第13話 生き残る冒険者

 デデには松明を持たせなかった。大丈夫だろうというのと、何かあげるならランスがそうするだろうと思ったからだ。

 地下の通路に2人はそれぞれが松明を持って立っている。崩れた入口にはぽっかりと黒い穴が開いている。少し前まですべてが黄色く光っていたのに今は真っ暗だ。その闇の中にデデは消えていった。サンもそろそろ行くかと思っていたら、「おい、そっちに行くからな。何もするなよ」と声がかかり、暗闇からデデの足が出てきた。瓦礫に尻をついて滑り下りてくる。

 再会の気まずさはデデの顔になかった。真剣で緊張した顔をしている。「そのまま手探りで出ていくつもりだったんだが、無理だ。さっき倒したコボルトが全部ワイトになってる」

 ランスが松明を通路の外にかざした。覗き込む。リアクションはとくになし。

 その背中にデデが言う。「部屋にはいねえ。廊下だ。ポツポツと黄色く光ったコボルトが見える」

 ランスは松明を突き出した状態で地下の入口から上へと出ていった。

 サンはデデを見て、ここで二人っきりになるのも嫌だなと思い、ランスのあとについて地下から這い出た。デデが後ろからついてくる音が聞こえた。

 部屋に出て立ち上がった。松明の光で壁がゆらゆら揺れている。少し前に通った同じ部屋とは思えないくらい広く感じる。隅は光が届かず何があるのかよく見えない。

 ランスは部屋の出口に立って廊下を覗いていた。松明は床に落とされ、そこで燃えている。その明かりがランスの背中を照らし、影を壁や部屋の外の廊下に落としていた。この部屋には扉がある。来るときにここを開けて、地下への入口を見つけたのだ。

 ランスは顔を部屋の中に戻すと静かに扉を閉めた。そのまま扉から離れない。気をつけて小声で話してきた。「いるな。何匹もいる。おい、デデ」

 デデは返事をせずに顔だけランスに向けた。

「ワイトっていうのはこういう奴なのか?」

 デデも扉の側へと寄った。サンも続く。扉の前で3人の小声の話し合いが始まった。

「知らねえ。俺が知っているのは黄色く光ってて、バラバラにすれば二度とは動かないってだけだ。こんなのは見たことねえ」

 ランスは舌打ちした。「俺たちが倒したのは15匹くらいか。突破もあの強さじゃなければいけるだろう」最後は独り言だった。

 夫人のような強さが15匹いたら絶望的だ。

「どうすんだよ、これ」デデは怯えている。

「何匹かはさっきの2人がやっつけてるはずだよ」サンは言った。「それよりちょっと僕にも見せて」

 サンは扉を開けて廊下を覗いた。廊下も暗くなっていた。その中に黄色く発光している塊が4つ。遠近バラバラに散っている。一定の速度で動いていた。

 顔を戻して、「4匹しか見えないよ」と笑顔で言ってみた。

「残りは部屋の中か、洞窟の外に出ていったか……」

「昼間の明るいところにはあまり出てこねえ。暗くてじめじめしたところにいる」

「まあ、最悪、あの2人もワイトになってると考えておいた方がよさそうだな」

「さっきの指輪がまずいんじゃねえの? 元の場所に戻したらどうだ?」

「……」

「……」

 サンとランスはじっとデデを見た。

 デデは慌てて、「違うよ。何も企んでねえよ」と言った。

「お前が囮になれ」ランスは床の松明を拾った。「明かりはくれてやる」

「違うって。本当に違う。この状況でそんなことを考えてねえよ」

「何も企んでないとしても、いまさら俺がお前と協力するわけがないだろう? 行け」

「ええ、冗談だよな?」デデはランスから突き出された松明を見た。「本気じゃないよな?」

 ランスは松明を突き出したままだった。

 やがてデデは渋々松明を受け取った。顔に覚悟が出てきていた。

 サンは自分だったら走り抜けられる自信があった。廊下は広く、アンデッドの動きは単純だ。フェイントが効かないのが厄介ではあるが、フェイントをしてこないので見た通りに攻撃をよければいい。デデにもそれができると思った。死に物狂いになれば。

「不意打ちや潜伏はないよ。出会い頭だけ気をつけて」サンは言った。

「忠告ありがとうよ」吐き捨てるように言った。

 サンは傷ついたりはしなかった。「やっぱり裏切らなければよかったとか思ってる?」

「ガキが」デデは言った。「それを俺に聞いてどうするんだ? アホなのか?」

 ランスが引いてる。サンはその理由が分からなかったが、いい質問じゃなかったんだなということは分かった。

 デデは笑顔を浮かべていた。ランスに向かって言う。「まあ、逃げまくれればなんとかなるだろう。もう一度言うが、東に行ってこっちには戻らねえ。じゃあな」

「ああ」

 デデは廊下に出た。走ったりはしない。早足で歩き出す。

 ランスは松明を出し、サンから火を移した。その頃にはデデの足音も遠くなっていた。「よし。俺たちも行くぞ」

 松明の残りはあと一本だ。しかし出ていくだけなら1時間もかからない。明かりに心配はない。

 サンも廊下に出た。二人で駆け出す。屋敷の廊下なので松明の明かりがあれば支障はなかった。デデの松明は階段から二階へと消えていた。黄色い光はそれを追って消えている。今の一階の廊下にはワイトはいない。

