第11話 アンデッド・ヒメミグスピヤ

 しばらく6人は言葉がなかった。

「ブレスレットもあるな」デデはぼそっと言った。

 チョーカーのほかに夫人はブレスレットをつけていた。手首の拘束の鉄輪の横に装飾品がついている。彫りも複雑で高い値がつきそうだ。

「これ、遺体をそのまま持っていくのは無理なんだよね?」サンは腕組みした。

「俺たちには無理だな。そのへんの僧侶にも無理だ。ワイトのターンアンデッドはそれなりに高位じゃないと」デデは言った。「金にはなるがな」

 冒険者としてチョーカーとブレスレットは当然の対価としていただく。しかしこの夫人の遺体はどうしたものか。伝説がそのままの形で残っている。本物を目の前にするとその迫力が伝わる。だ。見世物にすればそこそこの金になる。こういうのが好きな歪んだ人間が高値で買う可能性もないとも限らない。

 ランスが言った。「祓うとたぶん腐る。ワイトのまま運ぶしかないぞ。俺は反対だが」両手を広げて演説調になった。「こんなものを持って帰ったら誰になんて言われるか分からない。この場で処分しよう」

 5人はランスの言葉に反応しなかった。じっと夫人を見ている。

 ランスの言うことは正論なのだ。しかし、5人は目の前のものの迫力に圧倒されている。このまま普通のモンスターとして退治するには忍びなくなっている。他の人にも見せたい。見せて何を言うか聞きたい。

「いやー……」デデは遠慮がちに言った。「これをバラバラにして死体に戻すのはもったいないだろう……」

 はりつけにされた夫人の死体はガシャガシャと暴れている。口をパクパク動かした。これを解けという叫びが聞こえてきそうだった。

「よく見ろよ」ランスは夫人から目を逸らさない。槍を手に取った。「光がどんどん集まってる。マズいぞ」

 ランスの言う通り、光が夫人の死体に集まっていた。体内に吸収されていく。そして手枷てかせ足枷あしかせを振り払おうとする動きがどんどん大きくなっている。手首の皮はとっくにめくれている。肉が削れて細くなっている。

 ガシャっという大きな音がした。手枷を石壁に打ち付けている鎖の固定側がゆるみ始めていた。手の骨が見えてきたのに力は増してきている。

 若手が「ひいっ」と怯えた声を出した。

 夫人がもう一度腕を動かすと壁に埋められていた杭がズルっと半分近く抜けた。

 本当に苦手だな。サンは思った。反動をつけるための動作もない。力を入れるための筋肉の動きもない。どれだけの力で自由になろうとしているのかが見ても分からない。見た目から力が判断できない。

 意思も分からない。恨んでいるわけでも怒っているわけでもない。自由になりたいわけでもないだろう。何のために拘束から逃れようとしているのか分からない。

 黄色い光であるワイトは生者の存在を認識して、ただその生を終わらせたいという意思だけがある。サンにはその意思は認識できない。

 杭が完全に抜けて夫人が自由になった。反対の腕もすぐに抜ける。足枷も瞬殺だった。

 壁や床に光はなく、夫人だけ黄色く発光していた。相対する6人の冒険者の影は放射状に6本になって地面から後ろの壁へと落ちた。

「……駄目だな、こりゃ」デデはちょんちょんとバックステップを踏んでみんなの後ろに下がった。

 リーダーは怪我でまともに動けない。

 サンが曲刀を構え、ランスも槍を構える。若手2人も短剣を構えた。部屋は広いので4人で囲むことができる。夫人より先にランスが切り込み、先制攻撃に成功した。

 サンも無言で攻撃に参加した。手を切り落とそうとしたが骨が固く、まだ少年のサンにはそこまでのパワーがなかった。鎖鎌のように手首の枷がしなり手前にいたビャペラの若手の1人がぶっとんだ。派手に顔を裂かれて血が飛び散る。

