第22話 夕暮れの風景

 村人たちは蜘蛛の子を散らすように広場から消えた。先刻までの撃退で家の中が安全という先入観があり、目の前で家が壊されたのを見ても村人の思い込みは消えなかった。みんなが家の中に逃げ込んだ。

 崩れた家の丸太がゴワンと鈍い音を立てて転がる。ガタガタと揺れる。丸太の下敷きになっているものが動いて暴れている。穀物袋に潜り込んだネズミのようだ。

 ゾグパゾとその後ろのサン、ランスの3人は後ろに数歩下がった。

「僕はさっきの斧が見えなかった。ランスは?」

「無理だ。正面からは勝てねえ。策が要る」ランスは言った。「実を言うともう腕も足もパンパンだ。体力が残ってねえ。お前はどうだ?」

 いやいやいや。「まだちょっと余裕あるけど、一人でなんとかはできないよ」

 じりじりと横に移動する。これまでの経験で、生き物に気づいたら躊躇なく襲いかかってくることが分かっている。正面に立たないのがコツだ。手加減もなく自分の肉体を破壊する勢いで戦斧を振り回すワイトを相手に、短剣でできることはない。

 幸いというべきか、元村長代理のワイトは別の家の中の生命を感知した。そちらに向かって武器を持ったままずんずんと進む。

 いくらでかい武器でも丸太に振るえば刃が食い込んで止まるだけだろうと思う。しかしサンたちが見守る中、そのワイトは斧を斜め下から、組んだ丸太を突き上げるように振り上げる。インパクトの瞬間、ワイト自身の腕が大きくしなる。普通なら折れるところをワイトが支える。家全体から木の音が響く。そして壁として組まれていた丸太は一本分だけ浮く。サンはその隙間から家の中を一瞬だけ見た。中にあるランプが目に入る。そして中の人影が驚く様子も一瞬だけ見える。がしゃーんとかどかっという音が聞こえた。皿が割れ、家具が倒れる音だった。

 浮いた丸太はすぐに沈んで元の位置に戻る。隙間が消える。連鎖した丸太の隙間によって全体がバウンドして揺れた。

 今回は壊れなかった。サンが思った直後、バラックのワイトは追加の攻撃を繰り出す。体力や疲労という概念がないことを思い出した。二撃目の攻撃は家の木組みに決定的なズレを作って、家の中央の丸太が転がって外れた。丸太の束が転がると命の危険を覚える。サンもランスも無意識に離れてしまった。ワイトの方は転がってくる丸太に対しても躊躇せず近づいた。転がる丸太が膝のあたりにぶつかったかと思うと、ワイトの方がそれを押し返して反対側に転がしてしまった。

「嘘だろ……」ランスが思わず声を漏らす。

 ワイトは崩れた家の中へ、蹂躙じゅうりん者よろしく踏み入れて、迷いなく瓦礫の下の人間へと真っ直ぐ進む。戦斧を振り上げる。犠牲者は黄色い光に気づいてそちらを見るが、それ以上の反応をする前に頭を割られてしまった。

 吹き出す血がワイトの光を受けて鈍く黒い噴水を作る。

 周囲の村人が悲鳴を上げた。

「家の中に入るな。屋根に登れ! 上の方はあまり見えない!」ゾグパゾが叫んだ。

 サンははっとして続く。「そうだ! 上に登れ! 家の中に隠れても無駄だ!」

 崩れた家の中には5人の人間がいて、若い男女と子供が3人だ。頭を割られたのは母親のようだった。バラックのワイトは瓦礫を進んで次の犠牲者へと斧を振り上げている。捜索に迷いがない。無事だった子供2人は家から飛び出したが、下敷きになった人間には平等に死が与えられる。死だけならまだましで、頭が割れた死体は最初淡く光り、徐々に餌に群がる虫のように光が集まっていく。

 ゾグパゾとサンの警告にも関わらず、家から人は出てこようとしなかった。

「家の中にいるな。奴らは隠れても見つけてくる」

 サンが周囲を見ると、バラック以外にも黄色い光源がいくつか見える。1匹だけに見つからないようにするのは簡単だが、複数から隠れるのは無理だ。「ランス、見張り台に上がろう」

「分かった」

 ゾグパゾは周囲の家に呼び掛けを続けている。2人は楡の木へと走った。

 ランスは2つの背負袋を持っていた。楡の木に到達するとランスはそれを置いた。

 見張り台への梯子がほとんど垂直にかかっている。梯子には子供が3人くっついていて、それぞれが軽快に登っている最中だった。サンとランスもそれに続いた。先行する子供たちの振動が手に伝わってくる。梯子は充分に固定されていて不安はなかった。途中まで登って村を見渡すと、黄色い光は6つになっていた。バラックの光は段違いに強いので上からだと位置がすぐ分かる。楡の木に近づいてきそうな光源はない。

 未亡人クイが逃げてから20分も経過していない。空に太陽は残っていて、夕日が楡の木村の高台を真横から赤く照らしている。中央の村長の家が崩れて丸太が広がっている。焚き火と篝火かがりびもまだ健在で、宴会をするはずだった広場の明かりとしてよく目立った。屋根の上の人も見えた。一方で屋根が無人の家もあり、一部のワイトはそちらに集まりつつある。そして他のワイトは屋根の上の人間には気づかずに村の外へと移動しつつあった。バラックのワイトも楡の木村の外に移動する組に含まれていた。

 周囲の低地にある森はすでに真っ暗だ。サンはその森にも黄色い光をちらっと見た。消えたあたりをじっと見ているとまた見えた。森の中を楡の木村から離れるように移動している。慣れてくると木に隠れていてもぼうっとした光は見つけられるようになった。

 梯子を登り続ける。

 見張り台にいる子供たちは、「テサヤコピさん、屋根に上がって!」と必死に呼び掛けていた。

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