第14話 コツを掴む

 サンは楡の木にれのき村を助けないという選択肢もありだと考えていた。コボルト退治の報酬は貰えないが指輪やチョーカーで充分なお釣りがくる。下手に顔を出してしまうと、この状況で何をどのように言われるかは分からない。コボルトを退治せずに逃げた。コボルトに村を襲わせた。そのくらいならまだましで、あの冒険者たちは悪魔だったとか生贄にしたとか、真相が誰にも分からないので何でも言われる可能性があった。放置することでビャペラの冒険者に罪を着せるという手段も可能だった。元の関係性が悪かったので勝手にそっちの悪評になってくれたかもしれない。

 この状況で村の助けに駆け付けても感謝はされない。待っていればコボルトがいなくなっているというのが村人の期待だ。村のピンチに現れるヒーローは期待されていない。

 助けるならそれが裏目に出ないようにもう一工夫必要だ。

 足跡を見ているランスに、サンは疑問を投げた。「洞窟の死体がワイトになったのはどのタイミングだと思う? ランス」

「ああ?」村人を助けるか洞窟のワイトをやるかで迷っていたランスは返答が遅れた。

「僕は洞窟が暗くなった、夫人を倒したタイミングだと思う。それより前かもしれないけど、それより後ってことはないよ。つまり、この足跡が村に向かったのは結構前ってこと」

 ランスは泥だらけの足跡を見ていた。それから洞窟の中を見て、近づいてくる黄色い光を見た。直接は見えないが光はまだ弱い。「そうだな。それなりに前だ」

「うん。それだけ。急いで村に戻る必要はあるけど、たぶんもう村はこいつらに襲われてる。間に合うわけじゃない」洞窟の中を親指で指した。「あいつらを先にやるのもありだと思う」

 ランスは洞窟の中を見て、また地面の足跡を見た。「そうだな。それもありだな」

 サンは自分の背負袋を振ってガサっと音を出した。「銀貨50枚は諦めて、このチョーカーだけいただいて逃げるって手もあるけど」

「怪物退治の依頼を未達のまま放置ってのもないな」ランスは負けず嫌いっぽく呟いた。「やるからには一匹残らずだ」

「先にこっちをやろう」

「よし」

 洞窟の入口はコボルトといえど2匹は並べない。生きているコボルトでも腰をかがめて歩かなくてはいけないほどの高さしかない。

 中を見ながら待っていると光がだんだん強くなり、液体にまみれたぐちゃっという足音が聞こえるようになった。

 そして狭い穴の奥から先頭にワイトになったコボルトが現れた。口のまわりが血だらけになっている。目に生気がなく、死んでいるのが明白だった。両手も血だらけだ。そして胴体、腹は完全に裂かれていて、中の内臓は全部外にあふれていた。そのために下半身は赤黒く染まっており、歩く足が自分の内臓に引っかかって動きにくそうにしている。黄色く光っているのでそれらがはっきりと見える。

 ランスが槍で滅多突きにして切れ目を入れた。サンの曲刀が届く距離まで出てくるとそれから2人で切り裂いてバラバラにした。次のワイトがすぐ後ろに並んでいた。同じように虚ろな目をしていた。

「このっ、このっ、このっ」

 サンが先頭のワイトを動かなくなるまでバラバラにすると、その黄色い光は洞窟の中にふわっと移動して、後ろのワイトの光になった。

「ええ?」

 戸惑ったがランスは2匹目を槍で突いている。後ろに3匹目も見える。2人は解体作業を続けた。

 3匹目をやる頃には2人はそれぞれに特徴とコツのようなものを理解してきた。槍で突くにしても剣で斬るにしても、骨を切り離すことを意識した攻撃にすること。肉や腱を意識した攻撃は意味がない。筋が切れたり理屈では動けなくなるような傷になっても、光っている限りはその動きが鈍ることはない。

 そして光が濃いほど無効化に時間がかかる。

 倒せば倒すほど光が後続に移動してどんどん濃くなっていった。まともな戦闘にならなかったので力の強さやスピードの変化は分からなかったが、サンの見たところそういった物理的な能力に変化はないように思った。しかし厄介さはどんどん増して、腕が腕だけ切り離して無効化できたのが、肘も切らないと駄目になったり、手首や指までバラさないと動き続けるようになった。肉体から光が離れるのに時間がかかるようになった。

 2人とも、このままでは最後までは体力が保たないということが分かりつつあった。握力が馬鹿になってきていた。6匹目だった。

 その次にデデがいて、その次にリーダーが控えているのが見えた。

「ランス、ちょっと体力が無理なんだけど」

「俺もだ」

「このままだと途中でへばって逃げる体力もなくなりそう。休憩がいる。村に戻ろう」

「……賛成だ」

 デデの表情は絶叫して口を開いたまま固まっていた。体が大きいので洞窟の入口では這っている。手を伸ばし、地面を引っかいて出てこようとする。爪は折れて指先から血が泥と混ざってグロテスクな見た目になっていた。心臓が動いてないので出血という意味では手の血は少ない。ここまでで分かったことの1つで、ワイトは首や腹より足の方が血だらけだ。死んだときの下の方の傷口から溜まった血を垂らしてびちゃびちゃと近づいてくる。死因は大体、首や腹の噛み傷だ。