「やばやばやば」デデが騒ぐ。

 ランスとサンが夫人のワイトの攻撃をかいくぐり、その肉体を徐々に削っていった。武器が短剣の残ったビャペラ若手はなすすべもなく、だんだんと離れて攻撃に参加しなくなった。見た目以上にパワーがあり食らうと致命傷だった。だが駆け引きや技術がない。サンとランスは歯をくいしばって攻撃をよく見て、その攻撃を回避し続けた。怪我というものが戦闘に無関係なアンデッドとの戦いは勝手が違ったが、それでも2人は夫人のワイトを相手に勝ち切った。すべての攻撃が致命的なパワーだったその戦闘の緊張が解けた頃、床にはバラバラの死体が痙攣して転がっているだけになり、サンとランスは地下室の床にへたりこんだ。

 光が夫人の肉片から染み出した。そして1つの塊になったかと思うと床や天井を這わず、人魂のようにゆらりと空中に浮かんで屋敷の方へと飛んでいった。

 真っ暗になった。

「うおっ」デデが声を上げた。

 サンの耳に彼が背負袋を下ろす音が聞こえる。火打ちの音が聞こえ、すぐに松明が灯された。

 火の光は赤い。

 サンの視界は色調の変化についてこれずにものがうまく見えなくなった。

 夫人の鎖の攻撃を最初に食らった若手が床でうめいている。

 デデはそちらをちらりと見たがそれ以上の面倒を看ようとはしなかった。「大丈夫か?」心配はサンとランスに向けられた。

「うん、なんとか」

 デデは松明を持って床の肉片に近づく。サンの目はまだ火の光に慣れていないが、動いていないことは分かった。

 デデが肉片から真っ黒いチョーカーとブレスレットを拾い上げる。その2つを自分の背負袋に入れた。

「いや、デデさん、それは僕の背負袋に入れておいてよ」

「預かっておくだけだ。俺が信用できないのか?」

 デデの声には威圧感があった。これまでのふざけたトーンがまるでなかった。有無を言わせない雰囲気があった。

「僕が預かるよ」

 デデは自分の背負袋を床に置き、松明を持ってサンのそばへと寄った。そして座って休んでいるサンのそばにしゃがむと、「俺が預かる」ともう一度言った。

 ランスも休憩していたが立ち上がった。手の槍の切っ先は天井を向いている。「サンに預けるんだ」

 その後の展開は一瞬だった。デデ・ゲールは背負袋に向かって走り、それを拾い上げると、片手に松明、反対の手に背負袋を背負わず持ったまま出口に向かって一気に走り出した。その動きを予想していたランス・ガードは走るデデとの距離を詰め、低く攻撃して足を切った。いてえと叫んだ彼はそれでもよたよたと走り続けた。松明の明かりが通路に移動し、サンたちのいる部屋が暗くなった。ランスはデデのあとを追った。明かりが漏れてくる通路の方から再びデデの「いてえ」という声が聞こえて、やがて松明と背負袋をまとめて持ったランスが槍と共に戻ってきた。

