第11話 約束
土曜日のショッピングモールは人が多い。買い物客や、誰かと待ち合わせをしている人がいっぱいいる中、わたしもそこにいた。
風早さんと待ち合わせをしている。
美術館で開催されている作品展に顔を出さないといけなくて、夕方までどうしても抜けられないということだったから、その後に映画を見に行く約束した。
約束した時間より早めに着いて待っていると、前から和服姿の女の人が真っ直ぐにわたしの方に向かってやって来た。着物姿がめずらしいからか、すれ違う人が振り向いている。
風早さんのお母さんだった。
「恭一は少し遅れるから」
この人は、ふたりでした約束まで知ってるの?
「知らなかったわよ」
「あの?」
「『どうして知ってるの?』って顔してたから」
「ごめんなさい」
「帰る間際に、恭一が来賓で来られてた芸術協会の会長さんに捕まってしまって、いつになくそわそわしてるから、そっと聞いたら美雪さんと約束してるって言うじゃない。会長さんの前で恭一がスマホなんて出すわけにいきませんから、わたしがかわりに伝言を届けにきたのよ」
「それでしたらお電話いただければ」
「少し、お買い物でもしたかったの、あなたと」
そう言うと、先に歩き始めた。
よくわからないまま、後に続いた。
背筋を伸ばし、凛とした姿はとてもきれいだった。すれ違う人が振り返るのは、その服装や、単に容姿が優れているからだけじゃない。
あちこち見て回るのを、ただついて行った。
「これ、私の子供の頃にもあったけれど、まだ人気なのね」
風早さんは、そう言って、キャラクターショプの前で立ち止まると、小さなぬいぐるみを手に取った。
「お好きだったんですか?」
「ええ。いろいろ集めたわ」
着物には似合わないぬいぐるみを持って微笑む姿もやっぱりきれいだった。
「風早さん、洋服もお似合いだったけど、和服もお似合いで、どちらもおきれいです」
わたしが言った言葉に、風早さんは、笑い出した。
「わたし、変なこと言いました?」
「いいえ。ありがとう」
その時、スマホの着信音が鳴った。
「そろそろ恭一が着いたんじゃないかしら。わたしはここで失礼するから、行ってらっしゃい」
「失礼します」
一礼して顔を上げると、風早さんはまだ笑っていた。
わたし、そんなに変なことを言った?
待ち合わせ場所に戻りながら電話に出ると、風早さんからだった。
「今、着いたよ」
「ごめんなさい。少し離れたところに行ってたので。もうすぐそちらに着きます」
急いで戻ると、シャツにジャケットを羽織った風早さんが待っていた。
「お着物じゃないんですね」
「そっちの方が良かった?」
「いえ、どちらでも」
どちらでも、周りの人が注目するくらい、かっこいいことに変わりはない。
「母さんから伝言聞いた? 母親に伝言頼むとかあり得ないとは思ったんだけど、他に誰もいなかったから仕方がなくて。ごめんね」
「さっきまで一緒にいました」
「ここに来たの? てっきり電話したんだとばかり思ってた」
「風早さんが来るまでお買い物でもしましょう、って風早さんが」
ふっと笑われた。
「何ですか?」
「ここに司がいたら『風早』だらけでわからなくなると思って」
「そう、ですね」
「僕のことは『恭一』って呼んでよ。僕も『美雪ちゃん』って呼んでいい?」
「はい」
「呼んで」
「え? はい……恭一……さん」
「行こうか、美雪ちゃん」
もう一度、隣を歩けるなんて思ってもいなかった。
嬉しくて、そして同じくらい胸が痛んだ。
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