第4話 街道を東へ、ビャペラへの旅

ガタゴトと馬車に揺られている。ビリオンの街は西の地平線の向こうに消えていた。北も凹凸の何もない平野で、ずーっと地平線が続いている。そんなわけなので北西の方向を見ると視界の端から端まで真っ平らだ。地平線のあたりに森が見える。近くは背の低い草ばかり。このあたりの土地は痩せているので畑には適さなかった。土の道が西から東にまっすぐ伸びている。

日は落ちてきていた。

進行方向の東には山が見える。なだらかな丘陵きゅうりょう地帯だった。ここも緑が少ないが平地よりは雨があるのでまばらに木が生えている。土と緑のパウダーを降り掛けた地面に申し訳程度のパセリを乗せたような景色だ。道が傾斜のゆるいところを選んでうねうねと伸びている。木がないので道の先までよく見えた。

東西の移動には北回りの迂回を除いてこの山を越えるしかないので定期便の乗り合い馬車が運行している。冒険者3人と依頼人の2人のほか、合計20人ほどを乗せて馬車はガタゴトとのんびり進む。

楡の木にれのき村はこの馬車で三日進み山間の城塞都市国家ビャペラで下りてから北へ一日だ。

出発してから最初にそれぞれが自己紹介を済ませた。

老婆の年齢はサンの見立てでは60代だった。白くなった癖毛を頭にもこっと乗せている。顔中が皺だらけでガリガリの痩身だった。歯がきっちり揃っているのが印象的だった。これならまだ何年も生きられるだろう。

雰囲気がくたびれて途方に暮れていたといった様子で、馬車に乗り込むときもよろめいたりしないのに、覇気というものがなかった。依頼を受けた三人に過剰にへりくだった感謝をしていた。本当に本当にありがとうございますと繰り返す。あまりに卑屈なので体育会系で常にナメられまいとイキっている冒険者たちにとってはイラつく態度だった。

「最初に行ったギルドではまったく相手にされず笑われてばかりでした。本当に街の男たちというのは礼儀を知らず恩を仇で返すクズばかりです。それに比べてあなたがたはなんと立派なんでしょう」

サンは言葉に出さなかったが、こりゃナメられるよなあと納得した。こんな態度では普通は依頼は成立しないだろう。サン自身も修行や練習のためもあって、都合のいい簡単な依頼を探していたから受けたのであって、この老婆がかわいそうだとか助けてあげたいとかいう動機で受けたのではない。ここまで感謝されるほど親切なわけではなかった。今後の対応に間違うと老婆——名前はリャシャヨジャだそうだ——の感謝が恨みに引っくり返りそうだ。対応は慎重にいかないといけない。

銀貨50枚も3人で分けるとかなり微妙だもんなあ。

とくにデデとは相性が悪く、「ババア、いちいちうるせえよ。黙ってろ」などと口の悪い反応ばかりになった。黙ってろと言ってすぐに、「それでコボルトは何匹なんだ?」とか質問をするので滅茶苦茶だった。

「村の男たちは30匹はいると言っていました」老婆は申し訳なさそうに言ったが、言外に『そのくらい簡単でしょう? まさかここまで来て断りませんよね?』みたいな圧があった。

サンはスルーしたが、デデが微妙にイラついた表情をしたのを見逃さなかった。ランスはポーカーフェースだ。

デデは他人事のようだった。「まあ新人二人には丁度いい相手かな」

サンはそうかなあと思った。地元の山村にいた頃、野犬が10匹も出ればかなりの騒ぎだし下手をしたら村人に怪我人も出た。野盗や山賊が出たとなって、それが5人以上だと村ではお手上げだった。コボルト30匹の討伐に村では失敗したという。討伐隊は6人という話だった。村人6人より冒険者3人が強いということはあるだろうか? しかもサンとランスはまだ14歳の駆け出しである。