 サンは、ランスの顔を見て、デデを殺してはいないと理解した。スッキリしていない顔をしている。「殺してもよかったんじゃないの?」

「一応、生かしておいた。殺すのはあとでもできる」床に背負袋を置く。吐き捨てるように言った。「裏切り者が」

 ランスはデデの背負袋からもう一本、松明を出すと、そちらにも火を移した。1本をサンに渡す。それから中を開いてチョーカーとブレスレット出した。

「お前の背負袋に入れていいか?」

「いいよ」

 サンが返事をするとランスはそうした。それから床で呻いているビャペラの若手の側へと寄った。声が細くなり、ひゅーひゅーという呼吸に変わっていた。

「どう?」

「思ったよりきついな。致命傷だ。助からない」

 サンは驚かなかった。なんとなくそんな気がしていた。攻撃をかいくぐりながら、まともに受けたらどうなるか想像できていた。

 ランスが本人に、「とどめを刺そうか?」と言うのをサンは聞いた。

 サンはそちらを見た。

 もう1人の若手が彼に寄った。名前を呼ぶ。「おいおい。しっかりしろよ」そしてうっと声を上げる。

「首の肉が削り取られてる。洞窟の外までももたない」ランスの説明は非情だった。「親しいならお前がとどめを刺してやってくれ」

「あのおっさんは師匠か何かじゃないのか?」リーダーが唐突に口を挟んできた。

「酒場でよく絡んできただけのおっさんだよ」サンは自分の背負袋を確認して背負った。「よっこいしょ」松明の明かりにやっと目が慣れてきた。

 サンはちらりと若手の方を見る。彼はとどめを刺せずに躊躇している。サンの見立てでは彼は最終的にはできる人間だった。そちらにはあまり注意せず松明を持ってあらためて地下の部屋をぐるっと見回した。財宝や宝石の類はない。夫人の手枷も価値が出そうだったが持ってみると重く持ち運びに不便だと判断した。部屋を一周するときに通路で倒れているデデも見えた。両手両脚を体の後ろで縛られて地面に転がされていた。意外と念入りだなとサンは思った。正義感の強いランスなら雑に動けなくして罰にすると思っていた。何をするか分からないから足を斬って放置とはいかなかったか。若者が仲間にとどめを刺してもらったのをきっかけにサンは部屋の探索を打ち切った。

 サンはリーダーに向かって言った。「この背負袋だけど、あなたが運んでくれないかな? お金以外はあげるから」

 リーダーはデデの背負袋を見て、「分かった」と言った。しんどそうに立ち上がり、それを背負った。

「具合悪そうだね?」

「なんとか動ける」

 とどめを刺した若手は祈っていた。

 サンは声をかけた。「彼の所持金は君のものにしていいよ」

 彼は祈りを止めた。サンの方を見なかった。仲間の死体をじっと見ていた。やがて意を決してその死体のポケットに手を入れた。チャラチャラと音がした。彼はそれを掴むと自分のポケットに入れた。

 どこかにまだ隠している金があるのは確実だった。サンはそれも探るかなと思って見守っていた。彼はそれだけで死体漁りを切り上げた。

「うん。じゃあ戻ろう」

 サンたちは地面に転がっているデデを見下ろすところまで通路を戻った。

 デデはランスに足を切られていた。血がまだ流れていた。出血はそこまでひどくない。ランスの拘束は念入りで、両手両足を縛った上に背後でその2つの結びをつないでいた。海老反りの形になっている。こういう拘束をすると人間は長生きできない。ずっと体を逸らしているように人間の身体はできていないからだ。

 デデの口は塞いでいない。しかし何も言ってこなかった。

「自分だけが明かりを持った状態で逃げるという判断は悪くなかったと思うよ」サンは普通に褒めた。「村に馬があったからね。あれを奪えば逃げ切りも難しくない。ただまあ……この入口のところが崩れて狭いっていうのを忘れてちゃあ話にならないと思うけど」

「お前らをナメてたよ」体勢もあってうまく声は出ていなかった。

「ナメられるようにしてたからね」サンは背負袋を下ろした。口を開いて中に手を入れる。「ランスがそのまま殺さなかったのは助かるよ」

「裏切り者はちゃんと苦しむべきだ」ランスの口調はきっぱりしていた。

 サンは背負袋からチョーカーとブレスレットを出して床に置いた。デデの体をまさぐる。指輪がポケットから出てくる。

「え、おい」デデは面白いくらい狼狽うろたえた。

「さすがに普通はこんなことできないけどね。デデさん、このアイテムが呪われている可能性はどのくらいだと思う?」

 デデの返事はなかった。

「僕は100%だと思うけど、やっぱり確かめないとね」

「……なあ、サン」デデは急に優しい声を出してきた。「それはちょっとやりすぎじゃないか?」

「僕もそう思う。ごめんね」

 ランスは真面目だ。「お前は恩を仇で返した。やりすぎかそうでないかはお前が決めることじゃない」

 サンはちらりとビャペラの冒険者2人を見た。引いてるというより何が起こっているか分からず呆然としている感じだ。怯えたデデの顔を見ている。「2人は向こうの方で待ってくれないかな? 先に行っててもいいよ。松明はあげるから」

 サンは自分の松明を渡した。「あ、それと」リーダーが背負っているデデの背負袋の底からなけなしの金貨と宝石の入った小袋を取り出す。「はい。背負袋ももっていっていいよ」

 リーダーと若手は顔を見合わせた。本当に行っていいのか戸惑っていた。

 サンは手を振った。「じゃーねー」

 それでやっと2人は動き出した。崩れた出口を這っていき、徐々に松明の明かりは離れていった。

 ランスは次の松明を出して自分の火を移した。サンに渡す。「ほら」

「ありがとう」

 洞窟の深部で一行は3人に戻った。

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