第7話 価値観
「恭一の病気のことは、ご存じ?」
胸の中がぎゅっと痛んだ。
「はい。ニュースで見ました」
「骨髄移植を受けたことも?」
「はい」
「そのドナーが誰だったかということは?」
胸の痛みは、どくどくという早い動悸に変わった。
「今、あなたは、私が言っている意味をおわかりよね?」
それは、知らされないはずの情報……
なのに、この人はどうしてそんなことを言うの?
「恭一の場合、血縁者には誰も適合するものがいませんでした。白血病の再発率は30~40%。非血縁者での適合確立は数百~数万分の1になります」
本当に、わたしがドナーになった相手は……風早恭一さん?
もし、そうなのだったら……
「わたし何度でもドナーになりますから」
「もしあなたが、輸血をするような怪我を負ってしまったら、もうドナーにはなれません。それに、いつか大切な人が出来て、リスクを伴うようなことに反対されたら? どなたかと結婚してお子さんができても今のように言いきれますか?」
「でも、完治する確率の方が高いと聞いています。だから……」
「あなたは、いけばな展で恭一のいけたものをご覧になったんですよね?」
「はい」
「それなら、おわかりいただけると思います。技術は努力で補えますが、感性は生まれ持ったもの。誰もが望んで得られるものではありません。恭一には、10人が見て、10人ともが美しいと思えるものを生み出す才能があります。母としても、風早流家元の妻としても、恭一の未来を確固たるものにしたいのです。あなたが負う代償は、いくらでもお支払いいたします」
風早さんの笑った顔を覚えてる。
それを、この人はお金で買おうとしている。
もし、風早さんにもう一度再会して、連絡を取り合ったりして、遊びに行ったりとか、そんなふうに普通に始めて、それでもし……
そんなことを想像してから気が付いた。
彼がわたしを選ばない。
周りには、家柄も学歴もあって、いけばなもできる、ふさわしい人がいっぱいいる。
「そんなこと、風早さんは納得されるんですか?」
「恭一の同意は必要ありません」
風早さんの気持ちは無視されてしまうの?
何これ……こんなの……絶対に間違ってる……
「結婚はお断りします」
「お父様、あなたのためにだいぶ借金をされてるみたいだけれど、ご存じ?」
「それ、本当ですか?」
「お父様に聞かれたら? 工場の方も最近大口の取引先が撤退されたみたいだけれど、大丈夫かしら……あなたの返事次第で、お父様の工場も、そこで働く従業員の方の今後も左右されるとしたら?」
おどし?
でも本当だったら……
「何かを書くとか、そういうので信じていただくことはできないんですか?」
「再発が起こる可能性は3~5年後。その時もう一度、あの数カ月の手続き。その間にあなたの気が変わることだってあり得ます。でも、偶然、ドナー適合者が妻だったなら話は違ってきます。再発しなかった場合も、風早流の跡取りを産んでもらえればそれで問題ありません」
考え方が、違う……
「結婚は家のためにするものです。あなたが断っても、いずれ恭一は決められた相手と結婚するだけのこと」
「どうしてですか? 人には気持ちというものがあります。それはお金では買えないものだと思います」
どのくらいの時間だったか、沈黙が続いた。
「……卒業まで。あなたがどうしても恭一の気持ちを無視できないと言うのなら」
「え?」
「あなたが大学を卒業するまで待ちます。その間に、恭一と結婚の約束をしてください。これが最大限の譲歩です。恭一が自分の意思で結婚すると言うのなら、あなたは納得するのでしょう?」
「おっしゃってること、おかしいです。それに、その頃になっても何も変わっていなかったら?」
「それでも、恭一の意思を尊重したいと言うなら、弟の司と結婚していただきます」
「もっと、おかしいです……」
「そうかしら? 近いうちに司に会わせます。お話したらわかると思いますが、司なら問題ないはずです」
「あの……」
「あなたに選択権をさしあげるつもりはありません」
そう言うと風早さんは席を立った。
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