サンは老婆に微笑んだ。「大丈夫ですよ。任せてください」無理ですねとは言えないし。

「ありがとうございます。ありがとうございます。本当に助かります」老婆は語尾が細くなる独特の声で小さく繰り返した。「このご恩は一生忘れません」

「いえいえ。どうも」サンは若者の方に顔を向けた。「それで、ゾグパゾさんは討伐隊には加わっていたんですか? もしよければ、どのような感じか聞きたいのですが」

「なんせこいつらはコボルトをまだ見たこともないからな」デデがニヤニヤ笑って茶化す。

村の二人の表情が一瞬で不信感で暗くなった。冗談でもこういうことは言うべきではない。デデはそれが分かっていない。

「怪物退治は経験者です」自分の頬を指した。「この傷はハーピーの引っ掻き傷です。山で暮らしていたらハーピーの噂を一度は聞いたことがありますよね?」

老婆と若者はじっとサンの傷を見た。山岳地帯のウンコ撒きビッチことハーピーは、山で暮らす人間には馴染みのある怪物のはずだ。

間があってから若者は大きく息を吐いた。「俺もコボルト退治には参加する。たぶん、討伐に参加した四人は手伝うはずだ」

「ゴロツキに任せた方がいいんじゃないかねえ」老婆は言った。

冒険者のことをゴロツキと呼んだことに老婆本人だけが気づいていなかった。デデは「ははっ」と鼻で笑い、若者もびっくりしてサンの反応を窺った。

サンは、「お気になさらず」と言った。「どこでももっとひどい呼び方をされますよ」

若者はこくりと頷いた。

「手伝っていただけるならもちろん助かります。一緒にやりましょう」

ガタゴトと乗り合い馬車は一行を乗せて進んだ。

若者の名前はゾグパゾといった。山仕事をしているだけあって体つきは悪くなかった。きこりだそうだ。精悍といってよいシュッとした顔をしていて、目つきが無駄に鋭かった。赤毛を短髪に刈っていて、髭も剃っている。顎が大きく四角かった。老婆とは親戚だそうだが、親子ではないらしい。護衛としてついてきたのだという。

きこりのほかに狩りや薬草、山菜摘みなどもしている。楡の木村はそんな感じで30人弱が生活しているという。

ゾグパゾからは道中に村人による討伐の一部始終を聞いた。あまり退治に有効な情報は得られなかった。

最初に村の子供がコボルトに惨殺されたこと。討伐隊が組織され、6人の村の男たちが集まったこと。そして村長を含む2人が殺され、残る4人は撤退したこと。多勢に無勢でどうしようもなかったことが聞かされた。ゾグパゾはコボルトを2匹は弓で殺したらしい。混戦になったのであまり援護射撃ができなかったということだった。

光る洞窟——豪族夫人の名前を冠して、研究者の間では『ヒメミグスピヤの洞窟』と命名されているが地元の人間や冒険者はその名前を使うことはない——のマップを預かっていたので、若者に中の様子がマップと違いがないかと確認してもらった。討伐隊は洞窟に到達する前の森で撤退している。ただし、コボルトが棲みつく前の去年の巡回をした限りではサンが持参したマップと中の構造に違いは無いということだった。

丘陵きゅうりょう地帯を縫うように馬車は進んだ。日が暮れる頃にヅテソクという城塞都市に到着した。塔が5つある独特の形をしていた。積まれた石が正確な長方形をしていた。まだ乾燥地帯を抜けてないので全体の空気がカラっとしていた。都市に入り振り返ると、城塞の内壁に紋章が彫られていた。

老婆と若者、そしてデデ・ゲールは馬車を下りると迷いのない調子で歩き始めた。

「来るときも馬宿うまやどだったのかよ?」とデデは馴々しく老婆に話し掛けていて、老婆も普通にうなずいている。事情が分からないサンだった。聞くと、この定期便の客のうち、金がない客が雑魚寝する馬宿という宿泊施設があるのだという。乗り合いの客の大半がそこを利用するようだった。

