第5話 楡の木村へ
北の村の村長の家は、他の家よりはちょっと広かった。サンたちは来客用の部屋に通された。
老婆リャシャヨジャと若者ゾグパゾは別の家の世話になるということで夜は姿を消した。
「村長の家にお世話になるわけにはいきませんので」老婆はペコペコと頭を下げた。
北の村の村長はサンたちを上から下まで見て、「おかしな真似をするなよ」と腕を組んだ。
「もちろんですよ。ありがとうございます」サンは笑顔だった。
まだ日が残る夕方、3人だけになるとデデは頭をかいた。「めんどくさいことになったな」
「デデはどうする? 元々コボルト退治とかやる気なかったでしょ?」
「お前なあ」デデは溜息をついた。「前にも言ったろ。こういうのも付き合いだ。やりたかないが、場合によっちゃやるしかねえ。こっちもカイヤ組の看板を背負ってるからな」
3人の脳裏にギルドのボスであるカイヤの顔が浮かぶ。受けた依頼を横取りされたとなったらカイヤにボコボコにされた挙句、仕事を取り返してこいと言われるだろう。この商売はナメられたら終わりだ。その点は間違ってないし、カイヤはそれをよく分かっている。
デデは右の拳を左手に打ちつけた。パシッ。「覚悟を決めないとな」
サンは笑顔だ。状況を楽しんでいた。「とりあえず共同でコボルト退治をすればいいよ。向こうがどうしても自分たちだけでやるというなら、勝手に後ろからついていけばいいさ」
「それに異論はねえ。うまくやれそうなら交渉してみろ」
「うん。分かった」
デデはランスに顔を向けた。「お前は?」
「ん、いや。まあ、別に」ちょっと目を伏せてからサンと目を合わせる。「村人4人も俺たちを手伝うっていう話をしてただろ。あれはどうなるのかなと」
「あれだけ嫌われてれば村人は僕たちの味方だよ。そこが滅茶苦茶ラッキーじゃん」サンはニッと歯を見せた。
村人と協力して向こうの冒険者を始末することができる。口裏合わせも簡単だ。
「まあ、それもそうか」
3人は寝た。
翌朝、3人は朝食をご馳走になり、
定期便が運行している東西の街道と違い、ビャペラから北への道は狭かった。
歩いていくと左右の東西方向の道と交差した。
雨が木の葉を打つボタボタボタという音がずっと聞こえていた。
山を越えたり、川を渡るたびに、人口100人以下の小さな村に遭遇した。柵や囲いが無い村も多かった。
「ビャペラの北側にはこんな村がいくつもあります」老婆は言った。
「っていうかそれしかねえだろ」デデの声は疲れもあって多少苛ついていた。雨の中の移動はしんどい。
「僕の地元もこんな感じだよ。村の数は?」
「さあ、20くらいでしょうか。すいません」
「自給自足の一軒家みたいなのも入れると50くらいはあります」若者の息もちょっと上がっていた。
ペースが早いとサンは思っていた。地元にとっても早いペースで歩いていたんだと気づいた。「そういうのってコボルトに襲われたりしないの?」
「襲われますね。久し振りに行くと家が荒れてて死体もないなんてことはしょっちゅうです」
サンは顔を上げた。道の左右だけでなく、進行方向も藪や茂みに覆われている。その隙間に体を入れて通り抜けるということを繰り返している。ガサガサ、バキっと枝を折りながらだ。どうしても怪我をしてしまう。「だろうね」何が潜んでいても不思議じゃない。しかもこの雨じゃ気配も分からない。
ランスもハアハアと息をしていた。「そういう村が、ビャペラと中央山脈の怪物の防波堤になってるってわけだ」
「防波堤って何?」とサン。
「海の波から港を守るための丘みたいなもの」
「なんの話?」
「昨日、話していただろ? ビャペラがコボルトに襲われたら、街の兵士は根性なしだから逃げ出すって」
「ああ」
「そういう話だよ」
サンは無言だった。
静かなのに耐えられずにランスがまた口を開いた。「ここまでで分かったろ? ビャペラは戦争の危険はほとんどない。だから兵士は必要ない。内乱だけ気をつけてればいいんだ。周りの村から税金を取って、街の人間にバラ
「おいおい、なんだよ。政治の話かよ」デデは泥だらけの足をしんどそうに持ち上げている。一行の中では一番体力がない。
「政治の話だよ」ランスは吐き捨てるように言った。「誰が楽をして誰が苦労してるのかって話だよ」
「リャシャヨジャさん、次の村で休憩しましょう」サンは言った。「ペース早いです。疲れました」
