第7話 コボルト退治の開始宣言

 老婆の家に吃音の村長代理以外の3人が集まった。村長の未亡人の美人もその場にいた。一緒にここまで来た若者ゾグパゾ以外の2人は初対面だったので簡単に自己紹介をした。サンとランスが若いのでナメられた。『こんな奴らがコボルト退治なんかできんのか?』という感情を隠せてなかった。

 サンは村長代理も含めた4人がコボルト退治の協力をしてくれるという話について確認を取った。このやり取りはモメて、冒険者が村人を盾にして仕事をサボるんじゃないかという懸念を生んだ。そんなことはないと口で説明しても説得力がない。サンが、危ないと思ったらすぐに逃げても大丈夫ですよと請け負った。しかし、勝負はどうなるんだということになった。

 続けての本題で、ビャペラの冒険者は今晩のうちに排除してもよいかと確認した。サンとしては心配事は排除したかった。しかし村では明日2つの冒険者ギルドが勝負するという話がまたたく間に広がっていて、賭けまで始まって大騒ぎになっているということだった。サンの思惑に反して娯楽の少ない田舎に格好のイベントを提供してしまう形になっていた。前日に寝込みを襲うというサンの計画はドン引きという反応だった。

「ええ……」サンは困惑してしまった。

 ここで僕たちが負けて向こうが勝ったら村人はどうするつもりなんだ? 報酬は向こうがふっかけた金額の方が多いということだし、今後の村とビャペラの関係も貸し借りができることで複雑になるだろう。しがらみのせいで今後、二度と他の冒険者ギルドに退治を依頼できなくなる。どんどん連中が我が物顔になってしまうんじゃないの? そういうのが嫌で楡の木村は討伐依頼を遠くのギルドに出してたんじゃないのか?

 老婆の顔にも似た困惑があった。ビャペラの冒険者が勝った場合のことを考えている。

 だが協力してくれるという村人たちはそんなことを考えていないようだった。俺たちが協力したら勝負がおかしなことになる。どうかここは6人のゴロツキだけで1つよろしくと顔に書いてある。

 こうなってくるとビャペラの冒険者を洞窟で始末しても、ビリオンの冒険者が勝負に勝つために卑怯なことをしたと噂されてしまう。本当の事故死でもそうなる。相手も無傷で退治を終えてくれないとあとあと面倒だ。一方でこっちが怪我をしたり死んだとしてもそういう噂にはならない。ビリオン側が若く弱そうだし、所詮しょせん余所者よそものだ。向こうは嫌われてるといっても地元の顔馴染みで親近感があるというアドバンテージがある。さらに年長者だ。わざわざ子供を背中から切るような卑怯なことをしなくても正々堂々とやって勝つだろうと思われている。

 これは詰んでるな。状況が不利だ。サンは思った。普通にやって普通にコボルトをたくさん退治するしか解決策がない。……と思ったけど、二度と来ないのだからこんな田舎に自分たちの悪評が残ったところで関係ないか。いざとなったら連中は洞窟の中で始末しよう。そのくらいなら誤魔化せる。

「分かりました」サンは未亡人——名前はクイ——の方を向いた。「僕たちが先に洞窟に入るということだけ連中に念押ししておいてください」

 彼女は、はい、分かりましたと静かに言った。

 村人がいなくなり、老婆が別室に消えた。3人だけになるとサンたちのひそひそ話が始まった。

 どうしようといってもコボルト退治をするしかない。しかも洞窟に火を放つとか毒を流すといった計略は使えないので、純粋な腕力勝負になる。サンとランスが2人の若造と同じ実力だとして、年長者同士の勝負が微妙ということになる。というか、サンとランスはデデのことを完全に口だけのおっさんとナメているので期待してなかった。デデ自身が俺に期待するなオーラを前面に出しているのは幸いだった。本気出せば楽勝だとか言うタイプではない。そんなことを言ったらサンはすぐにデデを囮に使っていただろう。

 相手のリーダーも強そうには見えなかった。負けが確定しているわけではない。不確定だということだ。デデの方が強いという確信は持てない。

 ただ、結局のところ、これらのサンの心配はいい方向に裏切られる。サンとランスは自分で思うほど弱くなかった。ビャペラの冒険者は本当に経験不足の役立たずだった。さらに彼らは腕がもげたり腹から臓物を引きずりながら楡の木村を襲撃したので、サンたちの悪評が立つこともなかった。そのときの村人の反応は辛辣だった。村人が家の中に立て籠り二階の窓や屋根の上から黄色く光るコボルトたちの中にビャペラの冒険者たちを見かけると皆が口々に小言のように悪口を言った。

「なんだあいつら、コボルトと一緒にうちらを襲ってきてるぞ」「ビリオンの若者が命懸けで村を守ってくれてるのになんて奴らだ」「やっぱりビャペラのゴロツキはクソだな。何の役にも立たん」「役に立たんどころじゃないぞ。足手まといだ。いい迷惑だ」「ミイラとりがミイラになりよって」「恥さらしが」

