第53話 私を見れば分かる

「ねぇ、鈴。私、部長なのに…こんなんでいいのかな」


これは、私の心の奥にあった想いが、気づいたら口に出てた…そんな言葉だった。

焦り、悔しさ、吹部への熱――夏休み初日の今日、鈴との会話で改めて気付かされた。


近くのコンビニで鈴と別れて、家に近づけば近づくほど“鼓動”は速く、大きくなる。

これは……緊張?それとも、高鳴り?


玄関のドアノブに、手をかけた。

私はゆっくり深呼吸をして、冷静に話せますように…そんなことを考えながら、意を決してドアを開けた。


「ただいまー」


雑に脱ぎ捨てられたスニーカー。お父さんのだ。


「揃えて脱いでって、いつも言ってるじゃん…」


私はブツブツ呟いて、自分のローファーとお父さんのスニーカーを揃えて置く。

先にTシャツとスウェットに着替えて、リビングに向かった。


「ただいまー…って、お父さん、もうお酒飲んでるの!?」

「おう、おかえり。仕事、早く終わったからな〜!“ご褒美”ってやつだよ」

「そんなん言ったら、毎日“ご褒美”じゃん……」


そう、うちのお父さんは、結構なお酒好き。

朝早く仕事に行く代わりに、私より先に帰ってきて、こうしてお酒を飲むこともある。

私のために、仕事頑張ってくれるのは良いんだけど……ちょっと身体が心配。


「琴音、母さんにちゃんと挨拶したのか?」

「……したよ。今日は、大事な話をするよって」


和室の隅、お母さんの笑顔の写真。

立派なものは買えなかったから、小さな仏壇。

今日は、お母さんがよく飲んでた紅茶を買ってきた。


「ん?大事な話?」


お父さんが、ソファから起き上がる。

そしてローテーブルに、お酒の缶をそっと置いた。


「そう、大事な話!……だから、ちゃんと聞いて」

「お、おう……で、どうした?」


お父さんは、私の真剣さに少し驚いてた。

一瞬リビングがシーンとして、私は口を開いた。


「……私、もっと部活に行きたい」


私が話し終えても、お父さんは黙ったまま。

続きを待つでもなく、何かを考え込むでもなく、ただ私の目を見てる。


「部長だからじゃない。勉強したくないわけじゃない。ただ、やりたいことをやらないで、高校生活が終わる……それが悔しくて、たまらないの」


私をじっと見つめていたお父さんが、今度はお母さんの写真に目を移した。


「琴音のその言葉……母さんにも、聞かせてやりたかったな…」


私はすごく意外だった。

お父さんに、そんなことを言われたのは、初めてだったから。


「でもなぁ、琴音。俺も母さんから、頼まれてることがあるんだよ」

「頼まれてること…?」

「ああ。『琴音を、よろしくね』ってな」


――なんとなく、その意味が分かった気がした。


お母さんは、私の小さい頃から、よく「琴音は頭が良い子ね〜」と褒めてくれた。

それは、大きくなって「偏差値の高い大学に行きなさい」という言葉に変わった。


その言葉は、ただの「指示」ではなくて、親としての「期待」と「将来苦労しないように」っていう心配だと思ってる。


「それってさ……やっぱり、塾優先じゃなきゃダメってこと…?」

「母さんに聞いてみないと、何ともなぁ……」

「じゃあさ、お母さんの代わりに、お父さんがちゃんと私を見てて!」

「いつも見てるじゃないか」

「そうじゃなくて……勉強も頑張るけど、部活してるときの私、もっと輝いてると思う。だから…本番は、絶対観に来てよね!」


お父さんはまた目を丸くして、びっくりしてる。

その顔は、さっきまでの酔った赤ら顔じゃなくて、「父親」そのものだと思った。


「……お母さん、聞いてた?まぁ、私を見てれば分かるよ」


私は心の中で、仏壇のお母さんに、確かにそう伝えた。



私はお父さんと、いつも通りバラエティ番組を観ながら、夕飯を食べた。

お父さんはその後すぐ、ソファで寝ちゃったけど……


お父さんを起こさないように、リビングの電気を少し暗くして、冷蔵庫から「贅沢ガトーショコラ」を取り出した。

コンビニで鈴と「今日のご褒美に食べよう」って買ったやつ。


キンキンに冷えたガトーショコラに、グッと力を入れてフォークを刺す。

ひと口食べると、濃厚な甘さと、カカオの良い香り。

今日の“ご褒美”に、ちょうど良かった。


「……明日、何時に部活行こうかな」


私はボソッと呟いて、亘先生が作ってくれた「練習スケジュール」の写真を、指でなぞった。







🎶読んでくださりありがとうございます!

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