揺れる夏、それでも私は
第52話 青春って何?
「ねぇ、
夏休み初日。
私と部長の琴音は、同じホワイトボードを見つめてた。
「部活、行きたいよね…わかる。せっかくコーチも来てくれてるのに…」
琴音はトロンボーン、私はクラ。
私たちは、お互い親に『塾優先!』と言われた受験生。
でも、本当は2人で部活に行きたかった。
「うんうん。それにさ、みんなでやるのも、あと半年ちょっとって考えると…焦るよね」
「受験なんかよりもっと焦るよね。私、親に相談しよっかなぁ」
私は、既にさっきやった『古文』より、『吹奏楽』で頭がいっぱいだった。
勉強なんて…手につくわけないじゃん。
だから、ずっと考えてたことを、琴音にぶちまけてみようって思った。
「部活のこと?」
「そう。だって、高3の夏は…今だけじゃん?」
「たしかに…」
私が琴音のほうに目を向けると、じっと手元のノートを見つめてた。
そこには、さっきの授業で書いた『枕草子』の原文と現代語訳。
琴音は、私より成績良いからなぁ。
受験のことも、真剣に考えてるんだろうな。
「勉強も、やるべき事はやる。でもそれは、部活の優先順位を下げることじゃない!私は、そう思うの」
私の声は、気持ちにつられて自然と大きくなってた。
他の塾生がいたら、睨まれるやつ。
「……それだ!!」
さっきまでノートを眺めて、静かに語ってた琴音が、急に立ち上がって、私にそう言った。
私は正直、琴音がこんな簡単に乗ってくると思わなかった。
「鈴に言われて、決心ついた!ねぇ、今日帰ったらさ、親に相談しよ!2人で!!」
「え!今日!?」
「『鉄は熱いうちに打て』!習ったでしょ?」
私から仕掛けたのに、なんだか琴音の熱血に勇気をもらった。
よし、帰ったらご飯の時に話すぞ…!
塾からの帰り道、2人でいつものコンビニに寄った。
「ねぇ、鈴。…もしさ、今日の親との話し合いが上手くいったら、頑張ったご褒美にこれ、食べない?」
琴音は、スイーツコーナーの「贅沢ガトーショコラ」を手に取った。
それは、私たちが塾の帰り、テストや模試の後に”勉強のご褒美”って言って買うもの。
そっか。部活への想いを”親に話すこと”は、ある意味、勉強の成果をぶつける”テスト”みたいなもんだよね。
私たちの、2年と半年にかけてきた想い、コンクールを目指す後輩を育てたいってこと、一番近くで背中を押してくれた「亘先生」のこと――
話したいことは、たくさんあるんだ。
「うん!大賛成っ!2つ、買おう!」
私たちはそれぞれ、買った「贅沢ガトーショコラ」を学校のカバンに詰めて、コンビニで手を振って別れた。
私は、カバンを持つ手にギュッと力を込めて、家へ歩き出した。
「ただいまー!」
玄関には、お母さんのパンプスと、お父さんの革靴がある。
今日はお父さん、早かったんだな。
部活の話をする、大チャンス到来!
「あら、おかえり〜今日は鈴の好きな『ピーマンの肉詰め』よ!」
「やったぁ!お母さんありがと!」
「塾、お疲れ様な。今日はどうだった?」
お母さんが今日は、張り切ってご飯作ってくれたみたい。
お父さんは相変わらず、塾や勉強の話題が最初に出る……
「塾はいつも通りだよ。じゃ、いただきまーすっ!」
「鈴、何か良いことでもあったの?ご機嫌じゃない?」
お母さんの目はすごいなぁ。何でもお見通しだね。
けど、良いことってより……私が部活に対する熱意を話したら、2人がどんな反応するか、ワクワクしてるだけ!
「テストの点数が良かった、とか?」
「もう!テストは毎回、そこそこ点数良いもん!」
「そうか、それなら受験も安心だな」
あ、受験の話題……ここ最近いつもこればっかり。
切り出すなら、今だ。
「…あのさっ!お父さん、お母さん…」
「どうした?急に大声出して」
「そうよ〜びっくりしたわぁ」
今日の琴音みたいに、私も吹部への熱が声に出ちゃった。
私は椅子に浅く腰掛けて、背筋をピンッ!と伸ばした。
「私……私ね。やっぱり、高校最後の夏、部活にも全力を注ぎたい!
勉強も、もちろん頑張るよ。でも…それと同じくらい、部活も大切なの!」
よし!まずは、言いたいことひとつ言えた。
お父さんは、箸を止めて黙り込んだ。
その隣で、お母さんは私を真っ直ぐ見つめてた。
「……鈴。これは鈴のお母さんとしてじゃなくて、一人の大人として、意見を言ってもいいかしら?」
「うん、いいよ」
「実は私もね、高校のときは親に、勉強勉強!ってしつこく言われてたの。
それで私は……当時打ち込んでたことを、諦めちゃったのよ」
「そうだったんだ…」
「勉強はたしかに、将来の就職とか、生活に役立つかもしれない。
でもね、今は今しかないの。今、鈴が一番やりたいこと、お母さんは応援したいわ」
お母さんは、潤んだ目で柔らかく笑ってくれた。
「応援したい」の一言だけで、私は胸が熱くなった。
「……コホン。鈴が、本気でそう思うなら…やってみなさい」
お父さんはそう言って、ピーマンの肉詰めを口に運んだ。
どうしてその言葉が出たのかは、正直分からなかったけど、私にはそれだけで充分だ。
私の中の、グラグラ揺れてた天秤が、ピタッと止まった。
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