 たったったっという軽快な足音が廊下に響いた。

 階段に到達。上から物音が聞こえる。複数の生き物が走る音だ。遠ざかっている。二階のワイトもデデが引き連れて頑張っている。サンは口に出さなかったが、おっさん粘ってて偉いなと思った。

 階段を上がって二階の廊下を見る。出口の方に黄色い光が見えた。数が分からない。4つ以上はありそうだ。松明の明かりも見える。ワイトの黄色い光の中だと激しく揺れる松明の明かりは見つけやすい。

 光る洞窟という名前だが、来たときのような快適な視界はまったくなかった。いまはもはやただの暗いじめじめした地下迷宮だ。

 松明とワイトの光源が視界から消えた。ぼんやりした光になる。デデたちは二階の出入口から岩の洞窟に移動していた。ペースから言って全力疾走している。

 サンとランスも出口へと向かった。屋敷を出て、広い洞窟に入った。カーブの先に松明があった。そして黄色い光に覆われたコボルトの動く死体が10はあった。コボルトより大きい光源もある。人間の体だ。ビャペラの2人の冒険者だった。

 サンはデデが捕まる瞬間を目撃した。囲まれそうになり、それを突破しようとするが、組み付かれてデデは転がってしまった。アンデッドは転んでも痛くて手を離したりしない。骨が折れても関係ない。切断しなければ動きを止められない。

「ちくしょう!」デデの叫び声が洞窟内に響いた。捕まれたままコボルトを引き摺って立ち上がる。

 しかし次のコボルトの死体にタックルされ、さらに人間の死体にも抱き付かれると再び地面に倒された。松明が地面に転がった。しかしワイト自身の光によって何が起こっているのかを見るのに不自由はしなかった。

 サンとランスはほとんど横並びに走っていた。二人とも松明を持っていたが武器は手にしていない。

 サンは一瞬、ランスは助けに入るのかなと思った。

 洞窟のこのあたりは一番広い。離れたところを走り抜けるのも充分に可能だった。逆に10匹以上のモンスターと戦うには一番不利な地形だった。

 アンデッドは武器を使えない。爪と牙で原始的に相手を襲う。デデは身をよじって逃げようとしていた。多勢に無勢でのしかかられ、その上から噛み付かれている。

 ランスが走る方向が、距離を取って横をすりぬけるルートになっていた。サンも並走する。

「ぎゃあああああ!」すさまじい絶叫が洞窟にこだました。

 サンは横目でそちらをちらりと見た。何匹かのワイト化したコボルトがこちらに気づいた。近づいてくる。自分の曲刀の柄の位置を確認した。ここで戦うわけにはいかないのでとにかく払って走り抜けるしかない。

 デデの悲鳴はすぐに止んだ。腕や足の痙攣けいれんは止まっていた。すぐにその手足に黄色い光が這い始める。

 サンとランスは包囲を突破した。洞窟の出口に向かってさらにいくつか黄色い光が見えた。動きが単調なそれらと距離を取り——爪の攻撃をよけて胴体を蹴り飛ばせば簡単だった。生きているコボルトより相手にするのは楽だった——洞窟の出口に向かって、狭くなる通路を駆け上がった。カーブを進むと日の光が見え、二人は体力を振り絞って脱出した。眩しくて一瞬何も見えなかった。しかしまだ時刻はまだ昼過ぎだというのは分かった。

 コボルト退治に要した時間は半日程度だった。

 二人は洞窟の中をうかがった。光る洞窟の入口は狭い。ここから出てくるワイトを一匹ずつ片づけるなら容易なことだ。追ってくる個体がないかと中を見ると黄色い光が点々とこちらに近づいてきている。

 ランスは脱出でハイになっていた。「クソみてえに厄介だな」

「ビャペラの2人もいたね」

「いたな」

「また生き残りは僕たち2人だけだね」

「ああ、そうだな」ランスはサンの顔を見た。「なんで嬉しそうなんだよ」

「いや、ちょっと運命を感じちゃってさ」

 ランスは近づいてくる黄色い光を見ながら、「まあ、それについては否定しないがな。気持ち悪いけど」と言った。「もうしばらく腐れ縁が続きそうだ」

 目が慣れてきた。「ランス、これ」地面を示す。

 昨日の雨でまだぬかるんでいる地面に足跡がついている。来たときには無かったものだ。コボルトの足跡なのは一目瞭然。おまけに泥で見えにくいが血が大量にしたたっている。足跡は洞窟から森の茂みに向かって大量に続いている。その先は楡の木村である。

 ランスも眩しさに目を細めて見ていたが、それに気づいた。「クソみてえに厄介だな」ランスはうんざりしながら呟いた。

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