夏休み集中特訓 Part2

第54話 音で個性を出すには 3年生【8月】

「はーい、みんな揃ってるかー?」


俺が部室に行ったときには、もう既に音出しが始まっていた。

みんな、熱心なんだな。大人も、負けてられない。


「今日は……お!全員参加か!」

「はい!」

「野田と斉藤も、来てくれてありがとうな」


2人は顔を見合わせて、とても嬉しそうだった。

これぞ、青春だ。

やりたいことを思いっきりできるって、本当に尊いことなんだ。


「今日は、結城兄弟だけ予定が合わなかった。コーチ練は、木管が中心だ」

「よろしくお願いします!」

「吉川は引き続き、俺が見るから」

「はい!!」



――木管隊、集合。


前沢:「改めて、自己紹介します!前沢 あかねといいます。亘さんと同じ音大で、結城 学くんと同級生です。クラ専攻でした。よろしくお願いします!」

部員:「よろしくお願いします!」

金子:「じゃあ、今日はみんな揃ってるし、パート練してから木管で軽く合わせてみる?」

小野里:「いいね!今日の午後、合奏があると思ってやってみよっか!みんな、やれそう?」

部員:「はいっ!!」


早速、木管の練習が始まった。

吉川には少し、一人で基礎練しといてもらって、俺は木管がどんな練習してるか見ていくか。


……ん?あぁ、そうか。ここは、女性陣だけなんだな。

俺は、廊下から教室の中をしばらく眺めてみることにした。


小野里:「じゃあ、この譜面ね。今日から練習していこう!初見ですぐ吹けそう?」

木村:「……はい。これなら、吹けます」


さすが、サックス奏者の娘だな。物怖じしないタイプだよな、木村は。

木村と向かい合ってる小野里のほうが、なんか緊張してるように見える。


木村は大きく息を吸うと、身体を揺らしながら堂々と吹く。

机の上のメトロノームには見向きもしない。

安定のリズム感、ピッチ、そして少し癖のあるような音色。


小野里:「はい、ありがとう。すごい安定感あって良かったよ!」

木村:「ありがとうございます!」

小野里:「ただ、ひとつ気になったのは、ブレスのタイミングかなぁ」


小野里がそう言うと、少しだけ木村の表情が曇った。

やっぱり、音大OBの父さんから指導受けてたら、そりゃプライドも育つか…


木村:「あの…お父さんから言われたやり方で、ブレス入れてたんですけど…」

小野里:「あ、そっか…うちらの先輩だもんねお父さん。木村さん自身は、今のやり方でやりづらくない?」

木村:「ずっとお父さんから“こうやりなさい”って教わってきたので、やりづらくはないんです。…だから逆に他のやり方を試すのが、ちょっと怖くて……」


木村は、自分のサックスをギュッと握りしめて、目線を下に落とした。

プレイヤーそれぞれ、個性があって当然だからな…木村にも、彼女なりの繊細な葛藤があるんだろう。


小野里:「そっか……ずっとやってきたものを変えるって、怖いよね。でもね、今まで積み上げてきたものを、捨てるってことじゃないんだよ」


小野里は優しく、木村のサックスを持つ手に、自分の手を重ねる。


小野里:「木村さんは、お父さんにレッスンつけてもらって、もう充分技術は育ってるの。本当によく頑張ってきたね。続けるって、それだけでもすごいことだよ」

木村:「はい……ありがとう、ございます…」

小野里:「今、木村さんに必要なのは、その育った技術で音楽をどう“伝える”かってことだと思うんだ。その最初の一歩として、ブレスの位置を変えてどう聴こえるか、試してみてほしい!」


そう言うと、小野里は自分の楽器ケースから、金色に光るサックスを取り出した。

そういえば、あのサックス、尊敬する先輩から譲り受けた物だって言ってたな。


マウスピースの向きを丁寧に整え、リードを湿らせて音出しをする。

小野里は大きく息を吸い、楽譜をなぞってみせた。


技術の差じゃない、“伝わり方”が全く違う。

優しく語りかけるような音が、俺のいる廊下にもハッキリ聴こえた。


木村:「わぁ……すごい……」

小野里:「へへっありがとう!ブレスの位置、変えて吹いてみたんだけど、どうだった?」

木村:「なんか、言葉で上手く言えないんですけど……音が、直接心に届く感じで……とにかく感動しました!」

小野里:「わー!嬉しい!頑張って吹いて良かったぁ。私の音は、木村さんにちゃんと“届いた”んだね。……あのね、多分、どっちの吹き方が正解っていうのはないと思うんだよね」


吹き終わって清々しい顔の小野里の元へ、フルートコーチの金子がやってきた。

フルートは今、ひたすら基礎固め中らしい。


金子:「そうそう、私も音楽に正解ってないと思う。だから、まずは木村さんが色んな表現を身につけるために、あれもこれもって、試してみたらいいんじゃないかな?」


金子はニコニコ笑って、話を続ける。


金子:「あ、ほら!いつも亘先生が言ってるでしょ?『迷ったら、やりたいほうへ』って」


……あれ、俺、そんなこと言ってたっけ?

でもまぁ、俺もそう思ってここまでやってきたから、間違いではないな。






🎶読んでくださりありがとうございます!

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