第12話 依頼の収穫

 縛られたデデは動くことができない。ランスの拘束は固く、暴れてもゆるむことはない。そもそも力が入れられない。

 ロープは手首を縛っているので指輪を付けることにはなんの障害にもならない。ブレスレットも手首に通そうと思えば通せる大きさだ。女性用にしては大きいサイズで、デデは男にしては手が小さい。

 海老反りになっているデデの後ろにサンは回り込んだ。腰を下げるとその手を取って指を開こうとする。一度だけデデは抵抗を示した。サンの手を振り解いた。

 サンはもう一度デデの手を取った。今度は抵抗しなかった。デデの人差し指をつまんで伸ばす。

 デデは無言だった。呪われていない方に自分の命を賭けていた。サンがその指先に指輪を触れさせると、協力的にそれがはめられるように輪の中へと指を動かした。

 サンは関節に引っ掛かるまで一気に指輪を入れた。

 指輪の内側から黄色い光がガスのように吹き出した。そしてはめた指が茶色く変色し腐っていく。

「ぎゃああああ!」デデは悲鳴をあげた。

 サンは指輪を抜こうとするが貼り付いたように動かない。「抜けないから指を切るぞ」サンは言って短剣を出すと、暴れるデデの体に乗っかり、指を関節から切り落とした。落ちた人差し指に黄色い光がまとわりつき、関節がくねくねと動いた。腐食は手首まで広がり、完全に生気がなくなっていた。傷口からもドロリとした液体が垂れるばかりだ。血は一滴も出ない。熟れすぎた林檎のようだ。

 デデは泣き声になっていた。ベソをかいている子供だ。「痛くねえが、指が落ちたのは分かるぞ」

「手首まで腐ってる」サンは言った。「根本から落とさないといずれ腐っちゃうよ。けど、ラッキーかも」

 デデは目に涙を浮かべた。「落とす前に腕輪も付けようってんだろ? このガキが、いかれてやがる」

「片手は残るからラッキーだと思うんだけど……それにしてもチョーカーはどうするかな? さすがにちょっとこれを見てチョーカーを付けるのは、デデも嫌だよねえ?」

「俺は見えてねえ。何が起こった?」

「黄色い光が吹き出してどんどん腐っていった」

「くそっ」

 サンは床に落ちたデデの指を拾った。暴れるそれから指輪を抜いた。見た目は豪華な貴族の装飾品にしか見えない。背負袋の特別な小物入れポケットに入れた。デデの指をしばらく見ていると、やがて動きが緩慢になり、取り憑いていた光は洞窟の空間の中に溶けて消えていった。松明の明かりの方が強いので行方は分からなくなった。

 ブレスレットに関しては試す前に手首をすぐ切り落とせるように準備した。そして案の定、装着するとブレスレットからも黄色い光が吹き出して、すぐに腐食が始まった。サンとランスは素早くデデの手首を落とし、ブレスレットも回収した。

 サンはデデの手首をつまみあげた。茶色に変色しているのにぴくぴくと動いている。「自分の手首がどうなったか見たい?」

「ああ、見たいね。見せてくれ」デデはヤケクソになっていた。

「はい、こんな感じ」サンはしゃがんでデデの手首を彼の顔の前でプラプラさせた。

「クソッタレが!」

「まあ、この調子ならチョーカーを付けて確認しようとは思わないよ」サンはチョーカーも同じく背負袋のポケットに入れた。ボタンを締める。

 デデがほっと気を緩ませたのをサンは見逃さなかった。まだ助かる可能性があると思っているのか。

「ワイトの指輪、ワイトのブレスレット、呪われたワイトのチョーカーの3点セットだな」ランスは腕組みして淡々とまとめた。「報酬としては悪くない」

「意外とヤバいくらいの財宝なんじゃないの、これ」

「どのくらいの値段が付くか分からないな」ランスは言った。「二束三文でないことは確かだ」

 気がつくとデデの手首は動きを止めていて光も消えていた。

「さてと……」サンは立ち上がった。デデを見下ろす。あとはどうするか? 生かしておいてもいいことは何もないんだよなあ。やっぱり殺すしかないかあ。「ランス、ちょっと」

