第3話 2度目は必然
それは、必然。
4月3日に誕生日を迎え、18歳になったので、家から近い総合病院でも骨髄バンクの登録ができると知って、その日のうちに登録へ行った。
医師からいくつか質問されて、採血をした。
登録は18歳からだけれど、実際に提供ができるのは20歳からだと説明を受けた。
自分で決めた、わたしに出来ることをやった。
テニスを辞めてから、日焼けしていた肌はすっかり白くなって、伸ばし始めた髪の毛は、いつの間にか背中くらいまでになっていた。
ずっと嫌いだった猫っ毛の天パは、伸ばしてみるとふわふわとしていて、思っていたほど悪くない。
病院を出たところで、すぐ前の道路を渡ったところにある百貨店の、大きな垂幕が一番に目に飛び込んできた。
『いけばな展ー春ー 芸術協会主催』
すぐにあの雪の日のことを思い出した。
あの人は『いけばなの展示会に行くところだった』と言っていた。
行ってみたくなった。
いけばな展の会場に入ると、平日のお昼時だったせいか、人はまばらで、入り口から順番にゆっくりと見ることができた。
ただ、花瓶に花が飾ってあるのとは全然違う。
あの時自分が言った『お花屋さん?』という無知な言葉を思い出して、恥ずかしくなってしまった。
真ん中辺りまで来た時、今まで見てきたものとは一目で違うとわかるものがあった。
花器の上に凛とした花が生きている。
生命を持ったそれは、まるで自分でそこに存在しているかのような強さを感じさせた。
わたしも、こうありたい。
自分の居場所を見つけて、自分の足で立ちたい……
涙がこぼれ落ちた。
あわてて、カバンの中からハンカチを探していると、目の前にハンカチが差し出された。
「どうぞ」
「いえ、あの……」
見上げると、あの時の人だった。
「お礼に」
そう言われて、受け取った。
「これ、もしかして気に入った?」
「はい。あまりにも素敵で、気がついたら涙が出ていました」
「面と向かってそう言われると恥ずかしいものだね」
その顔は本当に恥ずかしそうだった。
「どうして……」
本当は、聞かなくてもわかっていた。
「これは僕がいけたものだから」
けれども、そう言って嬉しそうな顔をする彼を見て、今度は、温かい気持ちになった。
「また会ったね」
「はい」
もう一度、会うことができた。
「名前を教えてくれる?」
「月島美雪」
「僕は、風早恭一です。今度こそ連絡先も教えてもらえるかな」
きれいな顔で、優しく微笑む人。
「これは……ナンパです」
とてもまじめな顔をして言われたから、笑ってしまった。
スマホをカバンから出そうとして、入り口でもらったパンフレットを落としてしまった。
拾おうとした時、着物姿の誰かが先に拾った。
きれいな指。小指の付け根に小さなほくろが2つ並んでいるのが見えた。
「どうぞ」
拾ってくれたのは、少し年齢が上の、和服姿のきれいな女の人だった。
「ありがとうございます」
「恭一さん、お知り合い?」
「ああ、母さん。ほら、前に雪で車が動かなくなった時に……」
2人が並んでいる姿を見て、まだ中途半端でしかない自分が恥ずかしく思えてしまった。それで、そっとその場を離れた。
「待って」
思いがけず、彼は後を追ってきて、わたしに小さな紙を渡した。
見ると、名前と電話番号が書かれている。
「気が向いたらかけて」
それだけ言って、彼は展示場に戻って行った。
これが、華道の四大流派のひとつ、風早流次期家元と言われている、風早恭一さんとの2度目の出会いだった。
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