第23話 楡の木村の二度目の夜

 見張り台は本来は1人用で、2人はなんとか立てるという広さだった。3人が強引に収まっている状況でサンとランスが入る余地はまったくない。2人は梯子の途中で止まった。梯子に腕を巻きつけて固定した。

 夕日の中で山々が斜めに赤く染まっていた。日の当たっていない部分にはもう夜が始まっていて、森の木々すら見えないのっぺりとした闇で塗り潰されたようになっていた。遠くには一際高い目立つ山がある。それはまだほとんど夜にならず、全体が朱に染まって光っていた。このあたりの人が、“山”あるいは“高い山”と呼ぶ名前の無い山である。

 他の方向も山肌で赤く染まっている。凹凸が全方向にどこまでも続いていた。景色だけだととても人間の住める土地とは思えなかった。まとまった平地が視界に無い。他の村もあるはずだが、サンの目ですぐには見つけられなかった。

 下の、木の生えてない高台である楡の木にれのき村の黄色い光は外側へと移動しつつあった。全滅したわけではない。屋根の上に避難している人が見える。他のワイトは家を壊すことができず、狙っていた生命を見失うと、どういう仕組みになっているのか、森の向こうの遠い生命を見つけて移動を始めた。

「向かっているのは清水きよみず村とたいら村です。あそこです」見張り台にいた少年の一人が教えてくれた。指を差す。「どっちも丘の上にあるんでここからでも見えます」

 サンはよく分からなかったが。「あー、分かった」と嘘をついた。見えないと言うと、あそこですよと何度も教えられたからだ。なんとなく木の生えてない丘があるような気はするが確信できなかった。

 夜にはそこが黄色い光でマーキングされたように示されることだろう。今のこの調子なら。

 ランスは本当に見つけたのか、「あ、見えた」などと言っている。

 ゾグパゾも屋根の上にいた。避難指示はもう終わってぐったりしている。

 サンの見たところ生存者は10人ちょっとといったところだ。村の人間の半分は生き残った。

 報酬の話はもうしない方がいいだろうなあ。サンは思った。とりあえずほとぼりが冷めるまで待って、数年後に、あのときの報酬をくださいと訪ねれば受け取れるかもしれない。しかしそのためだけにこんな人類の生活圏のきわまで来るのは現実的ではない。覚えてはおくが執着はしない方がよさそうと自分に折り合いをつけた。来るときに通った村にワイトは向かっていない。明日の朝までの現状に変化がなければ無事に帰れる。

 自警団や討伐依頼が出るのは明日か明後日だ。サンのような余所者よそものは参加できないだろう。そもそも武器がないので無理なのだけど。

「そろそろ下りよう」サンは言った。

「ああ」とランスが返事をして、先に下り始める。

 見張り台の子供たちは続かなかった。何も言わなかった。自分も下りますとも、下りませんとも。ちなみに3人とも男の子だった。

 ワイトは光っているので見逃すことはない。すべてのワイトが村に背を向けて高台を下り始めていた。

 背負袋のアイテムにはワイトは何の反応もしなかった。手付かずのまま梯子の下に残っていた。それを拾ってゾグパゾのいる家へと近づく。

 どういうふうに声をかけたらいいのか分からなかったが、「おーい」と言ってみた。

 屋根の上の彼はサンの方を見た。ゾグパゾは屋根に腰を下ろして座っていた。くたびれていてサンへの怒りも何もないといった様子だ。

 この状況についてサン自身が責任を感じているわけではない。しかしこういうときは生き残った余所者よそものにしたくなる気持ちは分かっていた。なので謝れとか弁償しろとか言われると予想していた。まだ怒っていないならこのまま立ち去るのがベストだ。明日まで村にいたら村人がどういう反応をするか予想ができない。村を守ったことやコボルトを退治したことを感謝されないことだけは確かだ。

 とはいえよく知らない夜の山道をテクテク移動できるはずがないんだよな。隣の村までは2時間くらいか? 夜に訪問してきた余所者を家に入れるお人好しが都合よくいるわけがないし、そうすると結局、短剣で脅して、一晩泊めろ飯を食わせろっていう夜盗をやることになるし……。……いっそ、殺して、呪いのアイテムでワイトにしてしまえばバレることはないか? いやいやいや……。

「壊れた家の建て直しくらいは手伝いますよ」サンは言った。「飯を食わしてもらえれば」

 屋根の上にはゾグパゾのほかに4人の男女がいた。中年夫婦と小さい子供である。見張り台にいた子供に似た顔があったとサンは気づいた。

 もう村の中にワイトはいない。夜のおかげでそれに確信がもてる。

 サンの言葉をきっかけに、皆は屋根から下り始めた。サンも子供を下で受け止めた。

 それぞれの家の屋根からも人が下り始め、なんとなく全員が広場に集まった。見張りは必要ということで1人は楡の木に残された。

 それから村人たちで色々な話があった。あまり建設的な話ではなく、不安と恐怖を共有して和らげるための慰めと愚痴の話がほとんどだった。サンへの恨みではなく、全員で共有したのは未亡人クイへの怒りだった。最初からうさんくさいと思っていたとか、なんだかこっちを馬鹿にしてたとか、そういう話が次から次へと出てきて村の中の一体感が高まった。顔を見たらこの件の落とし前をつけさせてやると村人たちの怒りが頂点に達し、そこで歓声が上がってみんなの声が1つになり、夜も暗くなってきて解散となった。サンとランスは前日と同じ、老婆リャシャヨジャの家に泊めてもらうことになった。彼女も無事だった。

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