝って弁償する事だけだろう。

 でも支援を行う人間はそうは思わなかった。

 器を割った人間を責める事に気付いた支援者は。

 そうは思わなかった。

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