第9話 コボルト退治
二階の入口が何の部屋だったのか分からない。家具も何もかもが朽ちていて生活の痕跡はまるでない。ただし長年の探索により支柱や張りなど構造に補強が加えられている。観光地としても使われていたというのも納得だった。地下の圧迫感とぼんやりした黄色い光が、スリルと安心を与えている。
サンは部屋の出入口から顔を出して廊下の様子を見た。コボルトの死体が2つ転がっていた。血溜まりができている。
その先で3人がコボルトと戦闘をしていた。リーダーと若手の1人が前に出て戦っている。全員、武器はナイフだ。お互いに睨み合っていた。ふーっふーっという荒い息が聞こえる。相当疲れている。3人の体に隠れて相手のコボルトは5匹以上見えた。廊下の奥から殺到している。武器は爪と牙。グルルルルと犬と同じ声で
コボルト語は分からない。しかし声の感情は犬と同じなので分かりやすい。喧嘩の
野犬や狼にああいう風に吠えられると小便ちびるよな。サンは思った。武器があっても絶対やりたくない相手だ。巣への侵入者相手だとコボルトも必死になって当然だ。コボルトは一歩も引かない。負けるわけにはいかない。その覚悟を示す
リーダーが「おるぁ!」と雄叫びを上げた。冒険者にも引けない事情がある。
だがサンはそこに弱気を感じ取った。やばいなと思っている。逃げちゃおうかなと思っている。コボルトも同じものを感じ取っていた。冒険者の虚勢に被せてオォォォウと吠えた。野生の駆け引きは剥き出しで分かりやすい。吠えられてリーダーは
後列にいる若手冒険者がちらっと後ろを見た。感情が消えて眉が平坦になり絶望的な顔をしていた。サンと目が合った。一瞬の安堵が見えた。
サンは言った。「手伝おうか?」
「頼む!」後ろの若手が叫んだ。
同じくサンの声を聞いたはずのリーダーは振り返りもしなかった。
サンにとっては意外だった。
助けるつもりで声をかけたのではない。こう言えば虚勢を張って拒絶し全滅してくれると期待して言ったのだ。助けを
横からランスが飛び出し、廊下を駆けていった。声もかけずに動いたので残り2人は反応できなかった。
サンが動けずに見ていると、ランスはリーダーの横にいた若手と前線を交代し、愛用の槍で前にいたコボルトを突き殺すと、そのままクルっと向きを変えてリーダーとやりあっていたコボルトも突き刺した。そして
「助かったよ」
リーダーは廊下に座って止血をしていた。傷は深く、手や足を引っかかれていた。命に別状はないだろうが満足に戦えるという状態でもない。
サンも戦いに参加して先頭交代しながら応戦するようになるとコボルトたちは退却していった。敗走というよりは戦略的撤退といった様子だった。こんな一本道の廊下で正面からぶつかることはないという判断をしたのは明確だった。
「どこかの隠し通路から回り込んで挟み撃ちにしてくる。間違いない」サンは言った。「こんな巣穴に出入口が1つだけなんてことはないし、廊下の一本道なんてことはないよ」
壁が崩れて部屋が繋がっていたり、崩れた土砂に隙間ができていたりする。コボルトなら通れるところもある。
この先は屋敷の中央の階段から1階に下りるか、そのまま真っ直ぐ行って二階の反対の突き当たりに行くかの分かれ道だ。
この場でサンたちはコボルトを6匹倒し、その実力の違いを示した。ビャペラの3人は完全に戦意喪失していた。
「勝負はここで終わりにして、コボルト退治に集中しよう」ランスは槍の調子を確認した。「村の応援も呼んだ方がいい」
「たぶん応援は無理だよ」サンは説得するように言った。「僕たちが6人いることで他人任せの空気ができていた。あそこからまた命懸けでコボルトと戦ってくれって言っても逃げられる」
「頼んでみなくちゃ分からないだろ?」
「それはそうだけど……じゃあ報酬は無しとか言い出しそうだよ?」
「……」ランスは顎に手を当てた。サンの言葉に納得した顔だった。
サンはリーダーの様子を見ながら、「虫のいい話だけど、勝負はこっちの勝ちということにして、コボルト退治を協力してくれないかな? なんなら報酬も少しは分けるよ」と言った。助けた貸しについてはわざわざ言葉にはしない。
リーダーは止血を終えた。若手の2人を見る。「俺はもうあまり動けない。お前ら2人で協力できるか?」
「分かりました」「はい」
というわけで3人もサンたちに加わった。自己紹介をしてそれぞれの名前をサンも聞いた。リーダーは戦えないが、同行はすることになった。一応、コボルトたちの親指も回収した。
そこからのコボルト退治は安全だが展開は遅くなった。待ち伏せされているのが確実なので、すべての部屋や死角をクリアリングしながら進んだ。6人いると全方向を警戒しながら進めるので難易度は下がった。奇襲にも対応でき、一行はコボルトの死体を確実に増やしていった。
だんだん大きい個体が減り、襲ってくるコボルトが若くなってきた。
「大人のオスはほぼやっちゃったかな?」
「女子供もやらないと意味ないぞ」
サンとデデの会話は言葉だけだと物騒でどっちが悪役か分からない。
一階の最後の掃討へと廊下を進むと、一匹の若いコボルトが現れて両手を上げた。クゥーンと高い声で鳴く。降伏の意思表示なのは明白だった。
サンはまだコボルト語が分からなかった。身振りで、『出ていけ。出ていったらそれ以上の攻撃はしない』と伝えてみた。
そのコボルトはゆっくりと近づいてきた。そして、警戒するサンの横を通り、二階へと上がっていった。立ち止まってコボルト語で何か言うと、一階廊下の奥の部屋からまた一匹が出てきた。
サンはまた身振りで、『行け』と伝えた。出てきたコボルトは後ろに何か伝えた。すると子供のコボルトがぞろぞろ10匹ほど現れた。身長が50センチにも満たない。子供というより大きい犬のようだ。ぞろぞろ集団でサンたちの横を通り、二階へと上がっていった。
「デデさん、ちゃんと洞窟から出て行くか、最後までついていってもらえますか?」
「ああ、分かった」ビャペラの若手1人に声をかける。「お前も一緒に来い」
サンたち一行は廊下を進み、コボルトが出てきた部屋の確認をした。人間の子供の死骸がまだいくらか肉の残った状態で転がっていた。
「最初に襲われた村の子供だね」サンは普通に言った。
「クソが」
サン以外の冒険者の反応は人間らしい怒りだった。
デデたちが戻るのを待たずに、さらに奥へと進んだ。突き当たりの部屋はドアが閉まっていた。ドアを開ける。これまでの場所より光が薄かった。壁の一部が崩れて小さい穴が開いていた。
地面を這う黄色い光に流れができていた。その穴に吸い込まれていた。
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