 サンはランスに声をかけてデデから離れた。

 本人に聞こえないように、「デデはどうしよう?」と聞いてみる。

「本人に希望を聞くのがいいんじゃないか?」

 思ってもいなかった方法なのでサンは驚いた。「どういうこと?」

「言葉通りの意味だよ。いくつか選択肢があるだろ?」

「あるかなあ?」

「殺し一択かよ」ランスは小声で呆れた。

「じゃあランスに任せるからやってみてよ。僕にはよく分からない」

 ランスはサンの左肩に手を置いた。ぐっと掴む。「俺に任せるということは俺に任せるという意味だぞ? 俺があいつを自由にしたあとで背中から斬るなよ」

「え? 場合によってはそういうこともあるよ」

「違う。それは『任せる』ことにならない。任せてない」

「うーん、じゃあ、僕が決めるよ」逃がして恨まれたりしたらやってられない。

「別にそれはいい。あんな風に裏切った時点であいつも覚悟はしている」

「うん」と返事をしたが、サンはランスの言っていることがよく分からなかった。デデを殺してもいいのに殺しちゃ駄目と言っているようにしか聞こえない。

 サンはデデのそばに戻った。足取りはいつも通りだ。

 裏切り者は地面に転がっている。手首を失ったので拘束は肘に移していた。肘と足首の拘束を後ろで結ばれて反り返っている。その状態で地面に落ちた自分の手をじっと見ていた。肘から先の手を動かした。結び目に手を触れた。片手で少し結び目の様子を探る。それからすぐに手を離した。地面で腐っている自分の手首だったものから目を離して首を回しサンを見上げた。背後の手をふるふると振った。へへへと愛想笑いをした。

 こいつを殺す以外の選択肢はなんだろうと思った。別の選択肢は許す——殺さないということになる。裏切り者を殺さなかったらナメられてまた次の裏切り者が現れるだけである。すでにデデは手を失っている。自業自得だが手のことを逆恨みして復讐してくるかもしれない。今殺すかあとで殺すかという選択肢だろうか。

 サンは好奇心に負けた。「ランス。ランスに任せるよ」

 ん、と彼は返事をして近づいてきた。

 デデはランスへと視線を移した。

「裏切り者をどうするかだが、最初にお前の希望を聞いておこうと思う。できるだけの望みは叶える」ランスは言った。

「殺さないでくれ」デデは情け無い声を出した。「もうお前らには二度と関わらない」

「うん。カイヤ組は抜けるか?」

「もちろんだ。ビリオンにも近づかない」

「このあとにまっすぐ東へ……ミョズミより西に来るな。できるか?」

「分かった。ミョズミより西には近づかない」

「いいだろう」ランスはデデの拘束を解き始めた。

 サンは田舎者なので二人の会話が分からなかった。ミョズミが何なのか知らない。しかし、そこそこ遠くへ追放しているというのは雰囲気で分かった。サンの常識ではこのあたりで追放といえば西になるのが普通である。手癖が悪い奴や犯罪を繰り返す奴などは村では西へ追放してきた。しかし冒険者は未開の西に仕事がある。ランスによる東への追放という判断は冒険者の都合には合っていた。

 ランスはデデの拘束を解いた。ロープをナイフで切らず、丁寧に結び目をほどいて元の3本のロープに戻していた。巻いてバックパックにしまっている。元はデデの持ち物だったはずだが、そんなことよりサンは、ランスがこの状況でも長いロープというものを貴重品として大事にしていることが気になった。貴族出身とは聞いていた。しかし贅沢が身についているわけでもない。不思議な男だ。

「よし。行け。西には近づくなよ」

 拘束を解かれたデデは地面に落ちている茶色い肉の塊に目を落とした。それからランスを見た。ランスはうなずいた。デデはサンの方も見た。サンは意味が分からなかったがランスの真似をして頷いた。デデは自分の手首を拾い上げるとズボンのポケットに雑に突っ込み、それからとぼとぼと歩き始めた。

「じゃあな」

 通路の崩れた入口を、片手を地面に付けて這ってくぐっていく。

「じゃあな」ランスはその背中に声をかけた。

「じゃあね」サンも言った。いつもの癖で、親しげな声を出してしまった。また明日とあとに付けてしまいそうだ。

 もうその顔を二度と見ることはないと2人は思っていた。冒険者稼業というのはそういう感傷的な展開を裏切りがちである。

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