屋根と壁があるだけの簡素な施設だった。木の板の上にみんなで横になるだけの場所で不用心この上ない。デデに、スリに気をつけろよと注意された。

「ねえ、デデ。どうして一緒に来てくれたの? 僕はデデはこんな仕事にはつきあわないと思ってたよ」

デデは天井を見てしばらく考えた。「まあ、さすがにここで付き合わないのも悪いと思ったからな。なんとなくだよ。義理だと思ってくれ」

「ん、分かった。ありがとう」サンはその言葉を信じた。

ランスはこの旅に淡々と付き合っていた。

二日目は本格的な山道だった。森も深くなり、川や谷を越える道も増えていった。依頼人の2人だけでなく、サンは同行の20人の何人かと親しくなっていた。

天候は悪くなかった。二日目の都市はミャジョホという名前だった。最初に見たときはサンは大きな関所かと思った。門の付いた城壁が峠のてっぺんにあった。城壁は巨大な岩を切り出して複雑に積み上げた構造になっていて、どのやって運んだのかサンには分からなかった。城壁の上には門番が立っていた。4つの固定の弩が備えつけてあり、こちらに向けられていた。どこからどう見ても関所だった。しかし門を通ると300メートルほど先に同じような門があり、二つの門に挟まれた峠の平地に家が並んでいた。中の家は城壁と違って岩も石も使われておらず、木造の建築だった。

到着してすぐにサンや一部の乗り合い客は西の門に登った。そこから西の丘陵に落ちる夕日を見ることができた。日の落ちる地平線まで丘陵のうねりが広がっていた。手前は木々の生えた森なのに、遠くの丘に向かってどんどん木が少なくなり、遥か遠くはほとんど禿山はげやまだった。その禿山を夕日が赤く照らしていた。雲はほとんどない。

夕日の見学者から、朝日を東の門の上から見るというイベントも教えられた。この都市は東西に壁がある構造なので日照時間がちょっと短いということだった。朝だと空が明るくなってから都市の家に日が差すまで時間差があり、それが明暗のコントラストになって綺麗だという話だった。

どうせなら見てもいいかなとサンは思った。ランスに話すと、自分も見ると言ってきた。

ここにも馬宿があった。

夜、ランスが一人きりになったサンを捕まえてちょっといいかと話し掛けてきた。

「お前はコボルト語は話せるのか?」

「話せないよ」

「そうか」ランスは期待をしていたようだった。「コボルトはちゃんと会話できる生き物だ。言葉を覚えられそうなら覚えた方がいい」

「分かった」サンは明るく応えた。期待されているなら応えてみせましょう。「ところでランス・ガードって名前だけど、通り名を用意した方がよくない?」

ランスもそれは考えていたらしい。田舎だとランスの名前は珍しすぎる。色々相談した上で『ランスンス』でいこうということになった。幸い、村の2人とランスはあまり会話をしていない。本名はランスンスでランスが渾名あだなということにしておけば今からでも誤魔化せる。

「ランスンスか。変なの」ランスはちょっと笑った。「ランスンス」

翌日の夜明け前、旅慣れた馬宿の客たちは起きて旅支度を始めていた。サンはランスに肩を揺すって起こされた。

まだ寝ているデデを放って東の門へと歩いた。荷物は全部持って歩く。

都市はまだ真っ暗だ。しかし空の星は消えかかっている。東の門が逆行を受けたシルエットを見せていた。輪郭だけが光っている。都市から見上げる南北の山肌の東側がぼんやり明るくなっていた。手元も地面も暗いのに空と山が明るくなっている。