 ランスはふーっと深呼吸をした。

 人間の方が体が大きく、這い出てくるときに苦労している。2人とも何も言葉を交わさなかった。デデのワイトに関してはここで解体した方がいいと通じあっていた。

「きっついな」ランスは愚痴っぽく言った。仕方ない状況なのは理解していた。

 ここまでで確立した方法だった。

 ランスは這っている状態のデデの肩の付け根に槍を刺し、苦労して両腕を切り離した。一撃では無理なので何度も色々な切り方をする必要がある。それから目から眼窩の奥まで一気に刺し、頭を串刺しにする。そうやって引っ掛けるとデデの死体を洞窟から外に槍で引きずり出した。臓物がその体の後ろからゾロっとくっついてくる。それも黄色く光っていてうねうねと動いている。サンは背中を踏んで暴れないように押さえる。そして両足を切断する。もう死んでいるので血がどばっと出ることはない。ランスは頭を刺した槍を抜き、その槍で頸椎を刺して切り離す。これまで解体したコボルトの生首にデデの生首が加わる。口がパクパク動いている。頭はこれまでの経験でそのうち光が散ってそれは動かなくなると分かっていたので放置する。2人ともその首は見ないように作業した。離れた場所に転がしておく。胴体もぐねぐねと暴れるので背骨にランスが槍を入れて切断する。骨を切断したあと肉を切るのはサンの曲刀だ。死体はうつぶせのままだ。破けた腹を見たくないので引っくり返さない。首の無い胴体がブツ切りの魚のような肉片に変わっていく。骨髄から髄液が垂れ、断面には皮下脂肪の白い半透明の層が見える。

 無表情に解体していたランスだったが、不意に顔を歪めると、ノータイムで嘔吐した。なんとかゲロがデデの体にかかるのは避けた。何度もからえずきをして胃の中が空になり、それから口をぬぐって深呼吸した。目に涙を浮かべていたが、嘔吐の苦痛なのか、同情も入った涙なのか、サンには分からなかった。

「すまない。急に気持ち悪くなって」ランスの、サンもあまり聞いたことのない気弱な声だった。

「うん」

 ランスは何事か口にした。サンには聞き慣れない言葉だった。

「なんて言ったの?」

 明るい声だった。「俺の知ってる古い神様の名前だよ。悪霊にならずに安らかに眠れっていうまじない」

「ふーん」サンも自分の知っている地元の名前を唱えた。「ユヅビカホバモ゠ニホナゴッア゠デペヂ゠セマスナケゾヘピ、この者に安らぎを」

「お前の地元のまじない?」

「そう。効くかどうかは分からないけど」

「俺のも気休めだよ」

「うん」ユヅビカホバモは中央山脈からビリオンまでそこそこ名の知れた神様で、それを知らないというのは地元ではありえなかった。サンは指摘せず黙っていた。知らないというのは不信感を持たれるからランスと組むときの不安要素だな。楡の木村の人もこの神様は知っているはずだし。

 リーダーが洞窟の奥から出てこようとしている。

 村に移動するための余裕としてはここだった。リーダーを解体したら次からはまた体の小さいコボルトが出てくるかもしれない。そうなると余裕がなくなる。

 リーダーも苦悶の表情を浮かべたままだった。爪も割れている。ワイトは生者のすべてに嫉妬している。しかし洞窟の外で生きている新米冒険者2人は別の恨みも感じた。意思の無い目が何かを訴えているように見える。ずるずるともがいている。その手前にまだ動いているデデの腕があった。光が覆っている。指と手首を動かして、リーダーの死体の先導をしている。ぴちぴちと跳ねていて、まだ元気そうな腕だ。

 2人ともへとへとだった。汗だくになっていた。

「よし、村に行こう」

「ああ」

 2人は洞窟を背に村へと走った。デデの生首は動かなくなっていた。

 足跡は村への道の上に残っていた。ほぼまっすぐ向かっている。

 ちょっと走ってどちらからともなく足を止めて歩き始めた。

「走る体力が残ってなかった」サンは言った。

「俺もだ」

 後ろを見る。「まだ余裕がある。村に着く直前から急いで来たフリをしよう。間に合うわけじゃないんだしね」

 ランスはハーハーいっていた。

 呼吸を整えながら並んでテクテク歩く。洞窟と楡の木村はそれほど離れていない。歩いても10分の距離だ。村が高台にあるので戻る道は登りだった。歩いても楽ではなかった。

 ランスの呼吸が戻ってきた。「槍の刃が馬鹿になってるな。そろそろ使い物にならなくなる」

「僕もだ。骨ばかり狙うから剣が駄目になってきた」サンも深呼吸を何度も繰り返した。屠殺解体作業は二の腕への負荷が激しい。疲労が溜まっている。「村には斧とか鉈とかあるだろうから、それを使った方がいいよ。借りれるか分からないけど」

「動きが鈍いかわりに打撃じゃないと効かないから鉄槌とかそういうのが欲しいよな。当てにくいけど重いエモノ」

「うん。僕も思ってた」

「死霊相手の専門職が戦棍メイスを愛用している理由が分かったよ」

「うちにそんな人いたっけ?」

「カイヤ組にはいないけど、『棍棒使いのベパチノ』とか石像にあるだろ?」

「あー、ビリオンにも建ってるね」

 ベパチノは死霊使いに呪われて100体のアンデッドに追われて、それを撃退したという有名な伝説上の人物である。地味なので人気はない。女にモテなかったという逸話があるのでジョークのネタにされがちである。石像の顔もイケてないのだが、彼の像や絵画は、どれだけイケてない男として描くかという点で彫刻家や画家の腕が問われる。

 というわけでこの会話のオチも、「まあ、だからってメイスを持とうとは思わないけど」というサンの呟きで終わった。

 ランスもはははと笑った。

 高台の村が見えてきた。

 サンは後方を確認した。洞窟のワイトが歩いているサンに追いついてきている様子はなかった。昼間とはいえ森の中なので木の影があり特徴的なあの光を見逃すはずがなかった。

 大声で叫んだ。「おーい! 夫人の呪いだー! みんなー、家の中に入れー!」そしてランスと一緒に村に向かって駆け出した。

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