第12話 仲間【4月】
「でも、それならなんでこの高校にしたんだ?他にも選択肢はあったと思うけど」
「私もそれは分かっているんです。けど強豪はだいたい私立でお金が結構かかったり、家からすごく遠くて…あとは、お姉ちゃんから言われたことがあるんです」
「姉ちゃんはなんて?」
「お姉ちゃんが3年生の代だけ、それまで続いてきた県大会での金賞を逃しちゃって。それで『私の分も、川澄で頑張ってほしい。川澄が県で金賞を取るところ、また見たいんだよね』って」
ああ、そういうことか。
大山の姉ちゃんは吹部を自分たちが引っ張っていたとき、金賞を逃したから今までの先輩たちに申し訳ないと思っているのか。
繋いできたタスキを繋げなかった、ってことだな。
大山は家族として姉ちゃんの練習や本番にかける想いを知っているから、ここに来てリベンジをしたかったんだ。
「よく分かった。ここに来てくれて感謝するよ」
「いえ…でも今の状態でコンクールは厳しいですよね…」
「まぁハッキリ言えばそうだな。だが、可能性はいくらでもある。まだまだこれからだ」
俺は綺麗事は嫌いだ。無責任に聞こえるから。
でも、今俺は本当に可能性がゼロではないと思っている。
もちろん、今年のコンクールは厳しいと思うが、目標に向けて努力することが無駄でないことくらい、俺だって知っている。
俺自身はプロを目指して怪我で挫折したけど、それまでの経験が今活かされていることは言うまでもない。
「よし、とりあえず吹いてみてくれ」
「はい!」
コンクール云々は今は置いておいて、まずは吹くことを楽しんでもらいたいと思った。
楽しくなければ続かないから。
大山は嬉しそうにトランペットを持ち、姿勢を正して吹き始めた。
「うん、いい感じだ。音が綺麗に伸びてるし、腹筋使えてると思う」
「ありがとうございます!練習しといて良かった…」
「ほら、無駄なことなんてないだろ。今は楽しく吹くことを考えて練習すればいい」
「はい!そうします!これ、仮入部期間は借りてていいんですか?」
「いいぞ、思う存分吹いて。楽しめたら絶対上手くなる」
コンクールだけに固執していたら、大山にこんな笑顔は出ないだろう。
やりたいことができるということは、本当にありがたいこと。
それも元プレイヤーの俺は教えていかないといけない。
「先生ー!次、私の番ですよね!?」
「おぉ、そうだけど…」
「私、パーカッションやりたいんです!!」
大きな声で背後から吉川に話しかけられた。
びっくりするからやめてほしい。本当に元気だな吉川は。
「アンケートにも書いてあったな。でも楽器経験はないんだよな?」
「はい!ないけどやりたいって思ったんです!」
「何か理由があるのか?」
「うーん、なんとなくっていう部分が大きいんですけど。強いて言えば、楽譜読めなくてもできるかなって!」
おいおい、まじか。
まぁフィーリングもいいと思うけど、その理由でここまでの熱意って逆にすげーな。
厳密に言うと楽譜読まないと合わせられないから、読めるようになってもらわないと困るんだよな。
「吉川の熱意は分かった。けどな、楽譜は読めるようになってもらうぞ」
「えぇ!そうなんですか!?んーでも、やりたいから何でも頑張ります!」
こんなこと言ったら教師としてはダメなんだろうけど、良くも悪くも単細胞な感じがしてならない。
それに、なんだか昔の俺を見ている感覚もある。
不思議だ。経験、知識ゼロでも直感で伸びしろがあるって分かる。
吉川の底なしの元気と熱意…一体何者なんだ?
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