 そして村の一人は、「ビャペラのゴロツキ共! 根性があるなら隣のコボルトの一匹くらい倒せや! ボケ!」と大声で罵倒した。

 そのときには村のそこかしこから笑い声が上がった。罵倒された冒険者の死体はもちろん何の反応もせず、隣のコボルトと仲良く群れていた。

 村長の家にいたサンもその笑い声を聞いた。思わずあははと声を出して笑ってしまった。

 あとにそんな成り行きになるとは知らず、その夜のサンたちは勝負に勝つか、負けても負けたように見せないためにはどうするかとあーだこーだと相談し、結局、うまい策は思い付かないまま出たとこ勝負を決心して寝た。

 翌朝になって支度をし、老婆に朝食をご馳走になって家を出た。老婆は頑張ってください、よろしくお願いしますと腰の低い態度でサンたちの味方アピールをしてきた。

 村人30人が全員村長宅の前の広場に集まっていた。雨は止んでいる。昨日までは隠れていたであろう若い女まで姿を見せている。こんなイベントでは隠れていられないと言わんばかりに興奮して声援を送ってくる。キャーという声は嬉しいものだ。サンは気分がよかった。自分が闘技場の戦士になったような気分だ。

 ビャペラの冒険者3人は広場に待機していた。

 村長代理と未亡人の2人のほかに、村長の家の前には若者ゾグパゾが立っていた。彼は咳払いをして群衆を鎮めると、村長代理に頷いた。

 村長代理は言葉をつかえさせながら言った。「こここ、これから、コボルト退治の、きょきょきょ、競争を、ははは、始める」

 村長代理は吃音だが、声は低くてよく通るし、体格もいいのでスピーチに迫力があった。討伐隊でも一番活躍したのが彼で、死んでしまった兄の村長より強かったと聞いていた。村人が黙って聞く姿を見ても、尊敬されているのが分かった。

「より多くコボルトを倒した方の勝ちとする。倒したコボルトの右手の親指を切り落として集めてくること。その数を証拠とする。最初にビリオンのチームが出発し、10分後にビャペラのチームが開始するものとする」村長代理の説明のあと、若者ゾグパゾがもう一度ルールをまとめて宣言した。

 ビャペラの3人も口角が上がってニヤニヤしている。リーダーも例外ではない。それどころか3人ともちょっと手を上げて観客の声援に応えていた。

 それを見てサンは客観的になった。調子に乗らないように気をつけないとな。浮かれるのもしょうがないし、浮かれた方が好感度が上がりそうだけど、格好悪いのも事実だ。向こうはサンと目を合わせるとパフォーマンスめいたジェスチャーをした。ぶっつぶすとかやってやるみたいなアピールだ。客は喜んでいる。

 サンの後ろではデデが普通に手を振っている。「いえーい。応援よろしくー」

 ランスは無反応すぎる。声援を無視しているので感じ悪い。

 それはそうと右手の親指を切り落とさないといけないのか。忘れないようにしないとな。サンはそれを入れておく袋ってなんかあったっけと思った。

 村長代理は右手を上げた。「そそそ、それでは、かかかか、開始!」

 村人たちが一層大きな歓声を上げた。わーっという声が辺りに響いた。徒競走の勝負ではないので、3人は駆け出すわけではなく、淡々と看板に描かれた光る洞窟の方へと歩き始めた。頑張れよーとか、頑張ってーという声が普通にかけられる。村人は楽しそうだ。サンも控え目に村人たちに手を振った。30人では全員に手を振っても1分もかからない。ぐるりと左右の顔を見て、サンは進んだ。

「……そうはいっても、正確な光る洞窟の場所って知らないんだよな。道案内を頼めばよかった」森に入るとサンは言った。

 一応、話では聞いている。目印があるので迷うことはないということだった。使われなくなった山道を進むとところどころに光る洞窟のシンボルと共に矢印の看板が立っていた。この道の先にコボルトがいると思うと不用心な話である。

 デデは御満悦で、「それにしても声援はよかったなー。討伐依頼があってもあそこまで盛り上がることってあまりないからなー」と感想を言っている。

 ランスが反応しないのでサンがその独り言の相手をした。「よかったですねー。やっぱり頑張ろうって気持ちになりました」

「2人とも頑張ってくれよ」

「デデさんも手伝ってくださいよ」

「手伝うけど、頑張るのはお前らだぞ」

「まったくもー」

 村からすぐと聞いていたので洞窟の入口は近いはずだった。3人は自然と口数が減っていった。看板の先に岸壁が見えて警戒しながら近づくと、ぽっかりと口を開けた洞窟の入口が見えた。名前の通りぼんやりと黄色く光っている。辺りを調べたが見張りのコボルトはいない。

「さて、どうしましょうか?」

「中に入って1匹ずつ片付けるしかないだろう」デデは言った。

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