老婆は分かりましたと返事をした。いつもより早口だった。「あまりゆっくりはできませんよ。すいません」
幸い、次の村はすぐだった。一行はその
告げられた老婆は大袈裟に安堵の溜息をついた。わざとらしいほどだった。「ああ。よかった。それを聞いて安心したよ」
サンたち冒険者は暖炉と渇いた布が与えられた。外套を羽織っていたので下着までは濡れていなかった。濡れて重くなった服を脱いだ。頭を布で拭いて火にあたっていると眠くなってしまった。全身が疲れきっていた。なるだけ外套を乾かした。
「あー、また外を歩かなくちゃいけないのはしんどいぜ」デデは火に両手をかざしてぬくんでいる。誰も言わなかったが彼の意見に全員が同意していた。
暖炉の薪がパチパチとはぜていた。雨がバチバチバチと屋根を打つ音が家の中に響いた。
「あー、寒い」サンはしみじみと暖炉の火を見た。「ビャペラのギルドとカイヤ組って仲が悪いの?」
「この距離じゃあな、仲が悪いも何もないだろう。世間は俺たちがビャペラのシマを荒らしたと思うだろうな」デデは両手をこすって指をあっためている。「ただ、まあ、奴らにとってもビリオンの冒険者ギルドっていえばビビりはするはずだ。簡単に喧嘩は売ってこねえだろ」
窓の外は昼間なのに暗い。雨が集まって地面に流れを作り小さな川ができていた。水溜りに雨が落ちてばちゃばちゃと音を立てている。雨が強くなってきた。村の外の暗い森はその先が1メートルも見えなかった。
「さて、あと一息です。よろしくお願いします」老婆が言った。
デデは未練がましくあとちょっとと粘った。サンとランスは深呼吸をして外套を取った。まだ全然乾いていなかった。
それから1時間ほど歩いて、増水した川を越え、尾根をまわり、尾根筋の道を登っていくと、山腹の開けた場所に木の柵が見えた。入口の横に大きな楡の木が生えている。あそこですと老婆は言った。
晴れていたらいい景色だろうとサンは思った。楡の木が
雨足は少しずつ弱くなってきていた。
先頭で道案内していた老婆と若者がそのまま柵の入口を抜けていく。
柵の高さは腰くらい。親指と中指の輪に収まるくらいの太さの棒を縦横に組んで立ててある。家畜を囲うには充分だ。コボルトの侵入を防ぐ役には立ちそうもない。
サンも楡の木の横を通って村に入った。
囲いの中には7つの家があった。人口は30人弱と言っていたから多い方だ。納屋や倉庫かもしれない。すべて丸太を組んだ立派なログキャビンだ。ここまでの村では丸太小屋はあって1つ2つだったので、楡の木村はかなり特殊と言える。一部は二階建になっていて、壁に二階の窓が付いていた。村の柵よりも家の配置が防衛線になっている。互いの家が死角をカバーする設計だ。村の中に入って分かったが中央がこんもり高くなっていた。地形的に高台になっていて、中央山脈の厳しい外敵から集落を守るための村の作りになっている。村の中から振り返ると高い楡の木の上に見張り台もあった。村の中に井戸はない。
村の中央の家の前に馬が3頭つながれていた。
「冒険者のくせに馬に乗ってんのか」サンは思わず独り言を言ってしまった。
「金を持ってるな」デデが意地の悪い顔をする。
「欲しいの?」
「売れば金になるぞ」
「帰りはあれに乗って帰るのもありだね」
「お前ら物騒だなあ。血の気が多すぎないか?」ランスが突っ込んだ。
サンの口元が緩んで口角が上がった。「すごい。ランスが突っ込みを覚えた」
デデがランスを指差して、「偉い!」とドヤ顔をした。
中央の家の前に広場のようなスペースがあり、その隅に看板が立っていた。矢印と共に放射状に線が引かれたトンネルの入口のようなマークが描いてある。
サンはその看板を見て言った。「光る洞窟はあっちだってさ」
「10って数字はなんだ?」とデデ。マークと共に描いてある。
「入場料とかじゃないかな」
老婆と若者は3人を連れて真っ直ぐ馬のつながれた中央の家へと向かった。3人は雨を防ぐために閉じていた外套の前を開いた。腰や背中に手を伸ばし、それぞれが自分の短剣の位置を確認した。老婆が家の玄関の階段を上がり、ドアをノックした。
サンは村の様子を見た。二階の窓に隙間が開いていたり、玄関のドアがちょっと開いていたりした。
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