第8話 本気

夏休みが終わり、大学の授業が始まった。

数人ほどやけに日焼けした男子がいたくらいで、長かった夏休み前と何も変わらない。


風早さんのお母さんはあれから何も言ってこない。


だから、あきらめたんだと思っていた。




授業のある教室に入って、愛梨を見つけると隣に座った。


「おはよう」

「おはよう、美雪。ねぇ、あそこに座ってる人誰だろ?」


愛梨が言う方を見ると、確かに見たことのない人がいる。

学部の全員と話をしたことがあるわけではないけれど、みんな何となく顔は知っている。でもその横顔には全く見覚えがなかった。


「誰かの彼氏とか?」

「まぁ、これだけの人数がいたら先生も全員は覚えてないだろうから、いてもバレないか」


そんな話をしていると、その人がこっちを向いた。


誰かに似た顔。


その人は真っ直ぐにこちらへ来ると、わたしに向かって言った。


「久しぶり。風早司だけど」

「美雪の知り合い?」


愛梨が驚いた顔でわたしを見た。


「今日からよろしく」


嘘でしょ……


「オレこの大学に編入して来たから。わかった? オレの母親が本気って」


きれいな顔は、お兄さんの風早恭一さんと似ている。

でも、話し方や雰囲気は全然違う。


「え? 何? お母さんが何かあるの?」


何も知らない愛梨は状況を理解できなくて、風早司とわたしの顔を交互に見比べた。


「うちの母親、海外が嫌いで、日本に呼び戻されたって話」

「美雪と知り合い?」

「昔、テニスやってた時にちょっと。覚えてたのはオレだけだったみたいだけど」

「そうなんだぁ」


愛梨には、わたしがテニスをやっていたことも、高校を中退して、高卒認定資格をとって大学に進学したことも話している。


そんなことも全部調べてるってことなんだ……




「美雪もいいよね!」

「ごめん、ちょっとぼんやりしてて。何が?」

「風早くんが家に遊びにおいでって。今日学校が終わったら」

「え?」

「ぜひ、ふたりで」

「ねぇ、行ってみたい。風早くんのお父さんって、あの風早流の家元なんだって!」

「愛梨、知ってるの?」

「知ってるよぉ。わたしのお母さん門下生だもん。わたしも少しだけ教室に通ったことがあるんだけど……向いてなくてすぐやめちゃった」

「じゃあ、2人とも放課後に」



愛梨もわたしもバイトがお休みで、愛梨は風早流に興味があって、いきなり家に遊びにおいでと言われた。


これは、どこまでが仕組まれたもの?

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