第6話 ライバルとの交渉

 玄関は何も言わずにいきなり開けられた。中からゆらゆらした明かりが見えた。暖炉に火が入っている。日没が近く雨も降っているので外は暗くて寒い。明かりも灯っていた。室内からの明かりに照らされて立っていたのは女性だった。20代くらいに見える。黒いヴェールを肩に巻いている。喪中もちゅうの未亡人がよくやる服装だった。死亡した村長の妻だと分かった。儚げで影の薄い印象だった。サンは、未亡人だからというより、何か別の要素を感じた。地元の人間じゃないような、どこか妖精めいた、人間離れした印象だった。田舎の人間っぽさがない。都会の人間——それも上流階級の人間——が田舎に溶け込もうとしているが、まだうまく馴染めていないような、そんな雰囲気だった。

 老婆と若者を招き入れ、サンたち冒険者に会釈する姿にも気品がある。顔を伏せているが美人なのだ。デデはそれに気づいてじろじろ見ていた。

 家の中は思った通り暖かかった。

 暖炉の前の空間に明らかに冒険者と分かる男が3人いた。1人だけ座っていてあとは立っている。全員が簡単な籠手と手袋、脛当てをしていた。

 座っている男がこの中のリーダーなんだろうが明らかにデデより若い。20代も前半だろう。頬や額に向こう傷が付いていた。顔が細いので頼りない印象を与える。体も細い。駆け出しからやっと中堅に入ったところというイメージだった。顔つきはかなり気合いが入っている。眼光鋭く、部屋に入ってきたサンたちを睨んだ。

 後ろの2人は10代で完全に若手である。サンやランスと同い年くらいだ。人を殺したことがあるのかないのか、サンにはちょっと分からなかった。まだ殺したことがないと聞いても驚かない程度にはあどけない。体もさらに細く、都会の子供という感じだった。子供の頃から山仕事をしてきたサンの方が確実に基礎体力はあると分かった。

 3人ともそれぞれの武器を腰に下げていた。

 デデ・ゲールは40代のおっさんである。右手の指が少ない。顔にも傷がついていて迫力がある。よその人から見ると最初はリーダーだと思われるだろう。こんな場面になるまでサンも考えてなかったが、彼のメインの武器がなんなのか分からなかった。この4日間短剣しか見ていない。防具と呼べるものも厚手の革の胴着くらいなものだ。手袋も持っていたが今は素手だった。

 部屋にいたのはあと1人、30代くらいの男である。ビャペラの冒険者に対峙して座っている。体が大きく、サンが見たところここにいる人間の中では一番強そうだった。話に聞いていた村長代理だろう。村長の弟が代理をしていると老婆から聞いていた。

「おう、お前らか。都会もんってのは」頬に傷のある向こうのリーダーがまずは挑発してきた。「とりあえずこっちに来いや」

 サンは村長代理を見た。この冒険者の態度は村長の家の中での振る舞いとしてはかなりの礼儀知らずである。どういう反応をしているのか気になった。その村長代理とサンの目が合った。彼は頷いて座るよう促すだけだった。冒険者の態度に腹を立てている様子はなかった。イキっている若者の振る舞いを大目に見る年長者という態度だった。彼の方が強そうなので、実際に余裕があるのだろう。

 デデがずかずかと暖炉まで移動して座った。「それじゃ遠慮なく」

「どうもこんにちは。サン・クンです。コボルト退治に来ました」

 ランスも会釈する。簡潔に「ランスンスです」と言った。

 自然とサンが中央になった。デデは座ってから部屋や暖炉をキョロキョロ見ている。落ち着きがない。そんな中でサンがリーダーの顔を正面から見た。向こうのサンを見る目つきが変わる。

 玄関を閉めた未亡人の女性が一番隅に座る。

「遠くから来てせっかくだが、この件は俺たちが預かる。お前たちはそのまま手ぶらで帰ってくれ」

 サンは営業スマイルだ。「どうせなら共同でコボルト退治しませんか? 取り分は少なくなりますが安全だと思いますよ。話だと30匹以上いるらしいですし」

 リーダーの男は声を張る。「コボルト退治なんざ3人もいれば充分なんだよ。帰れ帰れ」しっしっと手を振った。

 後ろで立っている部下2人がへらへらと笑った。

「んー、じゃあ、勝負しませんか? お互いに3人です。コボルトを多く倒した方が報酬の総取りってことで」

 デデが指を鳴らした。「お、いいね」

「おいおい、ナメんなよ。楡の木村も光る洞窟も俺たちのシマなんだよ。勝手にやってきて勝負だなんだとか、そんなの受けるわけないだろ」

 サンはたっぷりとを作った。音が聞こえるように大きく鼻で息を吸う。暖炉の火の音と、外の雨の音だけが部屋に響く。そこでゆっくりふーっと音を立てて息を吐く。「負けるのが怖いですか?」

「なんだこのガキ」リーダーが立ち上がろうとする。

 デデが両手を広げていかにも軽薄そうに——いつもの調子で——、「まーまーまー」と言った。「こっちも本当にガキなんでね。そこは勘弁してくれや」

「僕は負ける気はありませんよ」サンはリーダーとデデの2人を見た。

「よーし、じゃあ受けてやるよ。明日の夜明けから開始だ」

「そっちが先に入っていいですよ」

「ふざけんな。そっちが先でやらせてやるよ」

「いいんですか?」

「うるせえよ」

 村長代理が膝を打った。「ど、ど、どうも。ででで、では、明日からコボルト、た、た、た、退治を、す、す、するということで」

「あー、それでいいぜ」向こうのリーダーは普通に答えた。

 村長代理は吃音なのだ。話はまとまったので、それ以上の話をこの冒険者とする必要はなかった。ビャペラの冒険者の3人は前日からこの家に泊まっているらしい。サンたちは老婆の家に泊まることになり、村長の家から出た。老婆は未亡人と話をしてから、サンたちにあとで詳しく説明しますと言った。

「説明もお願いしますが、退治に参加してくれるっていう4人とも話をしたいので声を掛けてもらえますか?」サンはやや命令口調だった。

 分かりましたと老婆と若者は言った。「村長代理は呼ぶのが難しいかもしれません」

「けど話があるので、夜中にこっそりでもいいですよ」

「分かりました」

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