二人はテクテクと無言で歩いた。

門にある階段を登る。巨大な岩に段を掘った階段だった。門の上には20人前後の見物人がいた。旅行者だけでなく地元らしき人もいる。あったかくなってきたなと話していた。

ランスがサンに話しかけてきた。「これが中央山脈なんだな」

「うん」

朝日そのものは出ていないが輪郭はもう見えていた。目の前に森に覆われた高い山々が連なっていた。行く手だけでなく左右にも広がっていた。正面の道より簡単な迂回路など見つからない。何が潜んでいるか分からない暗い森がもこもこと這っている。正面には一際明るいシルエットの山が見えた。峠の上の門の上に立っているサンとシルエットの高さが同じくらいだ。左右にはもっと高い山も見える。山頂は白くなっていた。雪が黒い岩肌とまだらに模様を作っている。

西側の風景が、山脈を抜け丘陵地帯からビリオンのある平原へと出ていく開けた景色であるのに対して、東側はこれから本格的な山越えが始まるという険しい景色だ。サンは朝日の見物人が夕日の見物人より少ない理由が分かった。

やがて太陽が山の脇から顔を出し、門とその上の見物人たちを照らした。日の温かさを顔に感じた。都市の南北を守る山が白く光り、都市に落ちる門の影がどんどん短くなっていった。どこかで鶏が鳴いていた。コケコッコー。

中央山脈には人跡未踏の場所がいくつかある。むしろ人が入っていない場所の方が多いくらいだ。人の領域と呼べるのは今、サンたちが通っている東西の街道とその周辺くらいのものである。

「さてさて、行きますか」サンはランスに声をかけた。

乗り合い馬車はあと一日の付き合いだ。それで街道にある大きな都市の一つであるビャペラに到着する。

集合場所に行くとデデは眠たそうに待っていた。

東の門を抜けて本格的な山に入った。道は悪くなかった。馬車が通るのに充分な広さがあるばかりか、すれ違うためのスペースも随所に用意されていた。地面は未整備だったり石が敷かれていたりした。森林が深く、山道は暗かった。

昼前に、完全に逆方向に道が蛇行する箇所に出た。慣れた客は御者ぎょしゃに言われる前に馬車から下りた。サンは半信半疑でそれに倣った。傾斜が急になり徒歩のサンも手を付いて歩けそうな角度になった。御者は馬を励まし、馬はぜえぜえと空の馬車を引いた。薄暗い森林から急に明るい場所に出た。底の見えない断崖絶壁だった。他の客も乗らないのでサンも同じく馬車の横に並んで歩いていくと、道の先に崖の反対の山肌へと渡る吊り橋が見えた。思わずサンはうわあと声を出してしまった。往路と復路のために二本の橋が並んでかかっている。振り返ると渓谷の景色が広がっていた。谷全体が森に覆われていてVの字の渓谷が色々な角度で走っている。ざーっという水量のありそうな滝の水音が聞こえた。前後左右上下を見たが音の発生源は見つからなかった。

道中で知り合った魔法使いが、一番の難所はもう過ぎたよと教えてくれた。

橋のたもとに到着した。崖のこちらとあちらに木材を組み合わせた高い塔が立てられていた。その間にロープが渡されて橋が吊られている。ロープは太さ5センチもあるロープをさらに3本撚って1本になっていた。それが複数張られて橋全体を吊っている。向こう岸まで100メートルはありそうだった。橋の高さは100メートル以上ある。こんな橋を2つ作ってしまうというのがサンには信じられなかった。ロープに強風が当たってびょうびょうと耳障りな音を立てていた。橋の底板は二重に敷き詰められて馬車でも問題なく通行できるようになっていた。一同はそこで馬車に乗り込んだ。乗って渡るのは不自然な気がしたが、サンはそこでも流れには逆らわなかった。

橋は左側通行だった。渡るのは気持ちがよかった。風が強いので歩いて渡る方が危険だということはすぐに理解できた。橋の途中で森の木々の隙間に白い霞が見えた。滝の音もそこから聞こえてきた。橋の反対車線を別の馬車が移動していた。荷台から手を振ってきたのでサンも手を振った。ランスもデデも振っていた。よく見ると全員が手を振っていた。おかしな雰囲気だったが、そうしたくなる気持ちはサンにもよく理解できた。

