第6話 ほくろ

バイトまでの時間、駅の1階にあるコーヒーショップで、ひとり時間を潰している時だった。


スマホを出して、ネットニュースを流し読みしていると、わたしが座っている席の向かいに、サングラスをした女性が立った。


「こちらよろしいですか?」

「どうぞ」


そう言ったものの、店内はさほど客が多いわけでもなく、敢えて相席を選ぶ理由が見当たらない。

バイトの時間まではまだあったけれど、席を立つことにした。

カバンにスマホを入れて立とうとしたところで、女性に話しかけられた。


「月島美雪さんですよね?」


それで、もう一度女性を見た。

全く見覚えがない。

わたしが真正面から顔を見たからか、女性はかけていたサングラスに右手でふれた。


あ……


目の前の女性は洋装だったし、髪も下ろしていた。

でも、それが誰だか見当がついた。


「少し、場所を変えてお話しできませんか?」

「はい」


女性が先に席を立って、前を歩いたので、黙ってその後ろについて行った。



女性は駅に隣接するホテルまで行くと、最上階のボタンを押した。



連れて行かれたのは会員制のラウンジのようだったけれど、お客は誰もいなかった。

女性は勝手に奥まで入って行くと、入り口からは見えない席に座り、わたしには正面の席をすすめた。

席に座るとすぐにスタッフがテーブルにコーヒーを置いて去って行った。


女性は一口コーヒーを飲むと言った。


「あなたに息子と結婚していただきたいの」


思ってもいなかった言葉。


「今、お付き合いされてる方もいらっしゃらないようですし、悪いようにはしません。条件さえのんでいただければ、結婚後、何をされもかまいません。自由になるお金も十分に用意させていただきます」


「それは……風早さんも承知の事なんですか?」


女性が深く息を呑んだ。


「以前、あなたにお会いしたことがあります」


女性は返答を迷っているのか何も言わない。


「その右手の小指の付け根にあるほくろを覚えてます。2年前のいけばな展で、風早さんはあなたのことを『母さん』と呼んでいました」


女性はサングラスをとると、名前を名乗った。


「初めましてじゃなかったのね。風早恭一の母の、風早志摩です」

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