この橋は誰がかけたんですかとサンは聞いてみた。同行者の一人が、有名な魔法使いが大昔に建設したものであると教えてくれた。

橋を渡ってからも山道は続いた。

アップダウンを何度か繰り返し、太陽の位置からそろそろかと思った頃に一つの峠に差し掛かった。そこには関所があり、通過するときに荷物の検査をされた。一定量以上の物品の持ち込みには関税がかかるという。山に囲まれた盆地の城塞都市ビャペラの西の関所だった。

サンたち冒険者の荷物には関税がかからなかった。

関所を越えた峠のてっぺんから、麦畑の広がる大きな盆地と中央の二重城塞の都市が見えた。塔がぴょこんと突き出ているのが遠くから見るとミニチュアのようだ。盆地の周囲の山から流れる川が見える。それらは集まり南へと大きな流れになっていた。それらの川には橋もいくつかかかっている。城塞都市の周辺の畑には農村の部落がぽつぽつと点在していた。

盆地へとゆるやかな坂を下っていくと森の木々と道の蛇行によって全景は見れなくなった。盆地に出ると視界が開けた。

初夏の麦が広がっていた。下から見ると四方がすべて山に囲まれていた。遠くの山は白くぼやけていた。南の山だけちょっと遠い。体感で分かるほどではないが盆地は南に向かって緩やかな勾配になっていた。

中央には城塞の壁が見えた。高さは6メートル前後。角に建っている塔は10メートル以上ある。そしてその城塞の向こうにもっと高い中央の城壁と尖塔が見える。この都市の人口は1000人を越えるという話だった。

サンはここまでの間に、なぜ近くにある都市に討伐依頼をしなかったのかという質問していた。

老婆は質問の意味が分からないといった様子で歯切れが悪く、「うーん、そういう討伐依頼をビャペラには出せませんわ」と言った。

「それはどうしてですか?」

「ビャペラに討伐依頼はねえ。出せませんわ」老婆は出せないのは当たり前なので説明できなかった。

若者の方に質問しても、「ビャペラに依頼は出せないです」と答えた。

サンがその後に事情を聞いてみると背景は以下のようなものだった。

このビャペラという都市は周辺の村に感謝されつつ憎まれている。地理的に東西の要衝なので避けて通ることができず、色々な利権を独占している。結果として常に足元を見られた取引をされているし、都市の人間は冒険者も含めて周囲の村人をあからさまに馬鹿にしている。そんな力関係で怪物の討伐依頼などするのは第一に屈辱的である。第二に、貸しを作ることで何を要求されるか分からない。だから困り事の相談など有り得ないのだそうだ。もっと複雑な事情もあるのかもしれないが老婆もそれをうまく説明できなかった。楡の木村ではこういうときはビリオンやその他、ビャペラ以外の都市の冒険者を頼りにするという決まりになっているのだという。

若者はサンたちにビャペラの市街には入らずにそのまま北の山へ向かうことを提案した。「村に雇われてよそから来た冒険者がいるとなったらここでは絶対にトラブルになります。ちょっと行ったところに村があるので今晩はそこで世話になりましょう」

サンは未練があったがもちろん反対しなかった。「分かった」

「……帰りに寄るのもおすすめしませんよ」若者は念押しした。

「そこまで?」サンはびっくりした。

「寄れば分かります」妙な迫力と共に若者は言った。

馬車は城塞へと近づいていく。きっちりと岩で組まれた壁が6メートルほどの高さまで積まれている。手がかりは多いのでよじ登ることは難しくなさそうだ。塔の上には見張りも立っていた。

サンは言った。「ここにも冒険者ギルドがあるんだよね?」

「あるぜ。まあ、関わることはないけどな」デデは答えた。

「このまま東に行くとどこに出るの?」

こちらに答えたのはランスだった。「中央山脈がまだまだ続く。4日くらいで反対側に抜けるはずだ。そこから海までは2日くらいかな。道中はこれまでと同じように城塞都市と山道だ」

「通ったことあるの?」

「いや。俺はない。ビリオンには北まわりで来た」

「ふーん」

いよいよ城塞に威圧感を感じる距離になった。5人は御者にここで下りると告げた。同行の連れ合いたちといい旅をと挨拶をして、乗り合い馬車を見送った。

「入れないのは残念だなー」サンは言った。

老婆は卑屈な声を出した。「すいません」

「いやいや、いいですよ。しょうがないです。しかし、もっと街同士で仲良くした方がいいと思うんだけどなあ」

「ビャペラの人間は村のことなんてなんとも思ってないです」若者は舌打ちした。「俺たちが討伐に失敗しても笑うだけです。コボルトが数を増やしてこの都市を襲撃したらどんなによかったか。けど、怪物はビャペラには近づきません」

ランスがいかめしい城塞の様子を見て言った。「この都市を落とすならコボルト30匹では無理だろう。命懸けの兵士が100は要るだろうな」

「命懸けの兵士なら50で充分だよ」デデが言う。「最初の20人同士が相打ちすれば、この都市の兵士はビビって逃げ出すさ」

老婆と若者はデデの冗談に本当に愉快そうに笑った。

老婆など笑いすぎて咳こむほどだった。「あっはっはっ。本当です。ここの兵士は本当に根性なしで、弱い者いじめしかできません。あはははは」

一行は市街を避けて北側へと歩いた。盆地の北の端まで1時間、目的の村には日没前には到着するということだった。

サンはちらちらと城塞を見た。壁の角度が変わり、塔の位置が変わると、その様相は様々に変化した。中央の尖塔は鮮やかな青に染められたタイルが一部に使われていた。それがピンポイントのいいアクセントになっていた。

老婆は、ビリオンに比べれば小さなものですがと遠慮気味に自慢した。嫌っているのに誇っている、複雑な心情が見て取れた。

「いやいや。立派なものですよ。すごいですね」サンは心の底から感心して褒めた。

老婆と若者が先頭に立った。市街を避けて北へと回り込むと城塞は背後に位置して見えなくなった。目の前に大きな山が連なる。行く手の地平には森も見えた。

目的の村は特に名前はなく北の村とか北村と呼ばれているらしい。

道はだんだん傾斜がきつくなり、ついに山道になった。峠を一つ越えて日も傾いてきた頃、一行の目の前に小さな村が現れた。木の柵に囲まれた30軒ほどの家々だ。家畜の臭いがした。

村の入口で老婆は立ち止まった。「挨拶してきますのでここでお待ちください」

老婆が一人で村に入る前に、村から30代くらいの女性2人がこちらに近づいてきた。「リャシャヨジャさん、やっと来た」

老婆は相手の女性の名前を呼んで何があったのか聞いた。

「二人がゴロツキを雇うって噂を聞いて、怒った奴らが楡の木村に集まってきてるらしいよ」

「えっ⁉ 大丈夫なの?」

「こっちにはまだ噂が流れてないから大丈夫だと思うけど」

詳しい話を聞くと、楡の木村に3人、ビャペラの冒険者がやって来たということだった。コボルトが出たのにうちに討伐依頼を出さないとはどういうことだと暴れているらしい。討伐は1匹につき銀貨5枚などとふっかけて、依頼しなければコボルトが村の家畜を殺しちゃうぞと脅しているらしい。これはもちろん、払わなければ家畜を殺すぞという意味だ。

デデが、「ゴロツキはどこでもやること一緒だなー」と楽しそうに言った。

「いいじゃん。みんなで一緒にコボルト討伐の共同作戦といこうよ」サンは言った。

ランスは黙っていた。サンの考えていることは分かる。討伐は多人数で、分け前は少人数で、という計算だ。まあ、こんなシケた仕事に出張ってくるゴロツキなどギルド内のパシリに違いないから強い奴ではないだろう。問題は、こちらのメンバーもそんなに強くないということなんだよな。

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